問う者と、問われる者
メルウスの政府機関のある中央。
そこから少し離れた位置にある、都市警備隊の詰めている庁舎。
その地下、地下牢に繋がる階段を魔王とメイドとカル、そしてその前を案内の者が一人、下っていた。
「それで、捕らえた二人の様子はどうなのだ?」
前を進む警備用の軽装鎧と服を纏った男に、魔王は尋ねる。
「はっ、それが、二人とも何も話そうとせず、男の方はこちらの出した水や食事は取るのですが、女の方は一切手をつけておらず、それどころかこちらの行動に一切反応が無く……」
男はどうしたものかと首を振る。
「カミオ様からは?」
カツカツと石段を靴が叩く音を響かせながら、メイドが聞く。
「魔王陛下が来てからは陛下に一任されるようにと。必要があれば手伝うようにとも仰せつかっています」
……丸投げか。
しかし何となく奴らしいと思ってしまう。
まだこの都市に来てカミオと会ったのは数回だが、どことなく腹の底の読めないモノを感じる。
その辺りはカルと似たようなものを感じると魔王は思う。
石階段を折りきり、人三人分位の幅のある通路に出ると、左右に鉄格子製の牢が立ち並んでいた。
「最近はここに入れるような重罪人も出ていなかった為未使用だったのですが」
脇に立つ牢番二人に挨拶をした後、三人は導かれるまま奥へと進む。
確かに言うとおりなのか、牢はどれも人が入っておらず、空の状態だった。
その一番奥、密談防止の為だろうか、向かい合った牢ではなく隣り合った牢に、別々に二人は閉じ込められていた。
手前の部屋、中には木製の簡素なベッドの上に、黒い長髪をだらしなく垂らしたまま横になる、女性の姿があった。
恐らくトウカだろう。
小さな食台の上に置かれた食事は全く手を付けられた様子がない、恐らく水もだろう。
……警備が言っていた通りか。
次いで隣の牢を見る。
作りは隣のトウカが居る牢と同じ、木製のベッドに食台、用をたすための僅かな目張り。
そのベッドの上に、座り、黙って目を瞑る筋骨隆々な男。
魔王は顔自体をじっくり見るのは初めてだったが、この男があの槍を使っていたウルレウスという男らしい。
なんとも武人と言ったような雰囲気を醸し出しているが。
魔王達が来た事にも音で気づいてはいるはずだが、特に何も反応は無く座っている。
「どちらからお話します?」
「そうだな……」
●
牢と変わりない、四方を岩に囲まれた室内、中央には鉄製のテーブルが一つと椅子がいくつか。
そこにウルレウスは座っていた。
その正面には魔王、そして両脇にメイドとカルが居る。
警備も付けずに無警戒過ぎると思われるかもしれないが、そうではなく、ウルレウスの腕と足には、重り兼魔力を奪う枷が付けられている。
なので暴れられたとしても対した心配はいらないのだ。
そもそも自分はともかく脇の二人相手にそんなハンデを付けて暴れて勝てる要素など皆無だと思うが。
「さて、貴様がウルレウスか」
魔王は努めて強気な雰囲気を出しながら言う。
こういうものは舐められてはダメだとメイドに教えられた。
「……貴様のような小娘が魔王だったとはな」
魔王の言葉には答えず、ウルレウスは自虐的な笑みを浮かべながらそう言う。
「ナリは小娘かも知れんが、貴様よりは長く生きているぞ」
「どうだか」
「……呼ばれた理由はわかっているか?」
「……わからん、教えてくれるか魔王さん」
……あぁこれは完全に舐められてるなぁ……。
どうしたものかと魔王が思っていると、
「魔王様、まどろっこしです、変わりましょう」
メイドがとなりからスっと身を乗り出してくる。
「ぅうむ、分かった、しかしあまり無茶な事はするなよ?」
「承服致しかねます」
小声でそう言う魔王の言葉も聞かず、譲られた椅子に座るとメイドはウルレウスの額の髪を掴むと、早々にテーブルに叩きつける。
硬い音と共にウルレウスの小さなうめき声が室内に響く。
ただ、メイドが手を抜いているのがわかっているため、魔王も止めはしない。
……止めても聞かないだろうし。
