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つかの間の湯

「すごい……」

 裸体の上にタオルを巻き、素肌を隠した状態で浴場に入ったトウカは、感嘆の声をあげる。

 上から下まで、大理石によって真っ白に染まった室内、中央には大きな浴槽があり、その浴槽も、中央が段々の塔のようになっており、一番上の竜の彫刻、その口から大量のお湯が流れ出している。

「ね、凄いですよね、私も最初見た時ビックリしてしまいました」

 隣に立ったリズが笑顔を向ける。

 ここは魔王達が泊まっている来賓用のホテルの浴場だった。

 なので無駄に豪勢な作りをしている。

「王都で風呂には入らなかったのか? 仮にも勇者として扱われていたのだろう?」

「あ、あぁ、それは……」

 同じように、タオルを巻いた魔王、そして後ろから続くメイド。

 その魔王の言葉に言いにくそうにトウカが口ごもる。

「なんだ?」

「いや、実際お風呂には入れたから、多分良い方? なんだろうけど、実際使わせてもらえたのは普通の木風呂だったんだよね」

 少しバツが悪そうな顔でそう言う。

 彼女の言うとおり、富が戦前より平均化された今でも、本当に生活に困窮しているところでは、風呂ではなく水浴び等で済ませている所はある。

 そう言う意味では確かに入れているだけマシなのだが。

「本当に名ばかり勇者扱いだな」

「ハハハ……返す言葉もない」

「そこは怒っていいところだぞ」

 トウカの代わりだと言わんばかりに憤慨したような声をあげる。

「――まぁいい、とりあえず今は今までの疲れと汚れを、ゆっくり洗い流すといい」





「なんか、全面大理石なのに、椅子とかは木製なのね」

「座る場所まで石造りにしたら冷たいだろ」

「まぁ、それもそうか」

 魔王の言葉に納得した様子で、トウカは隣に腰掛ける。

「といいますか、トウカさん、なんていうか、馴染むの早いですね」

 魔王の後ろ、紫の長い髪に湯を馴染ませながら、リズが少し驚いたような表情で言う。

「そ、そうかな……?」

「うん、魔王様にもほら、今さっきもタメ口っていうのかな、だったし」

「それは私がそうしていいと言ったからな」

 首を僅かに後ろに向けながら魔王がリズに言う。

「そ、そうなんですか」

「私も、堅苦しいの苦手だから、すごくありがたい」

 そう言ってトウカも頭からシャワーを浴びる。

「ぷぁ……」

 魔王の髪を洗う手の止まったリズの方を見ると、何だか不服そうな顔をしている。

「どうした?」

「じゃあ私も魔王様と、その、た、タメ口を……」

「あぁ、別に私は構わ――」

「いけません」

 返事を遮るように魔王の隣、トウカとは反対隣に座るメイドが声をあげる。

「でもトウカさんはいいって、それに魔王様も今イイって言おうと――」

「貴方は魔王様の侍女でしょう、トウカ様とは立場が違います。それに魔王様も、甘やかさないで下さい」

 石鹸で泡立てたタオルで身体をこすりながら、視線を向けずにメイドがピシャリと言い伏せる。

「メイド様小姑みたいです……」

「言い得て妙だなリズ、まさに小姑そのもの――」

「魔王様」

「ハイゴメンナサイ」

 低い声と、それに合わせてすぐさま謝る魔王、そしてテキパキと魔王の髪を洗い出すリズ、それを見てトウカは小さく吹き出す。

「? どうした?」

「あ、いやごめん、なんかね、友達って言うか仲間っていうか、仲が良いって、いいなぁって思ってさ」

 苦笑混じりにトウカが言う。

「何をおっしゃっているんですか」

 意外な事にメイドの方から返事が来た。

「もうあなたもその仲間の一人ですよ」

「ぇ……」

 固まるトウカ。

「そうだそうだ、何言ってるのだお前は」

 魔王はシャワーノズルと取るとトウカ顔面にめがけてお湯を噴射する。

「――っぷぁ! ちょっとやめ、って言うか熱い! 地味に熱いから止めて!」

