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全ての生まれた刻

回想会です。

「ん、む……?」

 僅かな倦怠感と共に、まどろみに沈んでいた意識が覚醒する。

 目を開けたそこは、左右の壁、そして目の前の紺色のテーブルクロスの掛けられたテーブルの中央に置かれた燭台の蝋燭によって照らし出された部屋だった。

 ぼんやりとした、満足に明るいとは言い難いその室内を見回し、魔王はこの部屋を知っている事に気づく。

 そこは魔王城の一室、来客があった時などに使う、会食用の部屋だ。

 気付くと同時に、向かいや左右の場所、薄暗がりの中に椅子が出現する。

 しかしおかしい、この部屋を使った記憶など久しく無い。会食が必要な相手など魔王城に訪れた事は無いし、ここを使ったのも魔王が何となく雰囲気を見たいからと言ってメイドに無理を通した一回くらいだ。

 そんな重要な相手、そもそも来客などあっただろうか?

「――お目覚め?」

 そんな事を考えていると、いつの間にだろうか、対面の席に座っていた人影から声がかけられる。

 鈴を振るような女性の声だった。

 ……女性?

 女性の来客などあっただろうか?

「貴女から『話そう』って誘っておいて寝坊するなんて、マナーのなってないのね」

 楽しそうな声で女性は語る。

 その顔は、薄暗くよく見えない。

「私から誘った?」

「そうよ、だからこうして私は姿を現したというのに」

 ぼんやりと靄のかかっていた意識がハッキリとしてくる。

 ……眠る前私は何をしていた?

