竜王戦・前編
耳をつんざき、地を震わす咆哮に五人は身を震わせる。
『前座だ』
低い声と共に、竜王の口から火花が二度三度、ちらつくと、次の瞬間業火が吐き出される。
ブレス。ドラゴンが使う攻撃の中で誰もが知っているであろう、最も一般的な攻撃の一つだ。
「! 全員近くに!」
声と共に魔王は前方、全員を覆うように大きな障壁を展開する。
「手伝います」
それと同時に、メイドが魔王の横に立ち手を上げる。
「アイスウォール」
魔王の作り出した、薄く光を放つ障壁の前に、氷の壁が高く高く作り出される。
刹那、竜王のブレスがまるで炎の波の様にメイドの作り出した氷の壁に突き当たる。
一部は氷の壁を破壊し、その先の魔王の障壁にぶつかり霧散し、他の場所では氷の壁によって阻まれ霧散する。
ブレスは何とか防げたらしい、しかし、
『防ぐだけか?』
消えゆく炎の中から、黒く光る腕と顔が現れ、その腕が振り下ろされる。
炎と氷、そして障壁を砕き、ガラスの破片の様にまき散らしながら振り下ろされるその腕を、ギリギリのところで五人は回避する。
その黒い腕、木の幹程もある太さのそれに、回避と同時にカルが飛び移る。
『ぬ?』
その姿に竜王は視線だけを送る。
「竜王とやらの魔力、いただきますよ」
そう言って魔力を吸い取ろうとした瞬間、ドロりとした感触と共にカルの背筋が冷える。
「くっ……!」
竜王が煩わしそうに腕を振るうのと同時、カルはその場から飛び降りる。
『マナイーターにソウルイーター、人間にしては随分変わった血をしている』
竜王が値踏みするような視線をカルに向ける。
『だが、我から喰おうなどとは浅はかな事よ、あらゆるモノを喰らうのは竜の力』
「聞いてもいない事をベラベラと……」
忌々しいというような表情を隠しもせずカルは悪態を付く。初めて見る表情。
「魔王様」
メイドの声にハッとすると、魔王は左右に手を広げる。
「全員、別々に障壁を付ける、だが完全では無い、無理はするな!」
「了解しました」
魔王含む五人、離れていたカルにも、包むような小さく屈折した光を放つ膜が覆う。
それと同時にメイドが飛ぶ。
「カル、魔力なら私から好きなだけ奪え!」
「……どうなっても知りませんよ」
遠慮の無い視線に魔王は頷くと、魔王に近づき手を取る。
「!?」
その瞬間、魔王の身体がズシリと一際重くなった感覚を覚える。
一気に体内の魔力を全て奪われた為、身体の方に負担が来たのだ。
しかし直ぐに自分の中から湧いて出た魔力によって補助され、その感覚はなくなる。
……これほどとは。
今カルは魔王一人分の魔力丸々を持っている。
硬質な音が聞こえてくる。
見ればメイドの手の中には氷のハルバードが握られ、それを何度も竜王の顔にめがけ打ち込んでいる。
しかしそれは全て竜王の手によって阻まれている。
そして返す形でその爪が何度もメイドに振り下ろされている。
それを器用に、地上から生やした氷の柱、そこから幾重にも張り出された枝を足場にし、メイドは空中で回避している。
魔王の横から飛んだカルは、二度三度の跳躍でそこに混じり、メイドと一緒になって竜王に攻撃を繰り出す。
竜王の使う腕が一本から二本へと変わる。
「ま、魔王様あの」
背後からリズに――その後ろにはトウカの姿がある――声をかけられ、振り向く。
正直に言ってしまえばこの場でリズは戦力外だ、トウカは――まだ底を見ていない。
「リズは下がってい――」
「魔王様! 聞いてください!」
強い口調に阻まれる。
その表情は必死を通り越して悲痛さすら感じる。
「役にたたないのはわかっています、私だけでは囮にもならない事も、だから力をお貸しください!」
「……力?」
「はい、私ではあのお二人のような近接戦闘は出来ません、なら弓で援護したいのです」
「しかしただの矢では……」
とてもではないがあの竜王に通じるとは思えない。
「だからです魔王様。私の矢に魔王様の魔力を付与して頂ければ!」
背負った矢筒を魔王の前に差し出す。
……そういう事か。
「分かった」
魔王はそれを受け取ると、魔力を送り込む。
一つ一つに強力な貫通力と、速度、爆発力を付与して。
「これでいい、ただし、かなり反動があるぞ、それに、使えば必ず目をつけられる」
「構いません」
……目を付けられたならこちらがフォローすればいいか。
魔王は頷く。
「魔王」
呼んだのはトウカだ。
「私はあの二人みたいに曲芸みたいな動きは出来ない」
「ではどうする?」
「……けど、竜王の防御であっても切り裂く自信はある」
手の中の長剣をグッと握り締め、しっかりとした視線を向けてくる。
魔王が渡した、魔王鋼で作られた、簡素ではなくしっかりと作り上げた長剣。
「なら、お前がやる事は決まっているな」
「ええ」
「私達四人が囮だ、好機を見逃すなよ」
「分かった」
トウカもまた、しっかりとした表情で頷いた。
●
「なぜ、このような無駄な事を、なさるのです」
竜王の爪をかわし、時には受け流しながら、そんな事をメイドは問いかける。
『無駄?』
カルの魔力強化されたナイフを手の甲で受け、弾き飛ばしながら竜王はメイドの言葉に疑問符を浮かべる。
