欲したものと望んだものと、その答え合わせ
短めです。
「ふ、ふふ……」
「?」
顔を伏せた魔王から発せられた声に、女神は疑問の顔を浮かべる。
「ははははは!」
その顔を見て、魔王は笑い声を上げる。
「その程度で揺らしたつもりか!」
笑いを止め、声と共にテーブルを叩く。
その行動に女神はきょとんとした表情をしている。
しかし気にせず魔王は言葉を発し続ける。
「生まれも、魂のありかも、何もかも関係ない、私は、私が魔王だ! 他の何でもない、誰にも渡さない!」
真面目な表情で、言い放つ魔王を正面から見据え、女神は一拍の後、
「く、ふふ……」
その顔が笑顔に歪む。
「あっはははは、んふふふ……」
吹き出し、笑いをこらえるその顔は、愉快そのものといった表情だ。
「何が、おかしいのだ、私はお前の器にはならないのだぞ」
「ふふふ、そうね、ごめんなさい、でも嬉しくてつい」
お腹をおさえ、笑い過ぎのためだろうか、目尻の涙を拭いながら女神がいう。
「……嬉しい?」
女神の言葉に魔王は眉根を寄せる。
何故私が私である事を女神が喜ぶのだろうか、外に出ていた女神であれば、魔王の体を欲しがったハズだ。
「だってほら、この短時間に、この子はちゃんと成長したのね、って。感心したら嬉しくてね」
「意味がわからぬ、体が手に入らなければお前は自由になれないのだろう? 現に先程の戦いではそう言っていたではないか」
「そうね、貴女が簡単に力に飲まれてしまうような、矮小な魂ならそれでよかったのだけど。
でも貴女は自らの意思を示したわ、私に臆する事無く、それが自分に、他人に必要なことだと思って、そうでしょう?」
「それ、は」
「だからそれでいいのよ、私は我が子の末裔、その一人、魔王と名乗る少女の成長を自ら促し、それを得る事が出来たの、こんなに嬉しい事はないわ」
女神は、今度こそ間違いなく、慈愛に満ちた、それこそ女神と呼ばれていたであろう笑顔を魔王に向ける。
「あなたは……」
「私の事なら気にしなくていいの、さっきはあんな事を言ったけれど、そもそも私達の魂は同等のモノ。どちらに優劣があるわ
けでもなく、やがては一つに溶け合うものだから。
その過程で、どちらかが吸収されるか、或いは拒絶反応を起こして崩壊するか。だから、貴女は自分を誇りなさい、女神である私をかしづかせたのだと。私は、選んで貴女の力になるのだから」
女神の姿が突然、ぼやけるように薄くなりだす。
それを、魔王は最後なのだと理解する。
「まって、そんな事言われても、私はまだ何も――」
手を伸ばす。
その手が優しく両手で包まれる。
「自らの中にある力を認めなさい、汚れた感情を認めてあげなさい、貴女も私も高潔であろうとしても完全では無い。清濁を併せ持つ不完全なモノなのだから。そうすれば貴女は誰にも負けない王になれる。神のいないこの世界で、神の如き力を持つ王に」
「私はただ……別に、神になんて……」
申し訳なさそうに視線を逸らす魔王に、女神は再び微笑む。
「それでいいのよ、貴女は貴女、女神でもなければ、新たな神でもない、ただ貴女であれば」
フッと、手を握っていた女神の姿が光の粒子になり、それが魔王を包み込む。
光に包まれ、魔王は確かな温かみを胸の奥に感じる。
――自らの為に、願うことを成すために、力を使いなさい。
その言葉を最後に、光も、温もりも、そして魔王の意識も消えた。
●
「そんな事は、ありません」
竜王の言葉に、リズが否定の言葉をかける。
『ぬ……?』
「だって、魔王様が生きていたから、私はこうしてここに立っていられます。生きる事を、諦めないでいれたんです」
『…………』
「メイドさんだって、そうじゃないんですか?」
振り向いたリズの言葉を聞いて、一瞬驚いた後、メイドは微笑む。
「……確かに、そうですね、魔王様がいたからこそ、今の私はあるのですから」
「お二人だって、少しくらいは、そういうのがあるんじゃないですか?」
リズはトウカとカルにも尋ねる。
その姿を見ながら、メイドは内心で少し驚く。
この子は、いつの間にかこんなに強い子になっていたのかと。
従者として、見くびっていたのは自分だったかと。
「まぁ、私は、魔王にやってもらわないといけない事もあるし……」
「私はどうですかねぇ、まぁ多少ですかね……?」
トウカは少し迷いがちに、カルは苦笑しながら、それぞれが答える。
「ほら、どうですか、竜王様」
振り返りリズは竜王を見上げる。
「竜王様が見逃した意味も、魔王様がここまで生きてきた意味も、ちゃんとあったんですよ」
『…………』
魔王はただ黙ってリズを見つめる。
――全く、リズには敵わないな。
その無音になった空間に、綺麗な声が響き渡る。
メイドにとっては聞き慣れた、とても聞き慣れた声で。
頭上に発光体が現れ、その光が、次の瞬間弾ける。
光の粒子を散らしながら空中に現れたのは、ドレスのような服を纏った、魔王だった。
●
全く、敵わないと魔王は心の中で笑う。
リズはどうしてああまで自分を信じてくれるのか。
迷惑なハズはない、むしろ嬉しい事だ、そこまで信じてもらえるという事は。
そんな事を考えながら、魔王はふわりと四人の前に降り立つ。
「……魔王、様……?」
リズが呆けた表情で魔王を凝視している。
「そうだぞ?」
「――ぁ」
一拍の後、顔を歪め、抱きついてくるリズ、それを受け止める。
「――よかったぁ、よかった、です、目が覚めて――」
嗚咽混じりの声を上げる。
「心配をかけたな……」
最近はリズを泣かせてばかりな気がする。
魔王はその頭を軽く撫でると、視線を他の三人に向ける。
「魔王……その、大丈夫、なの……?」
どこか申し訳なさそうに尋ねてくるトウカに頷く。
「……白、でしたねぇ……案外ノーマルな……」
何がとは言わないカルに、抱きついているリズを引き剥がすと顔面狙いの右ストレートを叩き込もうとするが、難なくかわされる。
……このやろう……。
「魔王、様……」
途切れがちな、普段からは想像も出来ない細い声に、魔王は声の主を見る。
メイドが、目を薄らと開け、こちらを見ていた。
その瞳に宿っている感情はなんだろうか、思考をぐるぐると回し、纏まらない思考に魔王は言葉を詰まらせる。
「メイド……あの、えっと、なんというか……」
結局出てきた言葉はありきたりなものだった。
「その、ごめんなさい……ただいま――」
言い終わるやいなや、魔王の視界が埋め尽くされた。
きめ細かい布地と、柔らかな感触。
一瞬で近づいたメイドに、抱きしめられたのだ。
強く強く、それは二度と離すまいかとするように強く――
誤字脱字、矛盾点等ありましたらご指摘下さい。
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