 浴室内にきゃーきゃーと悲鳴がこだました。







「……いやぁ、いい湯ですねぇ……」

 頭の上にタオルを乗せ、湯船の中にゆったりと浸かった状態で、カルは一人ぼんやりと呟く。

「いい湯なんですけど、流石に一人だと寂しさを感じますねぇ……」

 周囲には誰もいない、貸切状態独占状態だ。

 泳いでも潜っても怒る者はいないが、生憎とそんなに童心豊かと言うか、子供っぽい人間ではない。

 ……覗きにいくのとかも……。

 一瞬考えるが直ぐに却下する。

 ……バレたら命の保証がされませんからねぇ。

「ふぅ……」

 何度目かの溜息をつく。

「いい湯過ぎて寝てしまいそうですよ……」







「ふぁああぁあぁ……極楽極楽……」

「魔王様、年寄りですか……」

 浴槽に浸かった魔王の言葉に対して、メイドが突っ込む。

「いや、年寄りはお前だろう?」

「……魔王様?」

「いえなんでもないです」

 言いながら、可愛らしく首をかしげるメイドに、絶対そんなキャラじゃないだろお前、と魔王は内心毒づく。

「いやでも、これは……くはぁ……魔王の言うとおりいい湯だよ……」

 長い髪を魔王動揺頭上に結ってタオルで固定したトウカが、快感の声を上げながら浴槽に浸かる。

「久しぶり過ぎて肌がピリピリするー……はぁ、幸せ過ぎて泣きそう……」

 大仰に鼻をスンスンと言わせるトウカの頭を魔王が撫でる。

「二人揃って年甲斐もない……」

 メイドがグチるがしかし、実際心地よいのだから仕方ない。

 この熱いと丁度いいのギリギリとも言える湯の温度。

 絶妙と言えるこの湯加減は魔性だ。

 実際――

「そんな事ひっれー、メイド様もきもひいいんれひょー?」

 浴槽に浸かったリズは伸びきっている。

 ……というか酔っ払いかお前は。

「ふぁぁ……眠れそうれす……」

 浴槽の縁にもたれかかりダラリとだらしない姿勢で浸かるリズ。

 なぜ彼女がそんな状態になっているか、それは彼女が今日一番疲れていたからだ。

 魔王達三人はトウカとウルレウスの尋問をしていたが、その間、と言うより一日中、リズは戦闘訓練に励んでいた。

 メイド曰く、この都市で最も使える精鋭に、最もハードな訓練をするようにカミオに頼んだらしい。

 実際、魔王達より後に部屋に帰ってきた彼女は、まさしくボロ雑巾と表現するのが適当なような状態だった。

 といった理由で、今この四人の中で最もこの魔性の湯に当てられているのは彼女だった。

「ふへへへ魔王様ぁー……」

 ……マジで酔っ払いだなこいつ。

 風呂に入って酔うとか聞いたことも無いが。

 じゃれるように魔王にしなだれかかってくるリズ。

 メイドは処置なしといった感じで諦めたように溜息を吐いている。

 ……まぁ私の力になろうと頑張っているのだろうし、これくらいはいいか……。

 抱きついてくるリズを受け止める。

「魔王様とかもうまおうさまーかわいすぎですよぉー」

「うぅうむ、そ、そうかな」

 いつもと全く違うリズの勢いにどう扱ったものかと迷う。

 その時、魔王の二の腕に柔らかいモノが押し付けられる。

 ムニムニと、二度三度。

「…………」

 トウカの方に目をやる。

「……?」

 その顔に浮かぶ疑問符。

 今四人は浴槽に浸かっているため、身体にタオルはしていない、いわば全裸だ。

 水面越しに見えるトウカの身体も割と、魔王と似たり寄ったりで、薄い。

「魔王様ぁー」

 ムニムニと押し付けられる心地よい弾力のあるモノ。

「……」

 魔王の視線に、トウカが何かを察する。

「……どうする?」

「……やっちゃっていいんじゃないかな?」

 頬ずりしてくるリズを尻目に、頷き合う二人。

 我関せず風呂を堪能するメイド。



 一拍の後、風呂場にリズの悲鳴が響き渡った。

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