ウツワ
「『話し合い』?」
返事をしたのは聖王ではなく、隣に立つアルエラだった。
その顔は嬉色、美しい顔立ちは歪み、下の者を見下す目は歪んでいる。
「降伏と投降の間違いではなくて?」
「アルエラ」
聖王の静止するような声にしかし、
「だってお父様」
アルエラは言葉を続けようとする、が、それを聖王が手を伸ばし差し止める。
「如何な相手といえ、この場に通した以上、話があると言うのであれば聞かねばならぬ。それが王族としての責務だ」
「……わかりました」
言いつつもあからさまに不服そうな表情でアルエラは一歩下がる。
その表情はいいのか? と突っ込みたくもなったが一々構ってもいられない、魔王は聖王を見る。
「して魔王殿、話というのは何だ?」
「話し合い、だ聖王、一方的なお願いでも通告でもなく、これは交渉だ」
「……ほぅ」
聖王は興味を引かれたのか、目に光らせながら顎髭を弄ぶ。
魔王はその視線上に手を上げ、二本指を立てる。
「まず聖王国側に要求する事は二つ、他国との争いになりかねない行動を自粛して貰う事、そして――」
魔王は掲げた二本指、その一本を下ろし、そしてもう一本をゆっくり下ろす。
「私に敵対する事をやめてもらう事だ」
この二つは五人で話し合って決めた事だ、多すぎても相手に不利益感を与えるだけで承諾されにくい、であれば必要最低限に数を絞り、それで効果を得られる選択肢を作るしかなかった。
「あっは!」
またしても、最初に反応したのはアルエラだった。
「アルエラ……!」
「だってお父様、あまりにも、馬鹿げた事を言うのだもの」
お腹を押さえながらケラケラと笑っている。
「……一応聞いておこう、その場合の我々のメリットは何だ?」
アルエラを止めることは諦めたのか、溜息を付きながら聖王が魔王に尋ねる。
「そうだな、まずは当たり前だがそういった軍事行動に裂く費用が無くなるな。後は、これが最大のメリットだが……私達と敵対せずに済む」
魔王は腰に手を当てると強気の笑みを浮かべる。
対して、それを聞いた聖王の顔は無表情、真顔だ。
「あっは、あははは、あーくるしい、バーカじゃないの?」
腹を抱えて笑っていたアルエラの、その表情が一変し、不愉快そうな表情を浮かべる。
「僕達にはー、神様を復活させるっていう大事な目的があるの、その為にアンタの心臓は不可欠なの」
玉座の長い背もたれに寄りかかりながらアルエラは語る。
その砕けた様子を初めて見たものもいるのだろうか、室内が小さくざわつく。
「それに……っくくく、この前僕に殺されそうになったアンタが、『敵対しなくて済む』? アンタなんか僕一人で充分なんだけどなぁ!」
「アルエラ!」
聖王の声でまたアルエラが静かになる。
しかしその表情には明らかに嘲りの笑が浮かんでいる。
「……しかし魔王殿、申し訳ないがその話には乗れん、アルエラが話した通り、我々の悲願の為には貴殿の命が必要なのだ。そしてその為ならば手段は選ばん」
「貴方がた二人の悲願、の間違いでは?」
メイドが魔王の背後から聖王とアルエラに向かい言葉を投げかける。
「ふ、何を馬鹿な事を、神が復活さえすれば、その威光は聖王都に済む全てのモノ、そこに留まらず数多のモノに恩寵を与えるはずだ」
「……フン……で、その神とやらはどこで寝ているんだ? 私の命が必要なら私が直々に起こしてやろうか?」
「…………言葉に気をつけるがいい、魔王、私は厚意で貴殿の話を聞いているのだ、でなければ貴殿の命等既に我が手の内にある。わかったのならば我らの神に対し――」
「貴様らこそ分かってない様だから教えてやろう、私がこうして貴様らの前に立ち、交渉等と称して話しているのは全て私の優しさによるものだ、でなければ貴様らなど、一瞬で鏖殺する事も可能なのだぞ」
鋭い目つきで威圧する聖王の言葉を遮り、魔王が腕を組みながら告げる。
同時に足元、カーペットで隠れた石畳に大きく亀裂を入れる。
勿論ただの威嚇だ。
「……調子に乗るなよ魔王風情が」
アルエラの雰囲気が、戦闘を始めるそれに変わり、服装もドレスから一変して、メルウスで見た白と紫のローブに変わる。
「言っても聞かないのなら身体に分からせるしかあるまい」
そう言って魔王は城の全域、地下五十メートルまでを含めてサーチする。
そうすると一つの反応がヒットする。
魔王と同程度、しかし随分と希薄な魔力反応を持つ存在が一つ。
アルエラの両手に、神剣と杖が握られる。
それを見た瞬間、
「『転移』」
魔王は転移した。
●
そこは聖王城の地下二十メートル位の所にあった、高さ十メートル、横四十メートル、奥行百五十メートル程度の開けた空間だった。
