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竜王戦・後半

遅くなって申し訳ありません、問題の後半になります。


 爆発の後、わずかにその甲殻にヒビが入っているのを魔王は確認する。

 しかしそれに喜ぶ暇は無い、その程度の傷では無意味な事は先ほど証明されている。

「出ろ!」

 両手を振ると、手の伸びる先に、鉄塊が出現する。

 トウカ達と戦った時と同じ、物質創造によって造られた魔王鋼の剣だ。

 造り出されたのは二本、しかし大きさが尋常ではない。

 魔王の身長の四倍近い、約七メートル近い大きさの剣は、持ち手も何もなく、ただまるで岩を研ぎ刃を付けただけの物のようにも見える。

『カァ!』

 爆煙の中から、魔王に伸ばされた爪、そこに腕を振り下ろし、まるで剣を振るうかの様な仕草で剣を打ち付ける。

「はあああぁああ!」

 ミシミシと軋む剣と爪、そこに反対側からもう一方の腕が伸ばされる。

 腕を振るい、もう一本の剣を打ち付ける。

 つば競り合う剣と腕、そこに横から、太い木の幹程もある竜王の尾が、ムチの様に魔王に振るわれる。

 対物理の障壁がいくつか、まるで薄氷かガラスの様に容易く砕かれる。

「くっ!」

 剣から意識を離し、尾を防ぐと、眼前でつばぜりあっていた剣は容易に握りつぶされる。

 そのまま握りこぶしが振り下ろされ、何とか障壁を間に合わせるも、完全には防ぎきれず、魔王は大きく後ろに吹き飛ぶ。

「このッ!」

 空中で制動、吹き飛ぶ身体を止めると、竜王の傍、真っ二つに砕かれ落下していく剣に手を向け、引き寄せる。

 そのまま引き寄せた四つを制御、削り直すと、四本の剣にする。

『――――』

 頭に響く高音、身体が硬直する。

 が――

「それはもう通じない!」

 一喝、身体の自由を取り戻すと、続けざまに竜王から放たれた無数の雷を四つの剣で薙ぎ払う。

『もう我らの言語を解読したというのか?』

「私を舐めてもらっては困るぞ!」

 竜王の驚きの声に魔王は得意げに答える。

 実際はハッタリだ、未だに竜王が何を言っているのかはわからないし、竜言語なる物も理解できていない。

 今のはただ単に、竜王が先ほど受けたものと同じ魔法を使ってきたから対応できたに過ぎない。

 しかしそれを今素直に白状した所でこちらに有利になる事は無い、ならばハッタリで通すだけだ。

 魔王は空を蹴ると、近すぎず遠すぎず、ギリギリ竜王の手が届かない、そしてこちらの剣は届く位置まで行き、四つの剣を連続して振るう。

『ヌゥ!』

 それを両腕を盾にし防ぐ竜王。

 鱗が強靭なのか、それとも障壁を発生させているのか、或いはその両方なのか、剣は硬質な音を立て、その刃を鱗に阻まれる。

 弾かれた剣を戻しながら、戻した剣を四枚、筒の様な形になるよう、揃える。

「硬いのならば、撃ち抜いて!」

 並べた剣を、さながら砲塔の様に見立て、

「アグニッシュヴァーダ!」

 魔力を集中、加速させ、炎を作り出し、その温度を数千、数万まで跳ね上げる。

 それは最早火というものではなく、熱を持った光の渦だ。

 狙いは竜王の胸中心、人間なら心臓がある位置、そこへ目掛けて照射する。

 最早加減する気は無いし、その余裕も無い。

 連続した大量の魔力操作で、頭が、目の奥がチリチリと痛む。

『……魔王としての力は見せてもらった。だが我が見たいのは貴様の魂の力なのだ』

 向かってくる熱線に、今までとは違い、どこか落ち着いた様子の言葉を竜王が発する。

「な、に?」

 熱線を照射する、竜王に向けた両腕。

 唐突に頭を襲う激しい痛みに、魔王は平衡感覚を失い、頭をおさえる。

 熱線が掻き消え、揃えられていた剣が空中に力なく漂う。

 無造作に向けられた、竜王の手の平から肩、その背後の翼にかけてを、熱線は貫通し虚空に消える。

 僅かに苦痛で歪んだようにも見える竜王の口の端。

『ルイン・グローム』

 裏腹に高速で修復される傷、それに続くように呟かれた呪文によって、魔王の周囲に空気の渦が起こる。

 ……この感覚、は……。

 額を押さえながら、何とか周囲に障壁を張るも、猛烈な頭痛に全身から脂汗が滲み出る。

 空気の渦、そこから発生した幾つもの雷と氷が魔王を襲う。

 言葉と様子からすれば、恐らくは大気を操作する系統の魔法なのだろう。

 それ自体は大した威力はない様に見える、魔王は片手の指一つの動作で一つ一つを叩き消す。

 荒れた周囲の空気、カマイタチも障壁を破るほどの威力はない。

 ……ならなぜ、こんな小細工を?

