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新たな場所へ

「……世界征服……正気なのか?」

「さぁ、ただまぁ、実際その気があるから行動に起こしているのでは?」

「ぬぅ……」

 カルの言葉に魔王はこめかみをおさえる。

「それでは、初めてお会いした時におっしゃっていた、『世界征服をする気はないか』という質問は」

「そのままですよ、もしそう言う気を起こすような方々であれば、互いに争いあわせれば良いかと考えていたのですが。実際お会いしてみればこれがまぁ」

 言いながらカルが笑い声をあげる。

「随分と甘い方で、すぐにそんな事を考えるような方ではないと分かりましたがね」

「甘くて悪かったな」

 カルの言葉に魔王はフンと鼻を鳴らす。

「いや、ホントに信じられないほど甘いですよ、敵だった勇者をあっさり信じて仲間に引き入れたり、豪胆を通り越してアホなのかと思ってしまいました」

「……カル様」

「失礼、口が過ぎましたかね」

 言葉とは裏腹に、表情は全く悪びれていないが。

「しかし、世界征服する者が敵、と言うのは、真意はなんなのですか」

「真意……そうですねぇ、なんですかね。八つ当たりの復讐。もしくは普通に私も今の平和な世界が好きだという事でしょうかね」

「復讐?」

 カルの言葉を復唱する魔王。

 しかし、そこで唐突に、部屋の扉がノックされる。

「誰だ」

 魔王が声をかける。

 部屋には全員揃っている、食事の手配をした時までにはまだ時間がある。

 ここに魔王達がいる事を知る者は少ない。

「突然で失礼いたします魔王様、カミオでございます」

 しかして、扉の向こうから聞こえてきた声は、メルウスの代表管理者、カミオの声だった。

 メイドがゆっくりと扉を開けながら、カミオの姿を確認すると中に招き入れる。

「連絡もなく突然押しかけて申し訳ございません」

 メイドに促された椅子に腰掛けると、開口一番にカミオは魔王に向かって頭を下げた。

「いや、気にするな。それよりも一人で来たのか?」

「まさか、一応護衛は連れてきております、今は外の扉の前で見張りをさせております」

「そうか」

 ……まぁ当然か。

 しかし、

「突然来たからには、何か問題があったのだろう?」

 魔王は足を組みながら、カミオを見据える。

「ええ、非常に面倒な事になりまして」

 カミオもテーブルに肘を付き、口元を隠すように手を組むと、

「先ほど、聖王都より密使が来ました」

 その言葉に、室内の全員の動きが止まった。







 ……予想以上に動きが早いな。

 魔王は心の中で悪態をつく。

「随分と早い……と言うよりは早すぎるな、襲撃からまだ二日、聖王都からでは普通に移動してきては無理だろう?」

「まさか」

 メイドが苦虫を潰したような表情をする。

「お考えのとおり、密使は空間魔法を使って来たようで、唐突に現れたかと思えば、言いたい事だけを述べて、見せつけるように空間の渦の中に消えていきまして」

「条約などハナから無視する気か……」

 ……しかも密使程度が使える程まで浸透しているとは。

 見過ごすには行き過ぎた所まで行ってしまっている。

「それで、面倒な事とは、何を言われたのですか?」

 メイドの言葉にカミオは一度溜息をつくと、口を開く。

「『魔王を無条件で差し出すか、我が国と戦争状態になるか、どちらかを二日以内に決めよ』との事です、恐らく二日後に再度こちらに訪れて返答を聞くつもりなのでしょう」

「……なん、という」

 メイドが頭を抱えて言葉を失っている。

「ど、どうするおつもりなんですか?」

「どうもしませんよ」

 蒼白な顔で尋ねるリズの言葉に、カミオは特に何も感じていないように淡々と言う。

「我々は彼らの要求を呑みます、このまま魔王様達が何もなされないのであれば、我々は貴方がたを拘束し彼らに引き渡すことになるでしょう」

「カミオ様……」

 メイドの低い声、室内の空気が凍りついたように張り詰める。

 しかしそんな雰囲気の中、カミオは小さく笑い手を上げる。

「何をそんなに以外な事がありますかメイド様、お忘れですかな?」

「……」

「私が前魔王陛下より契約として最後に命じられたのは二つ。

 一つはこの都市を五百年、守り続けること。そしてもう一つは今の平和を維持する事」

 手を上げ指折り二つ数え上げる。

「前魔王陛下が亡くなられて、契約を放棄して自由気ままに動く者も多い中、私はかなり忠実に従っている方だと思いますが……それに、今の魔王陛下をお守りするのは貴女の役目なのではないのですかな?」