魔王はそこに、謁見の間にいた全ての人間を同時に『転移』させた。
魔王達五人は何事もなく、何が起こったか理解できていない者達はその場に尻餅をついたりしている。
聖王、そしてアルエラも、一瞬何が起こったのか理解していないようだった。
一瞬の後、その視線が魔王を捉える。
「この大勢を、一瞬でここまで『転移』させた……?」
「実力差がわかったか?」
魔王はアルエラに困ったような笑みを向けつつ、別の方向へ意識を向ける。
この空間の置く、先程の魔力を放つ存在へ。
「ふざっけるな! この前は死にかけてたクセに!」
アルエラが杖をかざすと、巨大な火炎球が出現し、魔王に向かい飛んでくる。
それは魔王に当たるよりも早く、その手前で何者かによって粉々に粉砕される。
「魔王様、奥の方に……」
メイドが艶やかなガントレットを腕に嵌め、たった今それで巨大な火炎球を破壊した事などまるで無かったかのように、魔王に話しかける。
「あぁ」
「行かせるものか、お前は僕がァ!」
「貴女の相手は私です」
アルエラの前に再び、メイドが立ちふさがる。
「今度は加減はいたしません、言っても聞かない場合は……殺します」
「やってみなよ三下ァ! アンタの首を魔王の目の前に持って行ってやる!」
美しい顔を醜い怒りの表情に歪めながらアルエラが構える。
「メイド、トウカの召喚の事を聞く必要がある、殺すな。場合によっては四肢切断で済ませろ」
「……わかりました」
見れば聖王の指示だろうか、一緒に連れてきた高官はともかく、騎士や魔法使い達がこちらを囲むように構えている。
……言質と実際の現場を見せるために連れてきたが、やはり対象は選ぶべきだったか。
そんな事を思いつつも、四人が負けるなどとは毛ほどにも思っていない魔王。
「全員、適当に対処しろ、ただしなるべく殺すなよ」
「わ、わかりました」
「……当然」
「タダ働きですかねぇ」
約一名を除き、まともな返事が返ってきた事に満足すると、魔王は魔力の元に向かって転移した。
●
魔王が転移したこと確認したメイドは、飛んできた氷の塊を再度殴り砕く。
「固まっていると不便です、散りましょうか」
「了解」
メイドの指示に従い、三人が距離を取るようにバラける。
「悪いけどあの時みたいに遊ばないよ、お姉さんにはさっさと死んでもらうから」
メイドはアルエラの言葉に冷めた表情で目を開ける。
その途端、アルエラの手に持った杖が凍りつく。
「っ!? 魔眼!?」
「遊ばないというのはこちらのセリフです、貴女は死なない程度に、完全に無力化させて頂きます」
「馬鹿にして! 『ブレイズストーム』!」
呪文とともにメイドが猛烈な炎の渦に包まれる。
しかし、その炎が一瞬、一閃で断ち切られ、霧散する。
そこには手の中で氷のハルバードを回すメイドが立っていた。
「クッソ!」
手の平、青い魔法陣から、メイドの三倍はあろう全長の氷の蛇がメイドに襲いかかる。
鋭い氷の鱗に覆われ、大口を開け襲い来るそれを、メイドはガントレットで受け止めると、反対の手に持ったハルバードを一閃、振り上げる。
それだけで氷の大蛇は真っ二つに裂け、砕ける。
その破片の背後へ、蛇の顎を受けたガントレットを投げると、そこに追加で召喚されていた雷の巨大な鳥が襲いかかる。
ガントレットに雷の爪をかけた鳥を、振り上げの動作のまま大上段に構えられたハルバードを振り下ろし、斬り散らす。
纏っていた雷から解放され、落ちるガントレットを受け止め、流れの動きで再装備する。
「終わりですか?」
冷たく言い放つ。
「なんだよ、何なんだよお前ェ!」
神剣に膨大な魔力が注ぎ込まれ、巨大な光の剣になる。
「ただのメイドだと。前回から何も学ばない姿は驚嘆に値しますね」
振り下ろされる神剣、しかしそれよりも早く、地を蹴り肉薄したメイドのハルバードが、アルエラを守る障壁を容易く切り裂き、神剣を掴むアルエラの両腕、その肘から先を切り飛ばす。
「ぎ、あ――」
表情が苦痛に歪み、その場に膝をつく。
「たかだか少し魔法の使える小娘が近接戦を私に挑む等愚の骨頂……。以前の貴女も、ただ魔王様の優しさによって生かされただけに過ぎないのですから、それを勘違いなされない事です」
「なんだよ、それ……」
治癒の魔法だろう、腕から血は出ていない、既に再生し始めているそれを見ながらしかし、アルエラはその場に崩れる。
その体を氷の茨がいくつも、縛り上げながら逃がさないように刺さり凍る。
フイとリズの方を見れば、幾人かの騎士を叩き伏せて、その場には気絶した騎士の小さな山が出来ている。
メイドとの組手も何度か行っているし、今は魔王の魔法によって大きく肉体能力も向上している。
