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聖王城

最終章です。

「おち、落ち――」

「落ちないから安心しろ、『浮遊』」

 上空遥か高く、その都を見下ろすような位置に転移ゲートを出現させた魔王は、落ちそうになるリズを含める全員に浮遊の魔法をかける。

「うわ、なんか変な感じ」

 浮かぶ自身と、足元の感触を感じてか、トウカが声を上げる。

「空を飛ぶってこんな感じなんですねぇ……」

 なんとも言えない感じの感想をカルも漏らす。

「お前ら自由な感想だな……それより他に言うことは無いのか、この光景に」

 半目で背後の四人を見ながら魔王は眼前の光景を指差す。

「まぁ、確かに普段はお目にかかれない光景ですが」

「す、凄いと思います」

 風に遊ばれる帽子を押さえながら、カルは言葉の割に感慨の無い口調で、リズは魔王の袖を握りながら微妙に震えながら。

 ……高いから怖いのか?

 反応を見るのは諦めて、魔王は自らの下に広がる光景に目をやる。

 円形の高い外壁に囲まれた都、その形はメルウスに似ている。

 まぁ街の形というものは突き詰めると似たようなものになってくるのだろう、そう思いながら中央の一際大きく煌びやかな建造物を注視する。

 恐らく、間違いなく城、聖王都を統べる聖王の住居だ。

「あそこに、アルエラが……」

 微かにトウカの息を呑む声が聞こえる。

「あぁ、いるな、感知した限りではアルエラ以外にも幾つか魔力の高い者もいるが……まぁさしたる問題ではないだろう」

 魔王は城の正面、衛兵の立つ城の門に視線を向ける。

「さて、では行くか」

「行くって、どうやってですか?」

「そんなもの、正面からに決まっているだろう」

 笑顔で魔王が指を鳴らすと、五人は一瞬で衛兵の立つ門の前に転移する。

「!?」

 驚いたのは衛兵だろう、突然目の前に五人が現れたのだから。

「な、何だ貴様たちは!? どこから現れた!?」

 立てていた槍を腰に構え、その先を五人に向けながら衛兵が叫ぶ。

「魔王だ、貴様らの主である聖王と、その皇女であるアルエラに用事が合ってきた、会わせてもらえないかな?」

「なんだと……?」

 衛兵は魔王の言葉を聞いて怪訝な顔をする。

 隣の衛兵とぼそぼそと話し合うその口からは「こんな娘が?」「例の指名手配予定の?」等と聞こえてくる。

 それに対して動いたのはメイドだった。

「申し訳ありませんがこちらとしてもグズグズしている暇はありませんので、通れないのであれば勝手に通らせて頂きます」

 そう言ってズカズカと衛兵の横を通り過ぎ、巨大な木製の門に手を当てる。

「ちょっとまてお前、何して――」

 衛兵が声をかけ、止める前に、

 ――ドンッ、と言う鈍い音と共に門が左右に強引に勢いよく開かれ、それによって巻き上がった突風が砂をまいあげる。

「んっぷ、うぇ、口に砂が……」

「やるなら一言くらい言ってよ……」

 舞い上がった砂に、非難の声をメイドに上げる。

「これは、失礼しました」

「もう少し感情をこめて言え……」

 棒読みの言葉に呆れながら、魔王は近くで腰を抜かしている衛兵に視線を送る。

「仕事をしなくていいのか?」

「――は、はい」

 立ち上がろうとして何度かコケそうになりながら、衛兵はメイドより先に門の中へ入っていった。

 よく見ると門の向こうから幾人かの兵士が衛兵とすれ違いながらこちらに向かってくるのが見える。

「歓迎はされていないようだ」

「それは、こんな唐突に押しかけ訪問みたいな事すれば……」

 リズが苦笑する。

 魔王は一度両手を打ち合わせると、それを広げる。

 手の中には魔法陣が一つ。

「『不可侵の檻』」

