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竜王戦・中編

 竜王の咆哮と共に、一度魔王達五人は動きを止め、竜王の様子を伺う。

 なぜなら魔王達は竜王と争う気は無いし、殺す気などは全く無いからだ。

 攻撃したのも竜王自身が力を示せと攻撃してきたから、自衛という意味も大きい。

 ならば、自らの腕を大きく傷付けるという力を示した今、竜王の攻撃が止まるかもしれないという、期待を込めつつ五人は様子を伺う。

 しかし、それら期待は次の瞬間、竜王が発した声と気配、それによってかき消される。

『グ、ックククハハハハ!』

 高らかな笑い声と共に、竜王の右腕から流れていた血が止まり、大きく裂けていた腕を、まるでそれ自体が紐の様に、血の筋が巻き付き、縛り上げる。

『リジェネレイト』

 竜王の言葉、小さな光と共に、血の筋は消え、裂けていたはずの竜王の右腕は、まるで何事も無かったかの様に傷一つ無い状態に戻っていた。

「高速修復……!」

 竜王という名、そしてメイドの言ったエルダードラゴンという名前、そして自ら名乗り上げた創世を知る者。

 その肩書きを考えれば、予想していなかった訳ではない、むしろ生物として最強という位置にいるとされるドラゴン、その上位者であるのならば当たり前とも言える。

 その治ったばかりの腕を、ひび割れた胸部甲殻をなでるように動かす竜王。

 その下から現れたのは、傷一つ無い黒い甲殻だった。

「まるで、効いてない……?」

 リズが絞り出す様な声を上げる。

「いえ、そんなハズは、しかしこれは……」

 メイドが滅多に見せる事はない、苦しそうな表情を作る。

 予想していなかった訳ではない、しかし、あまりにも呆気ない。

 竜王の黒翼が広がり、周囲に影を落とす。

『久しく受けていなかった、心地よい痛みであった。小虫呼ばわりした非礼は素直に詫びよう、魔王とその臣下達よ』

 そこにあるのは紛れもない喜びの色と、余裕の空気。

「マゾですかね、ッチ……」 

『クク、そうではない、だがしかし、そうだな、楽しんでいるという点では、な』

 カルの悪態に、しかし、竜王は意に介した様子もなく笑う。

『では、ここからは少し本気で行こうか』

「な」

 五人がその言葉に反応するより早く、竜王がはばたき、宙に舞う。

『――――』

 地上にいる五人、手が向けられ、今までとは違う、低い音ではなくまるで金属を擦り合わせるような高い不快な音が頭の中に響く。

「っつ!?」

 瞬時に、全員の身体に、へばりつく様な重さ、押しつぶさんばかりの重圧がのしかかる。

 瞬間的に魔王は理解する、今のは人の理解できる言語ではない言葉での呪文だと。

 魔王は最初、全員にあらゆる攻撃、状態異常に対応できる障壁呪文をかけていた。

 それを素通り、或いはその障壁で遮って尚この重圧を竜王はかけてきているのだ。

「こんなの……」

 ともすれば地面に押し広げられそうな重圧に、膝を付き、腕で何とか上体を支えながら、リズが悲痛な声を上げる。

『ンン? この程度で動けんか?』

「馬鹿にして……」

 伺うようなからかうような、そんな竜王の語気に触れて、トウカが憤慨の声を上げるが、身体は一向に自由にならない。

 感じる重圧、解呪しようと触れて流れ込んでくる術式に、まるで今までと違う魔力の質を魔王は感じる。

 その為思ったように解呪が進まない、周りの者どころか魔王自信の状態を立て直すのだけで精一杯だ。

「竜言語による魔法は、我々が知るモノとは全く質が異なります」

 魔王よりも早く、カルやリズ、トウカが四つん這いで地に伏している状態の中、メイドが膝立ちの姿勢で言葉を発する。

『貴様は以前に当てられていたからな、それに魔王も、対応できぬ程ではなかろう?』

 竜王は余裕の表情で、顎を爪で掻く仕草をする。

 明らかに、こちらの動きを待っている。

「当たり前、だ!」

 目に見えぬ何かを振り払うように、魔王は力強く立ち上がる。

 竜王の目が五人を見据える。

 三人は未だ地に伏し、メイドは何とか身体を起こしている状態であり、まともに立っているのは魔王だけだ。

 その状態を見てなお、竜王はその表情の分かりづらい顔、その口の端を大きく釣り上げ歓喜の色を浮かべる。

『よくぞ立った、それでこそ魔の王よ! さぁ、楽しませて見せろ!』

 言葉と共に、羽ばたいた翼の端々から無数の稲妻が走り、五人に降り注ぐ。

 ……間に合わん……!

 障壁の構成が間に合わない、目を閉じた魔王の耳に、凛としたメイドの声が響く。

「させません」

 同時に、響く幾つもの破砕音と光。

 魔王が目を開けると、目の前には自分たちを覆うようなドーム状の氷の壁があり、それには無数の亀裂や穴があいていた。

「構成は違えど物理的現象なら、同じように物質をぶつけて打ち消せば良いだけです、魔王様」

『気丈だな』

「お褒め頂けるとは、驚きです」

 短く言葉を交わす二人、メイドの顔には余裕は無い。

 そして竜王は両の手の中に火の玉を作り上げる。

 それは竜王にとっては手の平程のサイズだが、人の身からすれば充分に巨大なサイズだ。

「魔王様!」

 メイドの言葉に、呆然としていた魔王は我に返り、振り返る。

「ここは私が防ぎます、ですから、魔王様は――」

 言葉より早く、放たれた火炎弾が飛来する。

 が、それをメイドの作り出した巨大な氷柱が突き刺し、打ち消し、同時に砕ける。

 砕け、飛び散る炎と氷の破片の中、一度、魔王は四人を見、そして地面を蹴り空へ飛んだ。

 メイドの言葉の続きを実行する為に、メイドの主でいる為に。

 竜王の眼前へ、身体を回転させ、抵抗を減らし加速し、そして圧縮した空気の塊を、その顔面に叩きつける。

『ヌゥウ!?』

 派手な破裂音を響かせ、大気が揺れる。

 目に見えた外傷はない、だが確かに首をグラリと揺らしながら竜王は空中で姿勢を崩す。

 その眼前で、魔王は一度身体をゆっくりと回転させ、空中での姿勢を安定させる。

 流麗さを感じさせる動きで、服を、髪をなびかせながら、先ほどまでとは違う、毅然とした表情と声で叫ぶ。

「私の力のある限り、下の者達に貴様の力は届かせぬ! 貴様の望む力を見せてやろう! 魔を名乗り、王を名乗るべき者の力を!」

 力強く、凛とした声を響かせながら、手の中に先ほど竜王が放ったものよりも、更に大きい火炎弾を創り出す。

 間髪入れず、それを竜王に叩きつける。

 しかし、伸ばされた竜王の手が、鱗と甲殻に覆われた手がソレを握りつぶし、四散させる。

『王が臣を守るために立つか!』

 ズルリと、煙の中から這い出すように首を、口の端を歪めた顔を覗かせる。

 その声は歓喜に満ちている。

「その程度が出来ずに、王等と名乗れるものか!」

 そのまま伸ばされてきた腕、爪を巨大な氷の壁で弾くと同時に、それを叩きつけ、瞬時に火炎弾を数発叩き込む。

 その瞬間、瞬間的に溶けた氷が竜王の肩付近で爆発した。

 

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