表情は幾分慌てたモノが見えるが、動きは一切淀みなく動いている、正直あの程度の騎士達相手なら心配する必要は皆無だろう。
●
トウカ眼前の状況に困惑する。
互いに動きやすくするため分散したのは良かった、トウカが相手にすることになったのは聖王、そしてそれを守る側近達だったが、それ自体もさして問題がある相手ではなかった。
近衛は騎士が二人、魔法使いが二人のセットだったが、全く問題なかった。どちらも動きが遅すぎるたのだ。
普段カルやメイドと近接戦闘の手合わせをしている以上、戦闘の速度は嫌でも上がる、その速度が異常なのだと改めて実感する。
恐らく戦士としては明らかに向こうの騎士の方が上だろう、フェイントや剣捌きでそれは理解できる、しかし遅すぎるのだ。
騎士二人がコンビネーションで斬りかかってくる前に、トウカは刃の付いていない剣による手加減無しの殴打を二人に叩き込む。
吹き飛んだ二人は二度三度もんどりうった後その場で静かになった。死んではいなはずだ、恐らく。
焦った魔法使いが無詠唱の魔法で牽制、その間に主力の魔法を詠唱しようと思っていたのだろうが、それより早く、牽制の魔法を弾き肉薄したトウカが、先ほどと同じように、二人それぞれに横薙ぎを叩き込む。先ほどよりは力を抜いて。
そうしてトウカは聖王と一体一の状態になっていた。
……おかしい。
あまりにもおかしい、理解出来ない。
「どうして、なんでこんな兵力で?」
「…………」
静かに佇む聖王は答えない。
「こんな兵力で世界征服なんて、なんで」
「神の力さえ手に入れば、一人ですらどうにでもできよう」
暗に魔王の事を言っているのか、聖王は短く述べる。
「そんな事……魔王にだって勝てないのに……」
「その通りだ、その為に貴殿を召喚した、が、無駄な事だったようだ」
「――無駄、って」
剣を握る手に力が入ると共に、嫌な汗が出る。
……私を召喚した事が、無駄? 私が此処に来た事が、無駄?
「愚かな話だが、今の私はただ、アレが倒され、静められる事を待っていただけに過ぎんのかもしれん、全てを諦めれるように」
そう言って聖王はメイドと戦うアルエラを見るが、その様子にトウカは気付いていない、ただ怒りに震えていた。
「愚王!」
そう叫んで聖王に剣を振りかぶる。
が、その剣を寸での所で止める。
あまりの怒りにフラつきながら、後ろに数歩下がる。
「……どうした、私を殴り飛ばさぬのか? 怒りに任せて殺す事など容易であろう」
「その通りよ……」
歯をギリギリと噛み締めながら、それでも身を焦がす怒りに囚われぬよう、トウカは何度も荒い息を繰り返す。
「私は、あんたらとは違う……」
「……」
「例え同じ人間でも、あんたらみたいに、他人を自分の為だけに利用して、それを無駄だったなんて切り捨てて、見下す様な、そんな人間にはならない、絶対」
「……そうか」
そう言って剣を抜いた聖王のその剣を、トウカは弾き飛ばす。
「何をする」
「自決も何もさせない、アンタの命は私が持ってる。アンタにはやってもらわなきゃならない事が沢山ある、王なんでしょう、勤めを果たせ」
トウカの言葉に聖王は深く溜息をつくと、その場に座り込んだ。
●
魔王は空間の奥、大きな魔力を放つモノの元にいた。
それは石碑だった。
ただその石碑には、女性が生えていた。
上半身を露にし、後ろ手に伸ばされた腕の先、そしてヘソの下当たりから完全に石と融合した、石化した女性。
その胸、心臓が在るであろう中心には背中まで貫通した剣が刺さっており、その剣の柄からは赤い雫が一滴一滴と、ゆっくりと落ちていた。
血液、だろうか、しかし女性は完全に石化している。
その周囲、その血液を受け止める為だろうか、円を描くように溝が作られ、そこには赤い液体が溜まっている。
深い溝に溜まった赤い液体、それは恐らく石化したその女性の血なのだろうが、悪臭も汚さもなく、むしろ鮮やかな赤色を輝かせている。
しかし、そんなものよりも、魔王の目を引いたのは石化した女性像だった。
夢で見た女神、言い換えれば魔王に瓜二つなその姿、僅かに石像の女性の方が歳上だろうか。
「こんなところに、いたのか……」
魔王はぼんやりとした様子でつぶやく。
実際に自分の姉妹、それを見たのは初めてなのだから仕方が無い。
石化した姉妹の状態を見るが、生命の反応は無い。ただ滴る血にだけ、途方もない魔力の流れを感じるだけだ。
「こんな所にあるとは、探してもわかんねぇ訳だわ」
石化した姉妹の上、声に振り向いた魔王の視線の先にいたのは、白い衣服に身を包んだカルだった。
誤字脱字、矛盾点などありましたらご指摘ください。
感想等もお待ちしております。




