戦いの行方
長くなりすぎました、今回で終わらせたかったので通常の倍、二話分の量になってしまいました、申し訳ないです。
一発書きなのでひどい部分がいつも以上に多いかと…。
時間は僅かにさかのぼり、メイドとカルが戦闘を始める中、魔王は口を開く。
「私には貴様と殺し合う理由などない。闘い技を競い合うというのであれば話は別だが」
トウカは暫し硬直した後、肩を震わせる。
「ふ、ふざけるな! そんな魔王がいるものか、そんなものは魔王ではない!」
「ふむ……なら逆に問おう、貴様のイメージする魔王とはどんなものだ?」
かぶりをふるトウカに、魔王は逆に問う。
「魔王、とは――魔王とは全ての悪を内包し、全てを支配するために悪意を尽くす、それが魔王だ」
トウカはどこか言い聞かせるように叫ぶ。
「そうか、しかし私はそんな事は望んでいないぞ?」
「……」
「貴様は見なかったのか? この街を、そして世界を。
今世界は平和だ。それは表面上、仮初のモノかもしれない、しかしそれでも平和なのだ。
それを、我々が争うことで壊す事は、私には出来ぬ」
その言葉を聞いて、構えを崩したトウカは俯く。
その唇は固く結ばれており、表情を伺うことは出来ない。
「私は平和を望んでいる、故に、今の貴様と戦う理由はない」
トウカの拳が強く握られる。
「それでは――」
その瞳が揺れたように見えた。
「――それでも、私には、戦う理由がある!」
神剣を握り締め、大上段に構え、大きく魔王に向かって踏み込む。
「纏え『イツノオハバリ』!」
魔王には、トウカが構えた神剣が、僅かに青白く光ったように見えた。
神剣の表面に流れる魔力に変化はない。
しかしトウカは叫んだのだ、纏えと、ならば何かしかの意味があるはず。
何より魔王の勘が危険だと告げている。
「くっ」
咄嗟に後ろに飛び、自身とトウカの間に五本の剣を、盾にするかのように滑り込ませる。
先程は五本で、刃を食い込まされながらも神剣を防いだ魔王鋼の剣。
その五本が、今度は、まるで何の抵抗もない水でも切るように、中程から折れるのでなく全て切り落とされる。
「なっ!?」
その光景に魔王が絶句する。
いくら相手は伝説の神剣とはいえ、こちらは歴史上最強に近い強度を持つ魔王鋼で出来た剣、しかもそれを五本も相手してだ。
それをいとも容易く切り裂く。
先ほどまでの神剣には見られなかった状態だ、何が変わったかと考えれば、
……先ほどの言葉か。
『纏え』といったセリフ、恐らくそれで神剣に特殊な状態を付与したのだろう。
などと冷静に分析している場合ではない、目前にトウカが迫っている。
剣は盾にならない、とすれば、どうする?
ふと、トウカの顔、唇から赤い筋、血が流れている事に気付く。
魔王はトウカに一撃も攻撃を与えていない。
……どういうことだ?
「失礼します」
唐突に、接近するトウカの横から、そこに飛び込むような勢いで、スカートを抑えながらの姿勢でメイドが蹴り込んでくる。
「!?」
突然の乱入者に、防御姿勢も間に合わずトウカとメイド一緒になって土煙を上げながら吹き飛んでいく。
魔王も同様に、突然の事に立ち止まり呆然と二人が転がっていった方向を見る。
そこから、一度二度、白と黒の人影が飛んだかと思えば、魔王の隣に立つ。
「遅くなりまして申し訳ありません、お助けに上がりました」
「あ、あぁ、助かった……アレは大丈夫なのか?」
応えつつ魔王は今だ一人地面に転がるトウカを指差す。
「危険だと判断できましたので、剣の柄を狙って蹴りましたが、手応えも狙ったものだったかと。恐らくそう大きなダメージにはなっていないと思われます」
メイドの言葉通り、すぐにトウカが起き上がり、態勢を立て直す。
しかし腕を痛めたのだろうか、神剣を握る手が震えている。
「メイド、他の相手はどうした?」
「殺してはおりません、無力化して放置してあります、それより――」
真っ直ぐに構えられなくなった右手から左手に神剣を移し、明らかに慣れていない構えをとるトウカ。
「……やめておけ、仲間も既に倒れた、これ以上やる意味など無いんだぞ?」
