私は生まれた―Existence―
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「だからと言って、そんな、あなたを信じた者達を裏切るような……」
「そうね、だから、その時まで、子供達は私を正しく理解しようとしていなかったし、そして私も、間違っていたのよ」
女神は広げた腕の指を組み直すと、自嘲気味に笑った。
「……どういう……」
「あらゆる意味で、彼の皇子、『彼』だけが私の望むところにあったのだと思うわ」
「すまない、わかるように言ってくださらないか……」
魔王は頭を抱える。
「……鳥はいつか親鳥の元を離れ、自らの翼で巣を飛び立つものでしょう?」
「……?」
「私が生み出した子達も、いつまでも私の元にいるべきではなかったの。やがて自らの足で立ち、自らの意思で進むべき道を決めるべきだった。自分達の歴史も、例え果てない争いがあるとしても」
「しかし、自分達では解決できないからこそ、あなたを頼ったのに……」
「そうだとしても、彼等は彼等で解決しなければならなかったのよ、他者の手に委ねる事なく、例えその先が滅びであるとしても。そして私も、それを容易に受け入れるべきではなかった」
「あなたは、それで良かったのか? 全ての生みの親であるあなたは、自らの子が苦しめられ、引き裂かれていても耐えれるのだと?」
「苦しいわ、とても。でもそれも、私の一つの側面でしかない、だから子供達は理解していなかったし、私も正しくは無かったのよ」
「どういう、事だ……?」
魔王は眉根を寄せる。
「私は子供達が思っていたような、慈愛に溢れ、高潔さと清らかさに溢れるような女神ではないの、確かにそう見えたのかもしれない、けれど私には私にも知らない面があった」
女神はフッと息を吐き出す。
「私は清らかなほど汚く、光り輝くほどに暗く、優しさと自愛に溢れるほど、残虐で無慈悲だったのだから。だからこそ、私は『彼』の存在を受け入れ、見守り、人々が嘆き悲しみ、耐え切れず私のところに来るまで待てたのだから。そう、『彼』だけが私を正しく見れていた、私が清濁併せ持つ事を知り、万能不滅でない事も知りながら、私を求めた」
その言葉にはどことなく熱が篭っているように感じられる。
悪虐の王として登場したはずの皇子を賞賛するかのようにも聞こえる。
「…………あなたは何故、我々を創ったのだ」
「そう、その時まで忘れていたのよ、何故なのかしら。母という立場に立った自分に酔っていたのか、或いは楽しくて忘れてしまっていたのか。
私は本当は、本当は、対等に話せる『友人』が欲しかったのに」
女神は腕を大きく広げ、天井を見上げる。
魔王からはその表情を見ることが出来ない。
「そして私は、その『友人』になれるヒトを、子供達の願いの為に自らの手で殺してしまったの」
顔を下ろした女神の表情は、落ち着いたものだった。
「だから、私はそれに気付いたその瞬間、『彼』の魂を喰らい、内に取り込んだのよ。それが彼の願いでもあったのだから」
「……願い?」
「彼の最終的な願い、それは私と一つになる事だったのだから」
一つ、という言葉に魔王は意味を見出しかねる。
全知ではない、不完全な神、それでも彼の皇子は女神の魂か何かを欲したのか。
「後は、貴女ならわかるのではないかしら、間違いを犯した自分と、世界に対する感情というのは」
「――――」
言われてハッとする、魔王自身が、メイドが竜王の手にかかって死んだと思った時の事を。
激昂し、我を忘れ、ただ内に燃える憎しみや恨みと言う復讐の感情に突き動かされていた瞬間の事を。
「貴女にとって、その皇子とはそれほど……?」
「さぁ、どうなのかしら。彼の魂を喰った事で彼の残虐性に引っ張られたのかもしれないし。
でも確かに、誰よりも真摯に、その非道性故に全てに平等に――だからかしら、私の不完全性を知り、私のその先を見ていたのは彼だけだった」
懐しいものを思い返すように、女神は数秒、目を閉じる。
「理由は納得できたかしら? そうして私は我が子たちに牙を剥いたのよ」
●
『女神が何をもって我々に牙を向いたのかは分からぬ。ただ我々はその時理解したのだ、我々が見ていた母の姿は、一つの姿に過ぎなかったのだと、そして我々自身が、最も強大な敵を作りだしてしまったのだと言う事を』
「……なるほど、で魔王様の話はいつ始まるんですか?」
首を傾げながらカルが竜王に尋ねる。
『これからだ』
竜王は軽く鼻を鳴らすと、再び話し始める。
『我々は早急に策を講じらなければならなかった、でなければ滅びが必然だったからだ。しかし懸念もあった、女神を打ち倒すことによって、世界にどれほどの影響があるのかという』
「世界に対する影響?」
『先に説明したとおり、女神とは自らに無限のマナを持っている、それを世界に拡散させ、世界をマナで満たす力も』