メイドが本気で叩きつけたら、テーブルはへし曲がるだろうし男の頭も、下手をすれば潰れた果実のような事になるだろう。
「優しくお話でもしに来たとお思いですか? お生憎と私にそのつもりはございません、これは尋問ですので、貴方は聞かれた事だけに答えなさい」
頭から冷水をかけるような冷ややかな声が室内に響く。
カルを盗み見ると、部屋の脇、小さな丸椅子に腰掛け、暇そうにしていた。
魔王の目線に気づいたのか、ニッコリと笑顔を返してくる。
魔王は溜息を吐くと、自分も同じように脇の椅子を手に取り座る。
「く、貴様捕虜にこんな事をしてただで――」
「どうなるというのですか、和平協定を破って襲撃してきた上、禁忌される魔法まで使用していた貴方達に」
ウルレウスは黙る。
「それに、仲間に見捨てられた貴方を、貴方の国が守るとお思いで? 哀れですね、哀れすぎて滑稽にすら見えます」
「なんだと貴様……!」
今にも噛み付きそうなウルレウス表情で顔をあげるウルレウスを再度、メイドがテーブルに擦りつける。
「誰が顔を上げて良いと言いましたかグズ、答えなさい、目的は魔王様だったようですが、その理由と、命じた相手を」
「誰が、貴様らなんぞに」
「……知らないと素直に言ったらどうです」
「……!」
メイドの言葉にウルレウスの言葉が詰まる。
「だってそうでしょう、目的の中心を知るような仲間なら簡単には捨て置かないでしょう。
それにあなた自身、何の警戒も無く食事を取っていた。自白剤や薬でも仕込まれていたらどうするのですか?」
「……」
ウルレウスの頬を汗が流れる。
「まぁあなた自身警戒する程情報を持っていなかった。ただの無警戒だったのかもしれませんが」
どの道大した価値はありませんが。と言ってメイドは髪を掴んでいた手を離す。
「俺を……どうする気だ」
初めて動揺を含んだような声がウルレウスの口から発せられる。
「そうですね――」
髪を掴んでいた手を払い、汚いものでも触ったかのようにチーフで拭いた後、メイドは応える.
「正直私、大変怒っておりまして、それこそハラワタが煮えくり返ると言っても良いほど。
何しろ魔王様に剣を向けただけでなく、あまつさえ傷を負わせるなど、万死に値しますので。
ですから可能なだけ残虐で酷い目に合わせたから、ジワジワと己のやった事を後悔しながら死ぬような目に合わせても良いのですが――」
恐ろしい事をスラスラ言いながら、しかしそこでメイドは魔王を見る。
「どういたしましょう、魔王様?」
……そこで私に振るのか。
先程までと違い、僅かにだが確かに恐怖を含んだ視線が魔王を見る。
「……はぁ、殺しはせん、だがそう易々と出す訳にはいかん、しばらくは大人しくここに幽閉されていろ」
「だそうです、魔王様のお慈悲に感謝する事ですね」
そう言ったメイドの言葉はどこまでも冷淡だった。
●
「お前怖すぎるぞ」
「魔王様が温すぎますので」
メイドの言葉に魔王は額を押さえながら溜息を付く。
「……あのトウカとか言う娘にはそう言う感じにはするなよ」
「あの方は境遇がまるで違いますので、ご安心下さい」
「だといいが……」
「お連れしました」
小さいノックの後、警備の人間に両脇を抱えられ、力なく項垂れたトウカが室内に運び込まれ、椅子に座らされる。
その姿はまるで糸の切れた人形のようだ。
右腕は包帯に巻かれている。
「この者の右腕は治療したのか?」
連れてきた警備の人間に聞くと、しかし渋い表情をする。
「それが、治癒の魔法を使える者を最初の日に連れてきたのですが、どうにも普通の傷ではないらしく治せないとの事で……」
……つまり今は包帯でぐるぐる巻きにしているだけという事か。
「わかった、ありがとう、下がってくれていいぞ」
「はっ、何かありましたらまたお呼び下さい」
そう言ってかしこまりながら警備は出て行く。
その後ろ姿を追う間も、トウカは無反応だ。
「メイド」
「はい」
一声、呼ぶだけで察したかのようにメイドはトウカ横に立つと、その包帯の巻かれた右腕をテーブルの上に動かし、包帯を外す。
