たが為に
「ただのドラゴンでなく、竜王だと……?」
メイドの言葉に魔王が驚愕に目を見開く。
ドラゴン、竜とも呼ばれる種族。
御伽噺に出てくる最強の生物、この世界にもいるとされていたが、実際に目撃された事は希でありその信憑性は薄い、文献にも殆ど残されていなかった。
その伝説とされる竜の中の、王とされる存在が、魔王達の目の前にいた。
その存在感と威圧感は確かに、これまで出会ったあらゆるモノよりも、メイドすら比較にならない程に尋常ではない。
「わ、私は魔王だ、竜の王が、なんの用だ?」
メイドとは違う、威圧感の中にある確かな殺気――何かあれば躊躇なくこちらを殺すつもりでいる気配――に震えながら、何とかそれを察されまいと魔王は強気で言い放つ。
『用だと?』
低く、地を震わすような声が頭の中に響く。
『ここは我が統治する国だ、我がどこにいようと貴様らに関係はあるまい』
「統治だと……」
国、絶界、この隔絶された地に国があるというのか。
魔王は周囲を見渡すが、辺りは空から降る雪に覆われた荒涼とした風景が広がっている。
「魔王様、お気を付け下さい……」
メイドが声を潜めながら言ってくる。
「彼は非常に気位が高いので、あまり無礼な事を言うと……」
『聞こえているぞ、小虫共』
竜王の嘲笑に、魔王は顔を引き締める。
「私は魔王だ、舐められる訳にはいかぬ」
魔王は改めて竜王に向き直る。
『フンッ』
鼻で笑う声と共に、太くしなやかな尾が空を叩く。
それだけで大気が震え、その振動が魔王達にも伝わる。
『誇りを持つことは良い事だが、己と相手の力量を測ってモノを言えぬのは愚かな事だ。氷の娘よ、貴様はこの娘に礼儀作法を教えなかったのか?』
「なに」
竜王の言葉にイラついた魔王が食いつこうとする。
それをメイドの手が静止する。
「魔王様抑えてください、相手は最古の竜、エルダードラゴンです、幾ら魔王様でも相手が悪すぎます」
「エルダードラゴン?」
メイドが魔王の知らない言葉をスラスラと口にする。
先ほどから竜王の言葉といい、メイドと竜王はどうやら面識があるらしい。
「ご無礼をお許し下さい竜王陛下、魔王様はなにぶん世間を知らぬ故。無礼かもしれませぬが、それは我ら家臣を守らんとするがためなのです」
一歩前に出たメイドが、言葉を発しながら膝を付き頭を下げる。
あのメイドが、魔王の事で頭を下げている。
およそ今までの経験からは信じられない光景だ。
『その為に今度は貴様が頭を下げるという事か』
「……魔王様の為ならば私は全てを捧げましょう」
「メイド!」
「わ、私だって!」
蒼白な顔で弓を手にしたリズが、微かに震えながら魔王の横に立つ。
「……あなたに何か有ると、私が困るの」
剣を構えるトウカ。
「私……は特に理由とかないんですが」
「こういう時でもお前は変わらんな……」
肩をすくめるカルに、魔王は呆れ笑いながら言う。
その様子を竜王はただ黙って見ている。
『……それなりの信頼は、得られている様だな』
「一人でいる貴殿とは違うのでな、私は」
『フン……』
今の言葉で多少は意趣返しにはなっただろうか、そんな事を考えながら。
僅かな静寂の後、
『して、何故に此処に戻った、今代の魔王よ』
重苦しい空気の中にあった殺気が消え、重い声が響く。
「私は……命を狙われている、国家に。
身を守るために、仲間を守るために、自分を知るため、故郷のこの地へ来たのだ」
『魔王が、たかが国家に命を狙われた程度で逃げ出したのか?』
呆れとも嘲笑とも取れる空気を含んだ言葉を投げかけられる。
「相手の底もしれない状態で無理はするべきではありません、勇敢さと蛮勇は違うのですから」
フォローするようにメイドが口を挟む。
『言う事は一々正論のような事を、相変わらず小賢しい娘だ』
「先ほどから、二人は知り合いなのか……?」
魔王がメイドに尋ねる。
「知り合いと言いますか、魔王様をこの地で拾った時に一度……」
言いづらそうに渋い顔をしながらメイドが言う。
自分に遠慮しているのだろうか、それとも別の理由があるのか、メイドにしては珍しいと魔王は内心思う。
『貴様はどうやら、覚えておらぬ様だからな』
魔王に向けて放たれた言葉、竜王の愉快そうな声が響く。
『まぁよい』
低い声と同時に、地響きが起こる。
竜王が飛ぶのを止め、地面に降り立ったのだ。
人のように二本の足で立ち、組んでいた腕を広げる。
『己を知りたいという娘よ、それに助力する者達よ』
その口から何度も火花が散っている。
『知識を求めるならば力を示すがいい』
「力?」
「実力勝負ってことですかね」
竜王の言葉にカルがナイフを持ち出し構える。
『我は竜王、創世の時より此の地に有る者、全ての過去を知る者だ』
過去、それは自分のモノもだろうか、魔王は一瞬考える。
『貴様達虫の如き者が、相応しい力を持つ者であれば、我がその知識を貸与えてやろう』
そう言うと、竜王は翼を広げ、地を震わす声を上げた。
それが、開戦の合図だった。




