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何の為に

戦ったり、その場所にいたり、そこに立っているだけでも、たまに意味や意義を問いたくなる時があるのではないかと思います。

「メイド、その、苦しい……」

 強く抱きしめられた体をモゾモゾと動かしながら、何とか都合のいい態勢を作る。

 心配されての行為だけに邪険にするわけにもいかないし、決して悪い気分では無いからだ。

「あ……申し訳ありません」

 謝りながらメイドが強い抱擁を解く。

「…………」

 微妙に不満気な気分を残しつつ、魔王はメイドから身を離す。

「よく無事に戻られました……」

「ん……」

 髪を撫でられる心地よい感触に、魔王は目を細める。

「……あの、魔王様、皆見てますが……」

 何か少し不満そうな表情をしながら声をかけてきたリズに、魔王はハッとする。

 トウカの困ったような笑顔と、カルのニヤニヤした表情に、顔が熱くなるのを感じるが、なるべく平静を装って竜王の方へ向き直る。

「随分と久しぶりな気がするな、竜お……竜王か?」

 声をかけ、戦っていた時とはまるで違う、金色のウロコに覆われた姿の竜王に、魔王は一瞬ためらい確認する。

『その通り、竜王だが、貴様は魔王のまま――か?』

 同意し、眉をひそめながら同じように魔王に問いかける。

 その問いに対し、後ろ髪を手で流し、魔王は余裕の笑みを浮かべる。

「私以外に、誰がいる」

『……母に喰われたかと思っていたが』

「母……女神の事か?」

 少し呆れたような表情を見せる竜王に、魔王は聞き返す。

『そうだが、それが分かるという事は、幾分か話は聞いた様だな』

「そうだ、な。その様子だと、貴様はもう皆に話したのか」

『貴様を待つ理由も無かったのでな』

「ふむ」

 魔王は腕を組み顎に手を置く。

 振り返ればリズとトウカが、心なしか気まずそうな表情をしている、メイドとカルはいつも通りだ。

 恐らくは魔王の出自の事を知っている事に対する気負いだろう。

「私は、メイドを一度殺した貴様を許した、とは言っていないのだが?」

『それに関しては――謝罪はするまい、試す為には必要な事だったのだからな』

 挑戦的な魔王の視線に臆する事無く、また非を感じている様子もなく竜王は告げる。

「……ふふ」

 その様子に軽く魔王は笑う。

「冗談だ、私もメイドが生きている以上何も言うつもりはない、無為に争いたいとも思わないしな」

 完全に許したとか怒りが無いとかいう事はない、だがここで争っても仕方がない事だ。

 それにその事で魔王自身も、自分の事を知ることが出来た。

「四人とも、私の生まれの話でも聞いたのだろう?」

「……ええ」

 トウカの返事と頷きに、他の三人も頷く。

「気にするな、と言うか私が気にしていないから、気にしなくていいんだ。どんな生まれであろうと私は私という魔王なのだから」

「魔王様……」

 リズが薄らと涙を目に浮かべている。

『王として立つ者になったか』

 小さく、呟くような竜王の言葉が響く。

「元から私は魔王だとも」

『ふん、小娘が』

 初めて竜王がおかしそうに笑う。

「こちらは女神からの視点を、貴様はそちら側からの視点を、話を合わせてみるか?」

 魔王の言葉に、竜王は首を伸ばし目を細める。

『……面白い、母――しか知らぬ事もあったろう、聞かせてもらおうか』

「先に話すのはそちらだぞ」

 クツと笑うと『いいだろう』と言い竜王は再び語りだした。















『……成程、な』

 話し終えた後、最初に言葉を発したのは竜王だった。

『独善的だったのは、我々の方だったという事か……』

 鋭い爪が刺さらんばかりに額をおさえる竜王。

「それは、どうなのでしょうか」

 それに、メイドが言葉をかぶせる。

『……?』

「かの女神も、魔王様の話にあったように、完全では無かった。我々と同じように迷い悩む者だったのではないでしょうか。で


あればそれが全て正しかったわけでも、間違っていたわけでもないのではないでしょうか、互いに」

『…………』

「そうだと私も思うぞ」

 メイドの言葉に魔王が続ける。

「あそこで会った女神は、気まぐれな感じもしたが、確かに貴様の言うとおり、深い慈愛を持った存在でもあったと思う。だからこそ、貴様達が女神を愛していたのなら、女神の言葉を借りるなら――」