「な……に……?」
ボサボサの髪、そこから覗く顔が僅かに反応する。
「お前の腕を治す、話はそれからだ」
包帯の下から現れた腕、肘から細切れになり、しかし一滴の血も出ていない腕。
トウカがその腕から視線を逸らしたのが分かった。
魔王はその腕に魔力を流してみる。
……これは。
「どうですか」
「普通の傷を癒す魔法では確かに無理だ」
魔力の流れも血液の流れも問題がない、むしろ最初からこうだった、というような状態になっている。
傷というモノではないのだ。だから傷を癒す事で治す事は出来ない。
「カル」
「? なんですか」
「この腕を新しく再生させる、その為に今の肘からしたは切除が必要だ」
魔王の言葉にトウカの肩がビクリと震えたのが分かった、しかし魔王は止めない。
「この前一本だけ魔王鋼のナイフを渡していたろう? あれなら容易く切れるはずだ」
「えぇ……まぁ持ってますけど、またそう言う役回りですか。女性にあまり刃物は向けたくないんですが」
「何言ってるんだお前」
「真顔で突っ込むのやめてください」
ため息と共に、コートの中から一本の無骨なナイフを取り出す。
「い、いや……」
トウカが初めて動きらしい動きを見せ、身をよじらせる。
しかしメイドが肩を掴んでそれを固定する。
「できる限り痛みは小さくする、それでも痛むだろうが、必ず治す。だから私を信じろ」
魔王はそう言ってじっとトウカの瞳を真っ直ぐ見つめる。
震えるトウカは答えない。
「やりますよ、メイドさんちゃんと固定しててくださいね」
「ご安心を」
トウカ返事を待たず、その言葉の後、カルがナイフをまるでなんでも無いように軽く振るう。
一瞬の間の後、机に固定されたトウカの右腕、その肘に横の筋が入る。
間髪入れず魔王は左手でトウカ腕に魔力を送り、右手で切り落とされた肘から下をテーブルの下に落とす。
血は流れない、魔王が止血している。
魔王は集中し、魔力の流れを組み上げ、そこに元からあるべき物の形を想像する。
右腕、その形を組み上げるように、魔力のが流れ、光る腕が出来上がる。
「ぅあっ――あぁあ――っ!」
トウカが突然右腕を掴んで悶え出す。
肩をメイドがしっかりと掴んでいるため椅子から転げ落ちる事は無いが、脂汗を流しながらガクガクと震えている。
「なんなんです?」
ナイフを仕舞いながら、光るトウカの腕に魔力を流し続ける魔王にカルがたずねる。
「再生の痛みだ、多少弱くはしてあるが、仕方ない」
「この痛がり方で弱くしてるんですか」
声にならない声、喉から空気の掠れるような音を立てながら悶えるトウカを見ながら言う。
「……ある程度痛みは残しておかねばきちんとした再生が行われないのだ、結合もそうだが、きちんとした形になるためには痛みという正常になる事を知らせるシグナルが不可欠なのだ」
「そういうものですか」
説明が終わると同時に魔王は魔力を送る手を離す。
光に形作られていた腕は散り、その中から肌色をした綺麗な腕が姿を現す。
「――っ、――」
トウカはぐったりと項垂れ肩で息をしている。
「動かせるか?」
魔王は声をかける。
「――え?」
顔を上げたトウカは自分の右腕を見て目を見開き、そしてその手を二度三度、開いたり閉じたりする。
「わたしの、うで」
「大丈夫な様だな」
魔王は一息つく。
メイドがトウカの顔の汗を拭っている。
「わた、わたしのうで」
拭う途中から、それは汗ではなく涙に変わっていた。
●
「落ち着いたか?」
「あ……はい」
ひとしきり泣いたあと、コップ一杯程の水を飲んで落ち着いた様子のトウカに声をかける。
「あ、あの、ありがとう……」
「ん?」
「腕、治してくれて」
トウカ言葉にあぁ、と魔王は生返事をする。
「気にするな、打算とか色々ありきだからな」
「魔王様、正直過ぎます」
魔王の隣に位置を戻したメイドに突っ込まれる。
「信頼のためには必要だろう」
「…………」
その様子を少し驚いたような表情でトウカは見ている。
「…………何が、聞きたいの?」