 唱えると同時に、魔法陣が地面に落ち、城を覆う外壁とより若干大きい程度のサイズに広がる。

「なんですこれ?」

「これで私がこの呪文を解除しない限り、この魔法陣の範囲内にいるモノはあらゆる方法をもってしても外に出ることは出来なくなった」

「はぁ、成程だから檻だと」

 カルが魔法陣を見ながらつぶやく。

 魔法陣は一度緑色に発行すると、そのまま透明になり見えなくなる。

「消えましたけど」

「大丈夫だ、不可視化しただけで効果はちゃんと発動してる。解呪されたら分かるようにもなっているから問題ない」

「そうですか」

 そんな事を話している間に、魔王達は奥から現れ兵士たちに囲まれる。

 特に何かを言われるワケでもないが、いつでも攻撃に移れるように構えられた姿勢と視線から、明らかな敵意を感じる。

 害は無い、無いがそれだけに何もないというのが逆に鬱陶しく感じる。

 その内一人の兵士から声が上がる。

「お前は! 裏切り者の勇者トウカじゃないか!」

「なんだと!?」

 複数の声が上がり、魔王の周囲の兵士の視線も、その背後のトウカへと向かう。

「敵に負けた上に命惜しさに寝返るとは、勇者の面汚しめ!」

「そうだそうだ!」

「おめおめと帰ってくる等と、この恥さらしめ!」

「そうだそうだー!」

 手を上げ声を上げる兵士達、トウカを見ればどこか居心地の悪そうにしている。

 ……それほど気にしている感じではないか。

 どちらにせよ、

「『道化の繰り人形』」

 魔王の言葉と同時に周囲の兵士の動きがピタリと止まる。その口だけがパクパクと酸素を求める魚ののように動いている。

「……さて、これで貴様ら全員の身体のコントロールは私が完全に掌握しているのだが」

 魔王の言葉に兵士達の目が信じられないといったように見開かれる、しかし事実は全く動こうとしない自身の身体が物語っている。

「そこにいるトウカは私の大切な友人なのだ、その友人を貶されるのは正直言って、あまり気分の良いものではない。まぁわかりやすく言ってしまえば」

 そこでハッキリと憮然とした表情を浮かべる。

「あまり喧しく騒ぎ立てると殺してしまうぞ、このクズ共が」

 睨めつける魔王の視線に、兵士達の額に冷や汗が流れる。

「魔王様」

 重く張り詰めた空気は横からかけられたメイドの言葉で緩和される。

「む」

「このような馬鹿共を殺しても何の得も有りませんし、魔王様の気分が悪くなるだけでしょう、おやめください」

「……確かに」

 頷く魔王に、兵士たちは安堵する。

「しかし、このままと言うのも気がすまないし、視界に邪魔だな」

 再び兵士達の間に緊張が走る。

「全員、そこへ並べ」

 そう言って魔王は少し離れた位置を指差すと、兵士たちは声も上げずに一糸乱れぬ動きでその場に移動する。

「そのままそこで静かに寝ていろ」

 命令するやいなや、並んだ兵士は全員が全員、崩れるようにその場に倒れ静かに寝息を立て始める。

「これで静かになったな」

 魔王は腕を組んでフンと鼻を鳴らす。

「なんか、悪いな魔王」

 トウカが申し訳なさそうな表情をする。

「気にするな、あの馬鹿共が煩かっただけだし、トウカは何も悪くない」

「……あぁ、ありがとう」

 トウカは苦笑しながらも礼を述べる。

「魔王様」

 メイドの声に振り返ると、門の向こうから数名、先程の衛兵や兵士とは違った、小奇麗な鎧とマントを羽織った騎士らしき人物が数名、歩いてくるのが見える。

 魔王達のすぐ側まで来ると、その背後、倒れる兵士の山に気付いた騎士達に動揺が走る。

「これは、魔王陛下、兵がご無礼を働いた様で……その、そこにいる者たちは」

 先頭、リーダー各であろう男が恐る恐るといった様子で尋ねてくる。