 そこで魔王は一拍の間を作る。

「互の事を、正しく、或いは深く理解しようとしていなかったのだろう、多分」

『…………』

「当事者ではない私は、そんなに強くは言えないが」

『いや、構わん……』

 竜王は額に当てた手とは反対の手を魔王に向かって振る。

『理解、か』

 その言葉を無言で噛み締める竜王を一時見つめた後、魔王は他の四人を見る。

 ……私は、この者達を正しく理解しようとしているだろうか。

「……クリエイトマジック・ジェネシス」

 両手を四人に向けながら、魔王は呪文を唱える。

 四人が一瞬光に包まれ、次の瞬間には消える。

「……これは」

 光の消えた後の、自らの姿を見てメイドが声を漏らす。

 メイドとリズのメイド服は、大きくデザインは変わらないものの、所々に金の刺繍が入り、胸部、腕の側面、スカートの前後左右に金属製の鎧を付けた姿に変わっていた。

 メイドには合わせて腰部後ろに二つのシンプルなガントレットが取り付けられている。

「凄い、軽い」

 金属部品が増えた事により重量は増加しているはずだが、二人はそれを感じない事に驚きの声を上げる。

 それもそうだ、魔王によって作り出されたその服と金属は、今では生成方法すら残っていない過去の技術で作られる物だ、現代の素材とは比較にならないほど強く軽い。

 トウカの服装は、上半身は胸の部分を白銀と金で彫刻された鎧が覆われたスマートなスタイルに、下半身は長いマントに覆われ、開かれた前部、前垂れとマントの隙間から覗く足は、膝から下が胸部と同じような装飾を施された鎧に覆われていた。

 さながら白騎士のようである。

「なんか、コスプレみたい……」

 呟いた言葉の意味は理解出来ないが、特に不満はなさそうなその表情を見て魔王はカルに目を移す。

「なんで白いんですか」

 目があった瞬間、カルの口から出たのは文句だった。

 全身の服のデザインはあまり変わっていないが、上着の肩部分に固定用のベルトがついたり、腰の裏側にあたる位置に合計二十本のナイフを備え付けてあったり、ブーツのスネや公、裏側に金属を打ち込んであったりと細部でアレンジが施されている。

 そしてなにより、今までのカラーを反転するように、黒かった上着とズボン、帽子は白く、白かった仲のシャツ等は黒になっている。

「いや、白くすれば胡散臭さも消えるかと思ったんだが……」

 カルを見て魔王は唸る。

「逆に余計怪しい人みたいになってない?」

 トウカ言葉に魔王は項垂れる。

『随分と懐かしい物だな、今では私以外は作れなくなっていたと思っていたが』

 様変わりした四人と魔王を見て、竜王の声が響く。

『母の持っていた記憶……知識は貴様に吸収されたか』

「部分的にだがな」

『……意識は、母の魂は完全に消えたのか?』

「わからない……消えてのかもしれないし、私の中のどこかに居るのかもしれない」

『そうか』

 玉座に深々と座り直した竜王の姿は、どこか疲れているようにも見える。

「今日はもう日も遅い、休ませてもらうが構わないな」

『好きにするがいい』

 どこか投げやりに感じられる口調の言葉。

 魔王は一度口を開きかけ、四人を見て、口を一度閉じ、

『女神からの伝言だ』

 竜王にだけ聞こえるように、言葉を発した。

『今まで、一人で本当にお疲れ様。だと』

 竜王の顔が、目が一瞬見開かれ、それを手で覆うと、魔王を追い払うかのように手が振られる。

「さて、私はお腹が減ったぞメイド、何か作ってくれ」

 四人を引率するように、魔王が声を上げる。

「何か食べれるものがあればいいのですが……」

「なければ素材も作るから安心しろ」

 メイドの声に魔王が答える。

「なんですかそれ、もう料理出した方が早いんじゃないんですか」

「私はメイドの料理が食べたいのだ」

「作り出した素材ってどんなものができるんですか?」

「……謎肉とか謎野菜とかかな……」

「……絶対食べないわ」













 ……お疲れ様だと? 何を馬鹿な……。

 一人になった謁見の間、その玉座で竜王は魔王の言葉を反芻する。

 静寂に包まれた空間はただ静かだ。

 おかしなものだ、魔王とその仲間、あの五人が訪れてからまだ一日程度しか時間は経っていない。

 それなのに随分と、この空間は静かなものなのだと感じる。

『独り、か……』

 前代の魔王とメイドが来たときも、これ程までは喋らなかったように思う。

 フッと、考えながら、竜王は小さく笑う。

 ……何を、全く。

『魂など、脆いものだな、全く……』















「隣、いい?」

 食事を終え、夜景の見えるテラスに出ていたトウカの背後に、魔王の声がかけられる。

「え? あ、構わない……けど」

「そう、じゃあ遠慮なく」

 突然の同席に驚いたトウカ様子に遠慮するでもなく、魔王は隣に立つと空を見上げる。

 と言ってもそこには星空の夜景等無く、ただ吸い込まれるように暗い空から、城の逆光に照らし出された雪が降るだけだ。

「夜景好きなのか?」

「いや、別にそういうわけじゃ、それに言うほど綺麗な夜景じゃないでしょ……」

 振り返る魔王の視線から目を逸らし、一瞬目を泳がせ、結局夜景を見上げることにした。

 別に夜景が見たくてトウカはここに来たわけではない、ただ何となく一人で部屋にいるのは耐えれなかったから、城の中をうろついて、偶々光に誘われるように出た先がこのテラスだったのだ。