 そう、戦っていたハズだ。

 そしてそう、『話そう』と言って眠ったのだ。

 なら目の前にいる人物は。

「やっとちゃんと起きたようね」

 燭台の炎が一段と揺らめき、室内が一際明るく照らされる。

 対面に座る女性の顔を照らし出す。

 そこに座っていたのは、魔王より幾分か歳上であろう、ウェーブのかかった長い金髪をした、どことなく魔王と似た面影を持つ美しい女性だった。

「改めて、はじめまして、魔王様」

 女性は微笑みながら口を開いた。

「私が、貴女の中にいる神様よ」

 明るくなった室内、ヴェールのようなドレスのような、白い服を来た女性――神は手を広げにこやかな表情をしている。

「……貴様が?」

 信じがたい、その言葉を口にする前に、魔王は肌でそれを理解する。

「――目上に対しての口の利き方がなっていないようだけど?」

 怖気を感じさせる威圧感に、本能的な恐怖と、それをかつてから自身の体内に感じていたものと同一だと認識する事によって。

「まあいいわ。今や貴女と私は対等の立場なのだから」

 笑顔から威圧感が消え、魔王の全身を襲っていた恐怖感が消える。

「本当に、あなたが神と呼ばれる存在なのか? だとすればなぜその様な存在が私の中にいる?」

「性急なのね、まぁそれらを話すためにここにいるのだけど」

「ここは、夢の中……か?」

「質問だらけね」

「う……すま、ごめんなさい」

 魔王の態度に女性は微笑む。

「いいのよ、わからない事は罪ではないわ。理解しようとしない事は悪癖だけれども」

「…………?」

「気にしないで。そうね、ここは夢とも現実とも違う、貴女の中にある私の中、根源へと至る場所、大領域、魂の座よ」

「……わからん」

「でしょうね、全て、始まりから話しましょうか、この世界の始まりから」












『魔王以外は、揃ったか』

 竜王は謁見の間で、玉座に座ったまま四人を見下ろしながら言う。

「その件で竜王様、ご相談が」

『ん?』

「魔王様がまだお目覚めになりません、重要な話でしょうし魔王様が目覚めるまでお待ち頂けないかと……」

『その必要は無いだろう』

 メイドの提案を竜王は即座に否定する。

「……? なぜですか、魔王様にとっても重要な話、それを――」

『あの娘は『向こうで話そう』と言って眠りについたのだろう?』

「そうですが……」

『であれば、魔王はむしろ我々より深い話を聞けているかもしれんのだからな、何しろ話し相手はあの神だ』

 そこで竜王は小さく笑う。

「なんですかその笑みは」

 含まれる小さな悪意にメイドが声を低くする。

『いや何、無事にこちらに戻ってこれれば、の話だが。と思ってな』

「魔王様は戻ります、必ず」

 竜王の言葉に、メイドではなくリズが力強く答える。

『……ふむ、そうか、ならば問題無かろう』

「ですから、魔王様が目覚めるまでお待ち下さいと」

『そもそも、何故我が待つ必要がある? これは我の気まぐれでもあるのだ、話さなくとも良いのだぞ?』

 メイドはその言葉に押し黙る。

「わかりました、今聞きましょう」

『聞き分けの良い事だ、では話そうか』

 そこで竜王は一拍の間を置く。

『全ての起こりは原初まで遡る、何貴様達にも無縁の話ではない、世界の始まり、そこには一柱の女神と、何も無い世界だけが広がっていたという』

「口伝ですか?」

『母――貴様達も相対したあの神だ、かの女神に聞いただけに過ぎん、私も存在しなかった時の話だ、真実を知る由等なかろう』

「……」

『母――女神はやがて世界を創り、そこに初めて、知恵あるケモノとして我等竜とヒトを創った、もっともその頃のヒトと言うモノは今とは違い、もっと強く賢い生き物だったのだが』

「初めて聞く話ですね」

『遥か、遥か昔の話だ。そして女神はそれらの為に他の生物を創り上げた、そして我等竜とヒトは豊かな世界と無限とも言えるマナを使い繁栄を極めていったのだ』

「無限の……マナ?」

『貴様達が魔力と呼ぶもの、あらゆるモノの中に在り、全ての根源であり全てを構成する根源元素だ。女神はその源流にして起源、世界と繋がる無限のマナを持っていた、それ故に神とも呼ばれたのだが』

「なぜ、魔王様が同じ力を……いやだからこそ内に神を……?」

『それはまた後々の話だ。ただその時代はとても穏やかで、悠久の楽園と言える時間だったのだ』

「……? ……あの、そこに私の様なエルフとか、亜人種はいたんですか? その言い方だと何だか……」

 リズレインの言葉に竜王は深々と溜息を吐く。

『その通りだ、今で言われる亜人という種族は女神によっては生み出されなかったのだ。ヒトと言う種族は今で言う人族、純粋な人種しかいなかった』

「じゃあ、どうして……?」

『それこそが全ての終わりの始まりだったのだ』

「え?」

『……ある時、ヒトの中に一人の皇子が生まれた、その皇子はとりわけ更に賢く、そして美しく、そして強く成長した。それは神子と呼ばれるほどに、武と知と美の全てを兼ね備えた人間だった』

 竜王は忌々しいといった表情を隠すことなく表に出す。

『だが、あらゆる要素をもってしても覆せぬほど、その皇子は歪んでいたのだ、その心が。彼の者の欲には果てが無かった。あらゆるモノを欲し、あらゆる知識を渇望し、あらゆる行為を行った』

 語るその言葉にはありありと憎悪の感情が篭っている。

「まさか……」

 メイドが口元をおさえる。

『その過程であらゆるモノが犠牲になり、或いは実験のモノとされた、この世に在るであろうあらゆる種が交配され、あらゆる血は混ぜられ、あらゆる現象は知識として分解された。その過程で生まれた混合種、その末裔が今ある亜人種と呼ばれる種族――いや、ヒトと言う種族もその純血種は最早いないだろう。全ての生物がその者によって作り替えられたのだからな』

「……よくわかりませんが、その皇子様の実験によって私達の様な亜人種は造られたと言う事ですか?」

『大勢の同族の犠牲によってな』

「…………」

『そしてそうした犠牲の上、多くの屍山血河を作りだして尚、奴の欲求は止まる事が無かった。やがてヒトだけではなく我等竜族も犠牲を出し、ついに我等は女神を頼る事にしたのだ』

「自分達でどうにかしようとは……思わなかったのですか?」

『したとも、だが無理だったのだ、誰がどう手を出そうと止める事など出来ず、その末の選択だったのだ。それほどに彼の皇子の力は強大だったのだ』

 竜王は溜息を吐く。

『そして女神は我らの願いを聞き届け、彼の皇子との戦いに挑んだ』

「……それで、どうなったんですか?」

『……皇子は打倒され、女神は傷を負った。そしてそこから更に悲劇は続いた』

「何が……?」

『今度は女神が、我らに牙を剥いたのだ』












「なぜ、その様な事を……? 全ての生物は貴女から生み出された子供達なのでしょう?」

 魔王は目の前の女神に問いかける。

 彼女は語ながら言っていた、『この星に生ける全てのモノは愛しき我が子なのだ』と。

 それを何故、自ら手にかけようとするのか。

「簡単な事じゃない?」

 女神は笑顔で答える。

「私にその皇子を倒すよう願ってきた子達は、私を信じても、きちんと理解しようとはしていなかったの」

「……意味が……」

「だってそうでしょう? 『全て』の子が愛子なのだから」

 女神が腕を広げる。

「その皇子も、私の愛子の一人だったのだから」

誤字脱字、矛盾点等ありましたらご連絡下さい。

感想等も随時お待ちしております。

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