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その男相性最悪につき

 ソシラーヌ郊外の平原、馬車の通る道を外れたそこに三人は居た。

「さて、この辺りでしたらもし魔王様の魔法で何か有っても、大した被害は出ないでしょう」

 ソシラーヌからは少し離れているため、町の外にある畑等からも多少距離がある。

 ……そんなに被害が出るような魔法を使うつもりはないのだが……。

 魔王は風で荒れるドレスの裾を、めくれないように押さえる。

 対面、五メートル程離れた位置にカルが手持ち無沙汰に立っている。

「メイドよ、その、本当にやるのか?」

 少し離れた、あいだのような位置に立つメイドに話しかける。

「では最初は……そうですね、魔王様はファイアーボールのみでカル様を迎撃して下さい、勿論迎撃しながら逃げるのもありです。カル様はその魔王様を捕まえたら勝利という事で」

「あれ、それ私の勝利条件が無いのではないか?」

「魔王様が勝つことはありえませんので問題ありません」

「ぬぅ……」

 余程カルの勝利に確信が有るらしい、不服だ。

 カルの方はというと、軽く手や足を振って準備運動のような動きをしている。

 目が合うと微笑んでくる。


「では、お互い構えて――」

「カル、手加減はいらないぞ、私が勝つからな」

「こちらはお手柔らかにお願いしますね」

「――初めて下さい」

 メイドの声が響く。


 魔王は声と同時に人差し指の上に軽く意識を集め、魔力の流れを作る。

 一瞬で指先に拳大の火の玉が出来上がり、それが次の瞬間大人の胴体程の大きさになる。

 ファイアーボール、火属性の初級攻撃魔法だが、普通に使うには詠唱が必要だ。それに大きさも一般で言えば人の頭程度しかない。

 魔王に関して言えばこ、の程度の初級魔法は呼吸をするのと同様なレベルである。

 そしてその魔力量故に自然と規模が大きくなる。

「いやー、手加減ないですね」

「ん? 加減しているぞ? 手加減無しだと大きさがこの倍はいくぞ」

 ニヤリと今までの鬱憤を晴らすように魔王が笑う。

「魔王様、顔が魔王みたいになってますよ」

「魔王だっつの。避けろよ、避けぬと死ぬぞ」

 指を軽く、空をなぞるように前に振るう。

 そのたおやかな動作に反して、炎の塊が空気を焼く轟音を上げながらカルに飛ぶ。

「いやこの速度は避けれないでしょう」

 そう言ってカルは炎の塊に向かって左手を突き出す。

「え――」

 相殺狙いの同技か反属性をぶつけるつもりなのか、そう思った瞬間。


 炎の塊が、カルの開かれた左手の前に、渦に吸い込まれるように捻れながら消えた。


「えぇぇ?」

 魔王が素っ頓狂な声を上げる。

 何をしたのかわからない、相殺の反応ではなかった。防御した様子もない。

 ……だとすれば後は吸収?

