そこにいる者
遅めの投稿になります、すみません。
一頻り嗤い終わった後、魔王はゆっくりと視線を横たわる竜王へ向ける。
「ふふ、少しはしたなかったかしら?」
『……』
竜王は答えない。
「まぁいいわ、幾星霜ぶりかの再開だけれど、一時のお別れとしましょうか」
異型と化した左腕を笑顔で持ち上げる。
「そこから離れなさい――」
背後からの声、冷気を含んだような冷たい声に振り返ると、左手を振るう。
飛来する人程もある大きさの無数の氷柱。
それを退屈、或いは邪魔をされた苛立ちだろうか、その気分を表情に出しながら無造作に砕き散らす。
左手から逃れた幾つかの氷柱も、魔王に届く前に不可視の壁に阻まれ砕ける。
●
メイドの死体の側に座っていたリズは、状況が理解出来ずに呆然としていた。
先程まで確かに息も無く、脈も熱も、全ての生命としての活動を停止していたメイドが、一瞬で蘇生したのだ。
そして、これもまた、何が起こっているのかわからないが、別人の様に豹変した魔王の元へ、何も言わずに一瞬で跳んでいったのだ。
「メイドさん、確かに今の今まで死んでいたのでは?」
近づいてきたカルがリズに問いかける。
「え、あ、はい……確かに」
反射的に答えるが、リズにもよくわかっていない。
「擬似的な不老不死だと言ってた」
その疑問に、意外な所から答えが来る。
声の元、振り返るとトウカがいた。
「不老不死?」
「えぇ、彼女も私と同じ、異世界からこの世界に来た異邦人らしいわ、その影響か知らないけど、そういう身体になったのだと言っていたわ」
「初耳ですが、何故貴女にだけ?」
「知らないわよ」
カルの疑問にトウカは首をかしげる、実際理由は何も言われていなかったからだ。
メイドからすれば、同郷のよしみ、或いは少しの同情か、彼女自信も理由を問われてもわからない理由だったろう。
ただ何となく語っていた事だった、故郷の世界と、自身の事を。
「不死って、最強じゃないですかね」
カルがメイドの向かった方向を見る。
最早人外の領域、とても手を出せる状況ではなくなった竜王と魔王の争う戦場を。
「……不滅ではないって言ってたわ、どれだけ死なないのかも、試した事はないからわからないと」
リズはトウカ言葉を聞きながら唇を噛み締める。
自然と手にも力が入り、地面を削り取り、痛いほどに握りしめていた。
自分は何も知らず、何も出来ず、なんと無力なのか。
何も知らされず、何も頼られず、ただその庇護の下にいるだけの自分。
唇から赤い筋が流れ落ちた。
「……駄目」
震える声で小さく呟き、立ち上がる。
「リズ?」
「私も、行かなきゃ」
トウカの声に答えた訳ではなく、独り言の様に言うと、リズは矢の入った筒を肩にかけ、まだ戦いの続く戦場へ歩き出す。
まだ魔王に魔力を込めてもらった矢は幾つか残っている、それがあれば何かは出来るはずだと願って。
「ちょ、ちょとリズ、ダメだって、無理だよちょっと!」
トウカの制止する声が聞こえるが、リズは答えない。
もう無理だった、待つのも無力な自分に耐えるのも。
何も出来ずに何もしないままでいるなら、無力でも何でも、自己満足だって構わない、あの人の為に何かをして、死んだ方がマシだ。
そう思いながら、リズはただひたすらに進んだ。
●
『時間がかかったな』
「申し訳ありません」
竜王が声をかける方向、魔王の頭上、その後ろ側に、白と黒のシルエットが舞う。
「――誰?」
眉間に皺を寄せながら、シルエットの主から放たれた高速の蹴りを受け、しかし微動だにせず魔王は問う。
「わかりませんか」
ギシリと骨の軋む音を響かせ、跳躍すると白黒のシルエットは魔王から距離を取る。
胸の中央に穴を開け、そこから肌色の覗く土の付いたメイド服を手で払いながら、開かれた青白い瞳で魔王を真っ直ぐ見つめる。
「――魔王様のメイドです」
一言、手の中に氷のハルバードを創り出すと一度二度回転させ、構える。
「――メイド……?」
怪訝な顔をする魔王。
その瞬間、足下に横たわっていた竜王が飛び上がる。
「あら」
一瞬バランスを崩した魔王は、しかしすぐに空中で静止する。
「もう治っちゃったのかしら、さすがの再生能力ねぇ」
大体の傷を修復し、空中に飛び上がった竜王を見て魔王は感心するような声を上げる。
『そう創ったのは貴女だろう』
竜王は渋い声で答える。
「そうね、貴方達の事を思っての事だったけど、相手にするとちょっと面倒ね」
さしたる問題ではない、という風に笑いながら魔王は言う。
そこへ振り下ろされるハルバード、それを何の変異もしていない、右腕の指一本で魔王は受け止める。
「そこのあなたは、私のメイドならば邪魔をしないでくれる?」
「私は『魔王様』のメイドであって貴女のメイドではありません。逆に問いましょう、貴女は誰ですか」
ハルバードを捨て、両手に氷の剣を創り出し振り下ろすが、今度は不可視の壁に阻まれる。
「はん、言うわね『異物』のクセに」
鼻を慣らし、笑顔から一変して鋭い視線をメイドに送ると、魔王は左腕を振るう。
黒い闇の波が、後ろに跳んだメイドの目の前を薙ぎ払う。
波はそのまま竜王を僅かに掠めて消える。
『このままではただの的だな』
そう言うと翼で全身を覆い、黒い渦になった後、そこには黒い煌びやかなローブを羽織った男がいた。
「あら、人間は嫌いなのじゃなかったかしら?」
「歳を重ねれば考え方というものは変わるものだ母よ、まぁ嫌いなのは変わらんがね」
人間の姿で竜王は流暢に言葉を話す。
その周囲、ガラスのような透明な剣が出現し、それが魔王に降り注ぐ。
しかしやはり、それも全て見えない壁に阻まれ、砕け散る。
「無駄よ無駄!」
魔王は高らかに叫ぶ。
その砕け散った破片の間を縫うように、氷を足場に跳んできたメイドの氷剣を、手を動かすことも無く同じような透明な剣を創り出し受け止める。
「先程の問いに答えていなかったわね」
メイドと竜王の周囲に、十数本の剣が出現する。
「私は魔王などではないわ、私はこの世界の全ての母、全てを創り出した者」
剣が、一斉に二人に襲いかかる。
「私が神よ」
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