「あぁ、私の仲間に無礼を働いたのでな、何殺してはいない、全員寝かせただけだ」

 軽く笑いながら言う魔王に、騎士も引きつった笑みを浮かべながら安堵の溜息を漏らしている。

「そう、ですか、それは良かった……」

「それよりも、どうなっているのですか、魔王様をこのような場所で立たせたまま待たせるというのは」

 魔王と騎士の会話にメイドが割って入る。

「これは、失礼いたしました……!」

 騎士達が魔王達の前で揃い膝をつく。

「聖王陛下と皇女アルエラ様が是非お会いしたいとの事で、お迎えに上がりました、ご案内いたしますので、よろしいでしょうか?」

 ……殺そうとした相手に対して随分と丁寧な対応だな。

 騎士の表情を探りつつも、そこは使いか、いくら考えてもわからないものはわからない。

 いつの間にか隣に立ったメイドに視線を動かすと、何も言わずに頷かれる。

「うむ、では案内を頼もうか」

「はっ、ではご案内致しますので我らの後にお続きください」

 そう言って立ち上がり、背を向けた騎士達一行、その数名が魔王達の両側に立つ。

「外から無礼者が来ないようにするためのガード、と見せかけた私達を警戒する為の者でしょう、気にしなくてよろしいかと」

 小声で教えてくるメイドに、ふむ、と軽く相槌を打つと気にする事なく先行する騎士に続く。














 門を抜け、綺麗に舗装された美しい噴水のある中庭を抜け、中央の廊下を真っ直ぐに、空から見たときの城である建物に向かって真っ直ぐに歩く。

 白い石によって造られた通路をはさんだ庭園には、幾つかの木々や花々が植えられ、風や鳥の音がえも言われぬ美しい空間を演出している。

「中々にいい場所だな」

 陽光に照らされる城を見ながら魔王はつぶやく。

「トウカは前はここにいたのだろう?」

「えぇ、そうね、あまり自由には動けなかったし、細かい所は覚えていないけど……」

「――そうか」

 ……あまりいい思い出ではないのかもしれないな。

「どこで召喚されたのかは、覚えてるか?」

「それなら、多分だけど、随分降りるのに時間がかかっていたから、あそこ――」

 そう言ってトウカが視線を左方向、上を見上げる。

 釣られて魔王もそちらを見ると、高い、白い塔が一本建っていた。

「多分あそこだと思う」

「成程な」

 塔に連なるように幾つかの建造物が見える。

「後であそこにも行かないとな」

「……お願いするわ」

 ……その為にトウカはここまで来たのだからな。

 魔王は静かに頷いた。














 外の廊下を渡り終え、室内に入るとまた長い廊下になる。

 だたし今までと違い、床には赤いマットが敷かれ、左右にある扉と、正面は高さ一メートル程度階段を昇った所、大きな扉の前に魔王達を案内する騎士と同じく、装いの綺麗な騎士が槍を携え立っている。

 その廊下を、真っ直ぐ正面の門に向かって魔王たちは進む。

 横の部屋の前、門番の前を通る際にあからさまな視線を感じたが気にする事でもないので無視した。

 なだらかな階段を上り、扉の前に立つと、魔王達を連れていた騎士が門番に話しかけている。

 チラリと門番がこちらを見たが、すぐに視線は戻され、何度かの頷きの後、扉の前で門番の槍が交差させられる。

「?」

 それを合図にしたかのように、扉が重苦しいゆっくりとした速度で開かれる。

「どうぞ、こちらへ」

 扉が完全に開ききると、騎士が再び魔王に声をかける。

 扉を越え、室内に進むと、そこは謁見の間だった。

 廊下と同じく、正面の一メートル程度高くなった位置にある玉座まで真っ直ぐに伸びた赤い絨毯、そこから横は石畳になっており、脇には他の騎士や高官、或いは備えの魔法使いだろうか、幾人かの魔力が高い人物が立っているのが伺える。