 魔法で管理されているのか、少し涼しい程度の空気が気持ちよかったのだ。

「そうか……」

「……」

 沈黙。

 今のトウカにとっては心底居心地の悪い、空気。

 ……あぁ、そうか。

 部屋にいれなかったのも、だからと言って誰の所にも行けなかったのも、

 ……逃げ出したかったのかな。

 現状から、自分から、或いは何かから。

「……何やってんだろ、私」

「怖いか?」

 なんとはなしに口から出た言葉に、魔王が視線をこちらに移す事なく尋ねてくる。

「怖くない方が無理でしょ」

「それもそうだ」

 小さく笑う。

「あんたは怖くないの。死ぬの」

「怖いな」

 トウカの問いに、一瞬の躊躇いもなく魔王は明言する。

「死ぬのは怖いし、痛いのも嫌いだな」

 どこから出したのか、水色の液体の入ったグラスを傾かせながら言う。

「……何それ」

「……ん? いる?」

 指差すトウカに、魔王が手の中にもう一つグラスを作り出す。

「よくわかんないけど貰っとく」

 魔王から受け取り一口、サイダーの様な味と刺激が口内に広がる。

 ……と言うかまんまソーダだこれ。

「あんたみたいなのが怖いのに、私みたいなのが怖くないわけないじゃない」

 手すりに預けていた身体を起こし、しゃがみこむ。

「私はあの二人みたいに、あんたの為に戦うとか出来そうも無い」

 メイドとリズの二人を思い出す。

 あの二人は魔王の為に戦う事に躊躇いが無いように見える。

 そういう意味では、何を考えているかはわからないが、自分の為に戦っている感じのある、あのカルと言う男の方が近しい気がする。

「いいんじゃないか?」

「え」

 魔王はあっけらかんとした口調でソーダを口に運びながら言う。そこに冗談や嘘といった感じは無い。

 見上げればその顔は微笑んでいるように見える。

「でも、そうしないと私は……」

「別に私の為に死ぬ事何てない、ただ手伝って欲しいだけだ私は」

 その声には優しさはあれど、悪意があるようには感じられない。

「それに、死んでしまったら元の世界に帰れないじゃないか」

 当然の事のように言う魔王。

 その言葉に逆にトウカは言葉に詰まる。

 ……なんか。

「気楽ね。悩んでるのがバカらしくなる」

「私は全然真面目なのだが……」

 唸る。

 それを見てトウカも軽く笑う。

「あぁーあ、あんたの為に戦わないとって思ってたのになぁ」

 立ち上がると手すりを背もたれにし、のけぞって空を見上げる。

 真っ暗な空から降る雪、だが先ほどよりは気楽に見れる気がする。

「別に私の為なんていらないぞ、トウカが自分の身を守って、後は少し私を手伝ってくれればいいのだ」

「あんたの少しはランク高いもんね」

 うぐ、と魔王が困ったように言葉につまるのを見て、トウカはまた笑う。

「それに、トウカに死なれると、色々、困る」

「……? なんか困る事あったっけ?」

「元の世界に送り返すと約束しただろう。それに、その……」

 そこまで言って魔王は顔をわずかに赤くしながら口ごもる。

「……何、私リズと違ってそっちの趣味無いんだけど」

「ちょっとまて、何の勘違いだというかリズって」

 わずかに身を引いたトウカに逆に魔王が慌てる。

「あれだ、その、と、友達が死んだりしたら悲しいだろ」

 それだけ言って、耳を真っ赤にしながら顔を両手で隠す魔王の姿に、トウカは吹き出す。

「あはっはっはっは、は、そう、ね、友達が死んだら悲しいもんね」

 腹を抱えて笑うトウカに対し、魔王は赤い顔のまま憮然とした表情だ。

 ……そうね、そう考えればいいか。

「じゃあ、あんたは私のこっちの世界での友達一号だ」

「うむ、私にとっても第一号だな」

「……ん? リズは?」

「リズは……うん、そのつもりでもほら、向こうが遠慮するし、メイドの前では中々そうも言えないし」

「あぁ……」

 何となく想像できる情景にトウカは苦笑する。

 ……言ってあげれば喜ぶだろうになぁ。

「だからまぁ、変に気負って考える事なんてないんだぞ」

 そう言って外に向き直った魔王を見て、トウカはあぁ、と内心頷く。

 それを言いに、わざわざ来たんだろうな、と。

「……あんた優しいよねぇ」

「……そうか?」

「そうよ」

 一気にグラスの中身をあおり、空になったそれを魔王に差し出す。

「ん」

「魔王に注がせるとか中々図太い」

「友達でしょ」

「そうだな」

 やはりどこからか、手の中にあった瓶から新しいソーダが注がれる。

「……んじゃ、私もその友達の為に頑張ろうかな」

 注がれたグラスをそのまま、魔王につき出す。

「……? もう入らないぞ?」

「あんたも出して」

 言われるままに魔王がこちらにグラスを差し出す。

 そのグラス同士、縁をわずかに当て、小気味の良い音を響かせる。

「……なんかよくわからないけどカッコイイ感じがするな」

「でしょ」

 笑う魔王、その笑顔に確かな満足感を得ながら、トウカは一緒に笑った。

誤字脱字、矛盾点等ありましたらご指摘お願いします。

感想等も随時お待ちしております。

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