 ニッと笑いながら足を組み、カミオはメイドを見る。

「……耳の痛いお話で……それで、カミオ様、『何もしなければ』という含みがありましたが、何かあるのですね?」

「さて? 魔王様達が抵抗して暴れるなどですかな?」

「……無駄な問答はやめてスマートに行きましょう、お話のとおりなら実際に我々に残された時間は一日しかない」

 メイドの言うとおり、今日密使が来たと言う話だが、既に日は落ちかけている。

 二日後、明後日に再度訪れるというのなら実際に動けるのはこれからの夜間と明日しかない。

「ふむ、ではこれは私個人の提案ですが、魔王様には地下にある転移装置から、一度ある場所へと行っていただきたい」

「ある場所?」

「絶界と呼ばれる所です」

「……!」

 メイドが息を飲み魔王を見る。

「絶界?」

 トウカが初耳だと首をかしげる。

「西にあるこの大陸を魔大陸、そして中央にある大陸を中央大陸と呼ぶのはご存知で?」

 カミオが丁寧に説明を始める。

「一応、召喚された時に簡単には」

「そうですか、では中央大陸より東にも小さな国がいくつかありますがそれは省略します。絶界とは北極にある、外界からの干渉を隔絶した大陸の事になります」

「話程度には聞いた事はありましたが、本当にあるのですか?」

 リズもトウカと同様に疑問符を浮かべる。

「実在しますよ、激しい海流と嵐――話によればそれ自体が結界の魔法の効果では、と言われていますが、それによって外界から完全に切り離されていますが、実在します」

「何があるかはわかっているんですか?」

 リズの言葉にカミオは答えない。

「なぜそんなところに?」

「……私の故郷だから、だろう」

 トウカに答えたのは魔王だった。







「厳密に言えば私は前魔王の直接の子供という訳ではない、魔王は子供を残せないようになっているからな」

 転移装置がある地下へ向かう石造りの階段――何度か補修されている様だが、それでも目に見えて古い建造物なことが伺える――をカミオに先導され降りながら、魔王は背後のカル、リズ、トウカの三人に語る。

 隣のメイドは何も言わない。

 あれから全員が自分の装備を持ち、持てるだけの荷物を持った後、カミオに連れられてここに来ていた。

「ではどうやって魔王様は魔王に?」

「さぁな、魔王は子供を残せない、そして時が来れば時代の魔王となるものに出会うようになっている、そういう摂理なのだそうだ。そうして私はかつて絶界で前魔王とメイドに拾われたらしい、最も私自身にその時の記憶は無いが」

 魔王の摂理も、自分の話も、全てメイドから聞いた話だ。

 記憶が全く無いと言えば語弊があるが、有るかと言えばそうだとも言いづらい、魔王の中にあるのは記憶とも分からないぼやけた風景だけだ。

「じゃあ魔王様にも絶界に何があるかはわからないんですか」

「わからん、文献も何もないからな」

 チラリとメイドを見る、薄暗い通路がその表情を隠し、伺い知ることは出来ない。

 深い沈黙が落ち、全員の足音だけが響く。

 やがて。

「つきました、ここです」

 そう言ったカミオのあと、四方六メートル程度の正方形の部屋に出る。

 その中央床に、幾何学的な魔法陣に囲まれた光の柱が立っていた。

 それ以外には何もない。

「これがその、転移装置か?」

 魔王は光る柱を見ながら呟く。

 緑色の光の柱は幅一メートルくらいだろうか、ぼんやりとした光で室内を照らしている。

「不用意に触れてはいけませんよ、既に起動していますから、飛ばされてしまいます」

 恐る恐る手を伸ばしていたリズが慌てて手を引っ込める。

「魔力の流れはほんのわずかにしか……どういう仕組みになっているのだ……?」

 魔王は光を見ながら首をかしげる。

「色々な疑問があるでしょうが、それはこの先、向かったそこで尋ねると良いでしょう」

「……お前は何か知っているのか?」

 カミオは黙って肩をすくめる。

「さぁ準備が出来た方からその光の中に入るといいでしょう、そうすれば一瞬で『向こう』に飛べます」

「お前はなんだ……? なぜこんな事をする?」

 普段とは違う口調、真剣な表情でカルがカミオに尋ねる。

「私は前魔王陛下の忠臣、そしてただの悪魔、それ以外の何者でもございませんよ」

 そう言って、カミオの肩に止まった鳥が、まるで人するように、翼を胸の部分に当て頭を垂れる。

「この後我々は魔王様を聖王国に差し出す形で動きます、と言っても降伏という形ではなくあくまで交渉として行いますが。

 魔王様がもし戻られる事があれば、その頃には賞金首のような形で指名手配がされているかもしれませんね」

 鳥は流暢な言葉で話す。

「それで大丈夫なのか……?」

「その為の交渉、その為の私ですから、それに暫くはあの偽魔王である彼に頑張ってもらう手筈になっていますので」

「偽魔王……ヘルヴェルトが?」

 完全に忘れていた存在の名前に魔王は驚く。

「えぇ、元々彼も貴方、魔王様の力になる為にあぁいった事をしていたらしいので、話をすれば二つ返事で了承していただけましたよ、同行出来ない事は悔やんでいたようですが」