「貴方程の方ならば、見るだけで相手の力量など、直ぐに測れるでしょう」
話しながら、しかしメイドは一切油断せず、むしろ追撃するために目を開き、魔眼を発動する。
カルを弾き飛ばした竜王の右腕が凍りつき、一瞬動きを止める。
そこに、弾き飛ばされしかし、氷柱で跳ね返ってきたカルのナイフが、ウロコの隙間、関節部を狙って突き刺さる。
『ク、ハハッ』
竜王の腕に走る小さな痛み。
腕に力を込めることで瞬時に氷を砕くと、そのまま腕を振りカルを振り落とす。
「チッ!」
四つん這いになるように腕まで使った着地で何とか衝撃を殺しながら、カルは舌打ちをする。
見上げる竜王の目、そこには明らかに絶対の余裕が見て取れる。
そこに、メイドが氷のハルバードを叩きつける。
が、それは左腕によって阻まれる。
『力量などの問題ではない――』
何かを言いかける途中、がら空きになった竜王の胸部に、突然、高速で光の矢が突き刺さり爆発する。
『ぬぅ!?』
竜王の顔に余裕以外の色が初めて浮かぶ。
メイドもカルも、何者かと思い攻撃の元を見る。
そこには片膝を付き、光る矢を弓につがえ、弦を引き絞るリズの姿があった。
「お二人共、止まらずこのまま!」
「!」
リズの声に、一瞬止まっていた二人は同時に飛び、竜王に襲いかかる。
『!』
それを両腕で受け止める竜王、その隙を逃さずリズの矢が肩を、腹を、翼を撃ち抜く。
致命的な一撃にはなっていない、しかし確かにウロコは割れ、ダメージは通っているように見える。
『煩わしい! がそれこそが――』
声を上げ、しかしそこに含まれている色は誰が聞いても分かるであろう、嬉色。
『ならこれはどうだ、フレイムレイン』
竜王の言葉と同時、その頭上から出現した火炎弾が雨の様に三人に降り注ぐ。
いくつかが当たる直前、不可視の防壁に阻まれ弾ける。
カルとメイドは回避行動を取るが、雨の様に無数に降り注ぐそれを完全に回避するのは不可能に近い、しかもその中を竜王が追撃してくる。
『いつまで耐えれる?』
火炎弾に氷柱を破壊され、挙動を狭められたメイドに向かって、竜王の腕が一直線に振り抜かれる。
捕まった。
メイドが防御の姿勢を取る。
が、竜王の爪はメイドの目前で止まる。
同時に竜王の唱えたフレイムレインも止まっていた。
「私を忘れて遊びすぎではないか、竜王」
竜王の眼前に、フワリと魔王が浮かび上がる。
「貴様の魔法は消させてもらった」
『き、さま』
「そして貴様の身体は掌握済みだ、クラウンマリオネット」
魔王の言葉と共に、じわじわと、メイドに向いていた竜王の腕が下がっていく。
『小賢しい、真似を』
今竜王の身体は魔王に言葉通り掌握されつつあった。
カルに貸与えた魔力、それがカルが竜王にナイフを突き立てた瞬間、そこから侵入し神経毒の様にジワジワと竜王の全身に回り、その動きを支配しようとしていたのだ。
それでも竜王の身体を完全に乗っ取る事はできていない、ギリギリ制限できているだけと言っていい。
気を抜けばすぐに拘束は解かれるだろう。
「流石、と言うべきか」
魔王の額から、一滴の汗が落ちる。
「カル様」
「了解」
一言、それで示し合わせたかのように、二人は動かなくなった竜王の胸部――先ほどリズの矢を受けた――にハルバードの一撃を、強化したナイフによる連撃と蹴り、それぞれを叩き込む。
『ぬぅゥうう』
「リズ!」
離れる行為と攻撃を同時にする蹴りを放つと、メイドが叫ぶ。
そこに、刹那、光り輝く魔法の矢が打ち込まれ、爆ぜる。
二度三度、繰り返し叩き込まれる攻撃。
『ぐ、おぉ』
苦悶の様な声を上げる竜王。
胸部の甲殻には大きく罅が入り、一部は割れ欠けている。
『舐める、なよ!』
一際大きな声、竜王の身体が震え、首をもたげ咆哮する。
それは身体の自由と取り戻した事を意味する。
「ちぃ!」
魔王は咆哮による衝撃波を防ぎながら、地上に下がる。
『逃すか』
しかし、そこに竜王の右腕が伸ばされ、追撃の形を取る。
その瞬間、魔王は小さく笑った。
「トウカ」
魔王の言葉と同時に、突然、今まで誰もいなかった魔王の横から、剣を横に構えたトウカが現れる。
『迷彩魔法だと、そんなものに――』
「気づかないように誘導した」
『チィ!』
しかしだからなんだというのか、竜王は腕を止めない。
そこには自分の攻撃をたった一人の小娘に邪魔されるはずが無い、という自信、当然の驕りがある。
「纏え、『イツノオハバリ』」
しかしトウカの言葉、そして持った長剣に宿った光を見て、竜王の目の色が変わる。
だが勢いの付いた腕は止まらない。
「ぁぁああああああああああああぁあ!」
一息、叫び声と同時に、トウカは竜王の腕に向かって横薙ぎの一撃を放つ。
一撃は果たして、まるで今までのメイド達の攻撃は何だったのかと言わんばかりに、竜王の腕を、伸ばされた手の平から真横一文字に、勢いそのまま肘近くまで、容易く切り裂く。
上下に分かたれた腕の隙間から、落ちないようにトウカの手を取りながら魔王は飛翔し、地面に降りる。
『グ、ガアアァアアアアア!』
次の瞬間、血飛沫を上げる右腕を押さえながら、苦痛の叫び声を竜王が上げた。