 それら横の気配を探りつつ、魔王は正面、玉座に座る者と、その脇に立つ者にをしっかりと見据えた。

「お連れ致しました」

 騎士が膝を付き、玉座の男に言う。

「――ご苦労、下がって良い」

「はっ」

 玉座に座る男――豊かな白髭を蓄え、顔には幾つもの皺を重ねた老人。しかしその中に弱々しさや衰えは感じさせず、白を基調とした服装から滲み出るそれは王としての威厳を保っている。

 ……この男が現聖王か。

 聖王の一言で、魔王を案内していた騎士達は部屋から退室していく。

 それに一瞥もくれず魔王は正面、聖王とその横に立つウェーブのかかった豊かな金髪を流す女に視線をやり続ける。

 聖王女アルエラ、メルウスで魔王達を襲撃したその一人が、あの時とは違い、ローブではなくドレス豪奢なドレスを身につけている。

 その顔は僅かに微笑んでいるようにも見える。

「…………」

「…………」

 互いに口を開かず、何も起きないまま数秒が流れる。

 動いたのはどちらでもなく、脇に控える騎士だった。

「貴様等、陛下の御前だぞ、膝をつか――」

 言いながら魔王の眼前に抜剣した剣を交差させようとして、言い終わる前に地面に叩き伏せられる。

 左はメイドが、右はリズが、それぞれ剣を持った腕を捻り上げ、地面に倒し組み伏せている。

 室内がザワつき、一気に殺気立った雰囲気が支配する。

「やめぬか」

 が、それを一言、聖王が嗜めると、殺気は跡形もなく消えてなくなり、構えていた騎士達は構えを解く。

「我が部下が勝手な粗相をしでかしてしまったようだ、許されよ魔王殿」

「勿論、こちらもいささか無作法だったようで、そこに目を瞑っていただけるのでしたら」

「勿論だとも」

「それはありがたい」

 魔王が手を上げると、メイドとリズは組み伏せていた騎士から手を離し立ち上がる。

「誰かの傀儡、と言うワケでもなさそうですね」

「そうだな、それはそれでやりづらい」

 立ち上がったメイドと小声でやりとりする。

「さて、皆の者よ、この場に置いてはそこに居られる魔王陛下は私と同等の位にいるものとせよ、故に魔王殿が私に頭を下げる必要もない、異論ある者はこの場で申し立てよ」

 聖王の低くも威厳ある声が室内に響く。勿論意義を唱える者もいない。

「それでよろしいかな、魔王殿?」

「ご厚意感謝します、聖王様」

 魔王は微笑む。

「様等と――」

 聖王の目がそこで鋭くなる。

「そのように畏まられなくても良いのですぞ、私も魔王殿と呼ばせて頂いている、それに、そのような形で済む要件で来たわけではあるまい?」

 眼光の鋭さには確かな威圧感がある。

 ……往年を経て尚、といったところか。

 人心を統べる王としては向こう方が恐らく上なんだろうな、等と考える。

「そうだな、では普通に話させてもらうとしよう、聖王」

 いきなりの呼び捨てに室内が再度ざわつく。

 が、そんな事を一々気にはしていられない。

「うむ、それで、何用でこのように急に来られた?」

「そう、急ぎの案件でな」

 魔王は一旦そこで言葉を止める。

「先に言っておくが、私は争いに来たのではない、争えば無駄な被害が出かねんし、私が圧倒して終わってしまうからな」

 その言葉に、聖王の隣、アルエラの表情が完全に笑みになるのを見る。

「ほぅ……」

 聖王の目も僅かに細められる、そこに宿った真意までは測れない。

「だから私は「話し合い』に来たのだ」

 魔王は手を広げながら言った。

誤字脱字、矛盾点等ありましたご指摘ください。

感想等も随時お待ちしております。

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