「そうだったのか……」

 顔も知らぬ、自分を騙っていた偽物に、魔王は心の中で感謝する。

「私達が出来る事はこれくらいでしょう、後は魔王様ご自身で、道を切り開いてください」

「勿論、そのつもりだ」

 魔王はしっかりと頷く。

「ほかの方も、魔王様の事をお願いしますよ」

 リズ、トウカが頷く。

「……胡散臭いんだか、よくわからない人ですね、貴方は」

 カルの言葉に、おかしそうにカミオ、その人と鳥は一緒にクツクツと笑う。

「悪魔ですからな」

「……はっ」

 その返答にカルは軽く鼻で笑う。

「でもなんていうか、いざ入ろうと思うと思い切りが要りますね……」

「うん……」

 光の前でリズとトウカが立ちすくむ。

「ならば一緒に行くか」

「え」

「うゎっ」

 二人の首に腕を回して、笑顔で二人を引っ張りながら、魔王が光の柱に飛び込む。

「魔王様!」

 メイドが手を伸ばすより早く、光に包まれた三人は霧散しそこから消えてなくなる。

「先、行きますよ」

 そう言ってカルも光の柱の中に消える。

 残されたのは、カミオとメイドの二人。

「カミオ、なぜ……」

 メイドは普段とは違う、消えそうな声でカミオに問いかける。

「彼女は知らなければならないからだ、その必要もある、彼女が魔王である限り」

「……」

「君も行きたまえ、君は彼女を導かなければならない、その責務があるはずだろう」

 メイドは一瞬の逡巡の後、何も言わずに光の柱の中に飛び込んだ。







「うわっ」

「っとと」

 突然開けた視界、真っ白の世界から一瞬で色のある景色に戻り、魔王とリズ、トウカの三人は思わずたたらを踏む。

「ここ、が、絶界……?」

 トウカの言葉、魔王は周囲を見回す。

 灰色の雲に覆われた空、そして荒れ果てた荒野。

 足元には何かの残骸のような石がいくつも転がっている。

 その中に、先ほど見た転移装置の魔法陣と似通った模様と円を見つける。

 ……期待はしていなかったが、やはり一方通行か。

 恐らく元はここに同じような転移装置があったのだろう、これはそれの残骸だ。

「戻れはしないみたいね」

 腰に下げた剣を確認しながらトウカが魔王に声をかける。

「そのようだな、それよりも残りの二人は――」

 魔王の言葉より早く、カルがその場に現れ、次いでメイドも出現する。

「転移というのは初経験ですが、なんとも不思議な感じですね」

「私も初めてだったが、一瞬過ぎてなんとも、な」

「魔王様はもう少し慎重に動かれてください」

「そうですよ! ビックリしたんですから!」

 メイドの言葉に同意しながらリズが怒ったような困ったような表情をする。

「いやすまんな、どうにも渋っていたのでつい――」

 その時、五人をなぎ倒すような突風が襲う。

 そして、

『ほぅ』

 地を震わせるような低い音、声が五人の頭に響く。

 魔王は咄嗟に全員をカバーする障壁を展開し、トウカは剣を、リズは弓を、メイドとカルは声の気配その方向へ向き直る。

 突風の過ぎ去った方、その上空。

「な……」

「ちょっと、本気……?」

 二人の息を呑む声を無視して、魔王はそれを凝視していた。

 魔王も初めて見るもの、伝承でのみ語られる存在。

『異様な魔力の流れと、存在を感じて来てみたが、成程』

 黒く強大な体躯は、優雅にさえ見えるはばたきを見せる翼を含めれば、優に二十メートルは超えるだろうか。

 全身は鋭く艶やかな黒いウロコに覆われ、頭には大きな三つの角を生やしている。

 魔王達を見下ろしていたのは、巨大な黒竜だった。

「ドラゴン……実在したのか」

『ただのドラゴン風情と同列に扱われるのは不愉快極まりないな』

 人のように、空に直立するような姿勢で腕を組み、翼だけで浮く黒竜の喉がなる。

 先ほどからの低い声の主はこの黒竜のようだ。

 声、だがそれは黒竜の口から発された音では無い。現に黒竜の口は動いてない。

 ……念話か、それに近い何かか。

「……竜王」

 メイドが小さく言葉にする。

『忘れてはいなかったか氷の娘よ、そして久しいな、魔を継ぎし娘よ』

 竜王と呼ばれた黒竜は、愉快そうに言うと喉を鳴らした。

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