 頭痛によって思考が上手くまとまらない。

 そこに、渦巻く雲によって影の姿になった竜王の言葉が、重く響く。

『アグニッシュ・ヴァーダ』

 一筋の光。

「魔王様――!」

「え――?」








 何が起きたかを理解するより早く、魔王の横腹に焼け付くような痛みが走る。

 そして、周囲の空気、渦をかき消しながら、突き飛ばされる。

 痛みの元、左下腹部を見れば、拳大の穴が空き、焼けていた。

 突き飛ばしたしてきた者の方を見れば、霧散する渦の中、こちらに手を伸ばしているメイドの姿があった。

「何、を……」

 思考が追いつかない、メイドの足元、地上から足場として伸ばされた氷は、その伸ばされた腕が力なく下ろされると同時に、弾ける。

 そして地上に落下するメイド。

「ま、って!」

 腹部の傷に手を当てる。

 決して軽い傷ではない、放っておけば致命傷にも成り兼ねる、だが今はそれよりもメイドだった。

 魔王は空中を蹴り、落ちるメイドに追いつくと、手を掴み、抱き寄せると地上に激突する寸前で着地する。

 それでも勢いを殺しきれず、数回、地上を転がった後、止まる。

「げ、ほっ」

「魔王様!」

 離れた場所からリズやカルの声が聞こえてくる。

 それに返事をする余力はない。

 全身を軋ませる痛みに頭痛、そして腹部の大穴。

 身体を起こしながら、腹部に治癒の魔法をかけた時に魔王は気づく。

 掴んだメイドの手がない。

 咄嗟に周囲を見渡し、一メートルも離れていない位置に転がった姿を発見し、安堵と焦りを同時に感じながら、足を引き摺り這うような動きで駆け寄る。

「――え?」

 近づき、その姿を見て、間抜けな声を上げる。

 ピクリとも動かない、転がった時にだろう、そこかしこを土に汚したメイドの姿。

 その胸に、背後から、ポッカリと焼けた穴が、魔王と同じように貫通していた。

 頭痛がひどくなる。

「え、ぇ――?」

 その体に、肌に触れると、僅かにだが暖かさを感じる。

「メイド!」

 すがるような声を出しながら、しかし、急速に失われていく体温を感じる。

 その体は動かないし、閉じられた瞳が開く事はない。

 人であれば心臓があるであろう位置に空いた、虚。

「嘘だ、う、そ」

 遠くで呼ばれたような気がしたが、何も聞こえない。

 急速に世界が閉じていく、音が無くなっていく。

 ただ目の前に横たわるメイドの姿のみが魔王の目に映る。

「そんな、の嘘だ、だってメイドは私より強くて、強くて――」

 膝から崩れ、冷たくなりつつあるその手を握る。

 メイドと交わした様々な言葉が魔王の脳裏を駆け巡る。

 痛みで思考が纏まらない。

 何を思ったわけでもなく、唇が震え、口が開く。

「ぉかぁ――」

『死んだか』

 その言葉を、魔王の呟きを遮るように、竜王の低い声が、響く。

 それを、その言葉を、信じられないといった表情で、目を見開きながら魔王は見つめる。

 ……死んだ? メイドが?

 頭痛が、熱に変わる。

 ……ずっと側にいると言ったではないか。

 誰が殺した? 誰が言うでもなく、頭の中に湧いた疑問の答えを、魔王は見つめる。

 未だ尚、悠然と空を舞う黒い竜の王。

 何故、どうして、そんな事はどうでも良かった。

 奥底から湧き上がるドス黒い感覚、いつもは忌避する魔力の流れ。

 それを心地よいと感じた瞬間、ピークに達した頭痛に、魔王の頭の中でブツリと、何かが切れるような感覚がする。

『――来たか』

 竜王の呟きが聞こえるが、理解しようとする思考はない。

 視界の左半分が、赤黒く染まり、思考は泥の中に沈んだかのように回らない。

 フラフラと揺れながら立ち上がった魔王、その左目は、瞳以外が赤黒く染まっている。

「……殺してやる」

 誰も何も言葉を発しない、もしくは魔王に聞こえていないだけなのか、そんな静かな空間に、魔王の言葉だけが響く。

 見開かれたその目は、竜王を見据え、竜王だけを見ていた。

「殺してやる、殺して殺して殺して殺してやる、殺して――」

 塞がっていなかった、左下腹部の穴からドス黒い闇が、渦が流れ出し、

「ぁあああああぁあぁあああ!」

 左半身を、その闇に包まれながら、魔王は絶叫を上げた。


今回で一応、『竜王戦』というのをテーマに置いたお話は終わりです、次回からはテーマ的には別のお話に。

終わってないじゃないかって? 申し訳ありません、ひとえに私の高性能力の低さ故です、ホントに申し訳ないです。


誤字脱字、矛盾点等ありましたらご指摘お願いいたします。

感想等も随時お待ちしております。

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