「先程の座学で言った筈ですが、カル様には魔力媒介の魔法は全て吸収できますので、一切通じませんよ魔王様」

「えぇえええそれズルではないか!」

 言いつつも魔王は再び炎の玉を手の上に生成する。今度は二つ、それも両手に。

 それを棒立ちするカルに再び投げつける。

 仮に吸収だとしても無尽蔵に吸収など出来るはずがない、許容量には限界があるはずだ。

 そして魔王の魔法はその許容量を、並であればすぐオーバーさせれる魔力を持つ。

「いや、魔王様これ普通なら死にますよ」

「あ」

 焦って手加減するのを完全に忘れていた。

 もはや岩とも言えるサイズの炎の塊が四つ、カルに襲いかかる。


 が、カルはそれを事も無げに両手で払うように消し去る。

「ええぇぇぇええ!」

「なんですかはしたない声上げて……」

 平然とした表情でカルが魔王の上げた声に突っ込む。

「いやいや待て待ておかしいだろう! なんだその許容量は! 私の魔法食って平然としてるなどありえないぞ!」

「そうですね、普通の吸収者でしたら魔王様の魔法を二回でも食べれば、放出を挟まなければ魔力の暴走を招きそうなものですが。流石はカル様、底なしですね」

 ……なんなのだその無駄に説明的な口調は。

 悪意しか感じない。

「なんですかそれ、メイドさん知ってるでしょうにわざとらしい」

 カルが苦笑しながらメイドに言う。

「……メイドは知っていたのか?」

 魔王はメイドを見る。

「はい、カル様とは魔王様との謁見の前に一戦しておりますので」

「そういう事は先に言っておかぬか!」

「いやー、あの時のメイドさんはまさに鬼でしたねぇ、死ぬかと思いましたよ」

「ご謙遜を」

 カルはカルでそんな事を言いながら笑っている。

 ……メイドと戦えるとかどんだけなのだ。


「ではカル様、カル様も攻撃の方をお願いします、一応、試合ですので」

「……仕方ないですね」

 ため息と共にカルが二歩三歩、地面を蹴る。

「っー!」

 五メートル程の距離は簡単に埋まり、魔王のすぐ前にカルが迫る。

「ち、近づくな!」

 両手を広げ、魔法障壁を作り出す。

 幾層にも重ねられた障壁がわずかに光を歪め、魔王をドーム状に覆うそれに青い模様を描き出す。

 多層型の障壁はそれだけで防御と攻撃を兼ね備える。

 障壁を無理に破壊して進めば、破壊された障壁がまるでガラス片の様になり降り注ぐからだ。

 更に、一層ずつ解呪して進もうとするならば、解呪する方と生成する側のチキンレースになる。無論魔王であれば一々解呪するような相手では相手にならない。

 しかし、カルはそれを意に介する様子もなく、近づくと――


「魔王様、申し訳ありませんね」

 カルが魔王の障壁に触れた瞬間、障壁が跡形もなく消えた。

 破壊されたのではない、解呪されたのとも違う。

 根本から消されたのだ。

「失礼しますよ」

 驚き固まる魔王を尻目に、カルは魔王の肩に手を置くと、その足を軽く払った。

「えっ――」

 魔王の体が一瞬宙に浮く。

 こける? と魔王が思うより早く、その足はカルのもう片方の手で受け止められる。


「え」


 肩を抱えられ、膝を持ち上げられる。

 いわゆるお姫様抱っこ状態に。

「まぁ、これで私の勝ちという事で」

 眼前、間近にあるカルの顔がメイドの方を向いて言う。

「な、な、ななな」

 顔面に一気に血が登るのを感じると、魔王はカルの腕の中でジタバタと暴れる。

「き、気安く触るな馬鹿者がぁ!」

 どもる魔王の暴れる手足を軽くいなしながら、カルは魔王を地面に降ろす。

「……カル様の勝ちですね」

 メイドが小さく嘆息しながら言う。

「いやいや、待て待て待て、そもそも魔法が通じないのなら私の方が圧倒的に不利ではないか!」

 魔王が憤慨しながら不満、異議を申し立てる。

「……わかっておられないとは、魔王様未熟が過ぎます」

 メイドが溜息を吐きながら首を振り、カルが肩をすくめる。

 いいですか、とメイドが続ける。

「ああして相手に魔法が効かない場合でも、自らの肉体を強化する事によって、肉弾戦である程度補う事が出来るようになるのです」

「ちなみに私は戦闘時はほとんど常時ブーストしてますよ」

「ぬ、そうなのか……」

「カル様のように魔法が効かない種族と言うのは度々見受けられます、その度魔王様が無力化され、『魔法が無力化されたらた


だの町娘Aレベルのチョロイ小娘だったぜ』等と言われるのは言語道断です」

「ぬぅ……」

 確かに、魔王としてもそんなに気軽に舐められて馬鹿にされるのは本位ではない。

「偉大なる魔王様となる第一歩の為、魔王様には必ず肉体強化の魔法もマスターして頂きます」

 


 ちなみに。

「カルも私を始め見たとき、小娘と思ったのか?」

 問われ、あぁ、とカルが頷く。

「確かに、随分可愛らしい娘が、とは思いましたが、別にそんな侮蔑したような事は思ってませんよ」

「そ、そうか、ちなみにどんなモノをイメージしていたのだ?」

「そうですね、こう、屈強で知識深い老人とか、やっぱり屈強で偉そうな男を。そう言う意味では正反対でしたね魔王様」

「意に沿わなくて残念だったな」

「いえ、これはこれで、個人的にはかなりアリだと、むしろよく考えた場合男の方がこの場合は無しでお願いしたいくらいですね」

「貴様は……」



 

 


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