「魔王様にそれほどの力は無いようですが……?」
『アレは欠片だからな』
メイドの疑問に竜王は完結に答える。
だがそれはメイドの頭に新たな疑問を作る。
欠片とはなんなのか。
『まぁよい、結局我々は女神を封じるという方法にたどり着いたのだ。倒すのでも説得するのでもなく』
「なぜ説得されなかったのですか?」
『説得に行ったものが、一人でも全うな姿で帰ってくる事が出来たのならそれも良かったのだがな』
竜王の返答にリズは息を呑む。
『全ての種族が手を取り合った、人も竜も新たに生まれた種も、そして女神を封じるためのモノが生み出された』
「封じるための、モノ?」
『三十八人の娘達、正確には、女神の因子を強く持った女性のクローンだ』
「クローン?」
「複製という事です、この場合は、その女性の複製体が三十八人分、と言う事でしょう」
「え、それって……」
リズが言葉を濁す。
言いたい事は何となく分かる。
この世界にクローンという概念はない、人を複製するという事も、ヒトはヒトから生まれ、それ以外はありえないし、同じ人間を作り出すことだって不可能なのだ。
『そのクローン、その一人が、お前達の知る魔王だ』
「――!」
四人に動揺が走る。
特に竜王の言っている言葉がよく理解できているメイドは、軽く額をおさえる。
知らずに汗が浮かんでいたらしい、それを乱暴に袖で拭う。
『長く激しい戦いは多くの命を失わせ、この大地を不毛の大地へと変えた。しかしやがて、致命の一撃が女神に届き、女神の魂は三十八人の娘の身体の中に封じられる事になった』
竜王の言う通りなら、魔王と同じ存在が後三十七人いるはずだ。
『そこで、我々も思っていなかった事が起きた。娘の魂と女神の欠片が拒否反応を起こし、崩壊したのだ』
「!?」
『女神は不死でも不滅でもなかった。打ち倒せば滅び、魂もやがては朽ちるモノだったのだ。それに気づくよりも早く、クローンの中でも成長の早く、個としての自我を持ち始めていた二十七の個体が崩壊した』
「あの……その崩壊っていうのは……」
『死だ、肉体と、魂両方の』
竜王の返事にリズは小さく震える。
「残った十人の娘達は、どうなったのですか」
『その時点で、世界のマナは女神がいた時の半分、最早生まれ持ったマナを己の中で流動させる程度にしか世界に残されていなかった。だからこそ我々は、世界が自然と生み出すマナを、それ以上減らさないために、残りの娘達を封じ、マナの源泉としたのだ』
「そんな……」
『欠片とは言え女神の魂、女神を絶えることのない湖だとすれば、ほんの湧水程度でしかないマナの生産量だが、その当時にすれば失うことの出来ぬ量だった』
竜王は目を細める、それは昔を思い返しているのか。
『……結局は無駄な事だったが、世界は己を構築するだけのマナしか生み出さず、もう一つの世界の源、女神は我らの手によって滅んだ。マナによって支えられた文明は呆気なく滅び、その上から、貴様達の世界が始まったのだ』
「結局他の十人はどうなったんですか、それに魔王様は、何故ここに」
『他のモノに関しては知らぬ、文明と共に朽ちたのか、或いはどこかで魔王と同じように、或いは。魔王がここにいたのは何の事はない、ここが奴の封印の地だっただけに過ぎん』
竜王は再び頬杖をつく。
『偶然に、そこのメイドと前魔王が来たさい、娘の封印が壊れた。私にとっては手に余る存在だったのでな、滅ぼしても良かったが、過去の大戦の二の舞にだけはなりたくなかった、それ故に躊躇してしまったのだが』
フッと笑う。
『今になって思えば、あの時殺してしまっていれば、このような事にはならなかったのだがな』
●
「どう? 自分が生まれた意味を知った気分は」
目の前の女神は、顎に手を添え、可愛らしく微笑んでいる。
魔王はその顔に途方もない悪意すら感じていた。
……自分がそんな事の為に造られた命?
器とされるためだけに、そして偶々生きながらえただけの、命。
「けれど、器として造られた貴女に、そもそも命なんてあったのかしら?」
思考を読んだかのように告げられる女神の言葉に視界がグラリと揺れる。
「だって、自我に目覚めた子は、全員、私を受け入れれなくて、死んでしまったのだもの」
……では、私は何だ?
女神が両手をスっと机の上に差し出す。
その手の中には、小さな、詰まったのか、砂の落ちない砂時計がある。
それが唐突に、小さな破裂音と共に、砕けて消える。
その瞬間魔王は見た。
煌めく粒子の中、ガラスの破片、それぞれに、映る過去の映像。
黄金の髪を振り乱す女神。燃える空と凍える地上、血の川が流れ世界には死が満ちている。
黒い雪、幾匹もの竜、幾人もの人々、そして、自らと同じ顔をした、人々々々。
「思い出せた?」
……私は――
「誰?」
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