「単刀直入に申しまして、貴方達の真の目的と、その主幹です」
その言葉に言葉を飲んだあと、トウカは目を泳がせ、俯く。
「い、言え、ない」
「お前をいいように使い捨てた連中だぞ、そこまで義理立てする必要があるのか?」
「……でも、私は」
黙るトウカ。
「言えば、彼らを裏切れば元の世界に戻れない、からと?」
メイドの言葉に、ハッとトウカは顔を上げ、メイドを見る。
「召喚の事か」
トウカは小さく頷くと俯く。
「――逆にお聞きしますが、彼らが本当に貴方を元の世界に返してくれると思っているのですか?」
メイドの鋭い言葉に、トウカ肩が小さく震える。
「おいメイド……」
「アルエラと言いましたか、あの女は貴方が使えないと判断した瞬間切って捨てるような輩です、その仲間が律儀に約束を守るとも思えませんが」
「…………」
「それに、異世界からの召喚と言うのは貴方が思っているほど楽なものではありません」
「……え……?」
トウカが顔をあげる。
「召喚には膨大な魔力や術式の構成が必要不可欠です」
「なんでお前がそんな事知ってるのだ」
「昔少々ありまして」
突っ込みをあしらわれ、魔王は小さくふーんとだけ言って黙る。
「それこそ、並の魔法使いが何人集まったところで無理でしょう。そもそもどうやって貴方を召喚したのかがわかりませんが。
そして、元の世界、時間軸に戻る、という条件までつくのでしょう」
メイドは指折り数える。
「異世界と言うのはそれこそ数えればキリが無いほど存在するらしいので、とてもではありませんが普通の者達には不可能でしょうね。ですから、恐らく貴方をいいように使うための口約束かと」
「そん、な……」
恐らくそれが寄る辺だったのか、愕然とした表情でトウカが呟く。
メイドがなぜそんなに異世界や召喚に関して詳しいのかは謎だが、言っている事は大体があっている。
同じ世界での召還魔法ですら使えるものは限られる、それを異世界から、しかも場所と時間を指定してとなれば、途方もない話だ。
実際彼女が元の世界に還れる可能性は限りなく低い。
「そこでご提案があります」
震えるトウカにメイドが声をかける。
魔王の顔にも疑問が浮かぶ。
「ここにその召還すら容易く行えるほどの無尽蔵な魔力を持ったお方がおられます」
「……おいまて」
メイドに手で差し視されたのを見て魔王は嫌な予感を感じる。
「魔力の問題が解決されれば、後はどのような式で貴方を召喚したのか、それが分かれば元の世界はグッと近づきます」
「……え」
トウカ顔に僅かに希望の色が差す。
「貴方が我々に情報を与え、我々の力になって下さるというのでしたら、魔王様は貴方の送還に力を尽くすことをお約束してくださるでしょう」
……何本人に聞かずに言ってるんだ。
「ですよね?」
「もちろんだとも」
……だから微妙に威圧しないでくれ。
「で、でも私は貴方達に――」
「剣を向けたとしても、騙されていた――いや脅迫か、されていたのであれば、仕方あるまい」
そう言って魔王は両手を広げてヒラヒラさせる。
「後はお前が私を信じるか信じないかだな」
「私が……」
「脅して言う事を聞かせ、容易く見捨てる連中を信じるかそれとも――」
メイドは言いながら魔王の頭に手を置く。
「このような話を承諾してしまう、家臣を盾にするどころか自分が盾になるような、激甘なこの魔王様を信じるか」
グリグリと撫でてくる手。
ちょっと痛い上にカルがニヤニヤしながら見ているので止めて頂きたい。が、大事な話なので黙っている。
「ご自身で決めてください、勿論こちらの申し出を断ったとしても、貴方の生活はある程度保証されるようにはしてあります、元の世界へは……厳しいでしょうが」
最後の部分は脅しではなく、一般人となってしまえば実質その様な事ができなくなるのは必然だからだ。
……実質二択のようなものを押し付けている時点でなぁ……。
少しの罪悪感に苛まれるが、魔王は自分が元凶ではないのだと納得させる。
長い沈黙の後――
「私は――」