「それでは、私はどうすれば、どうすればいい!」
まるでただその場に吐き出すように、ヒステリックにトウカは叫ぶ。
「私に負けなど許されない、私に戻る場所なんてないのに……私には、もう」
「勇者トウカ、貴方は――」
「違う」
メイドの言葉にトウカは頭を抑え頭を降る。
「私は、勇者なんかじゃ、ない」
●
勇者とは、その力、そして異能を認められ、聖王都の国王が直に任命する事でなる事ができる、いわば役職だ。
しかしそれは唯一無二の力を持つものに与えられ、勇者を同時に何人もが襲名する事はない。
トウカの言葉に魔王は疑問を持つ。
勇者ではない? しかしトウカが持つ剣は間違いなく、勇者にのみ譲渡される神剣だ。
では、何をもって彼女は自らを勇者でないと行ったのか。
「トウカ様、もしやですが、あなたはこの世界の人間では――」
「……違う、呼び出された。たまたまこの世界に来て、力を持っていたから、勇者にされただけで」
トウカは悲しそうな表情で神剣を見ると、首を振る。
「何の承諾もなしに、こんな世界に呼び出されて……」
ギリ、と歯噛みした音が聞こえたような気がした。
「『魔王を倒せば故郷に還してやる』と、でなければ与えてやるものは何も無いと、そんな理不尽を突きつけられて……」
「馬鹿な、送還無しの召喚など……」
魔王は額を押さえる。
魔王討伐という任を与えて勇者を送り出した事もそうだが、送還なしの召喚魔法、つまりは時空間魔法の使用、これは大きく条約に違反するものになる。
……聖王都の国王達は本気でやっているのか?
世界を敵に回す行為だ。
「私の判断ですが、嘘ではないかと」
「……お前がそういうのなら、そうなのだろうな」
耳打ちしてくるメイドに応える。
「家族も、友達もガッコウも、日常を、世界を何の前触れもなく許可もなく、勝手に奪われて! そして奪った人達の為に、知らない人を殺してこいって、命のやり取りをしろって言われて! こんな事、こんな事、を――」
最後は聞こえない大きさの声で、項垂れ、膝を付き崩れる。
そこで魔王は気付く、トウカの端々に見えた迷いの様な仕草、震え。
彼女はきっと、人を殺した事がないのだ。
だからこそそれを律して、不条理に耐える為に、自ら血を流してでも。
「私は、どうしたら、いいの……」
涙を見せないのは、彼女の気丈さによるところだろうか。
魔王の内心に怒りが湧き上がる。
……なんだこれは?
目の前にいるのは勇者などではない。
確かに先程の様子、そして神剣を扱える以上類のない異能を持っているのは確かだろう。
だがそれが何だと言うのか。
彼女はただの、力を持っただけの少女ではないか。
力を持ったものの責任? そんな話ではない。
知らないところにいきなり連れてこられ、出来もしない踊りを見せろと言われるのだ。
そして踊りきれたら家に帰してやろう、できなければそのまま野垂れ死ね、そう言われているのだ。
そんな不条理が許されていいのか。
「一体誰だ……」
自然と声に出ていた。
「え?」
それは怒りから出た呟きだったのだろう、だからトウカには問いとして届いてはいなかった。
「貴様にそんな不条理を突きつけた者共は! 誰だ!」
「魔王様、落ち着いてください」
恫喝するような勢いの魔王をメイドがたしなめる。
「それは、聖王都の国王が」
神剣を貸出している以上、国王の関与は避けられないが、やはりそうなのか。
「あーぁあ、余計な事まで言っちゃって、ダメだなぁ」
●
それは突然現れた。
トウカの背後、空間のゆらぎの中から、白と紫のローブを着た、中性的な顔立ちの人物。
「賢者、アルエラ……」
メイドが呟く。
「ア、アルエラ、違うの、これは――」
アルエラを見上げるトウカの目に、明らかな怯えが入る。
「何も違わないでしょ? トウカは負けそうになって、それで余計な事まで言おうとしてる」
微笑むアルエラ、魔王でも分かる、アレは優しさの笑みではない。
「だから、トウカのチャンスはお終い。神剣は返してね」
「まって! まだ私は――」
「五月蝿いよ」
杖を持たないアルエラの手の中に魔力が渦を巻く。
それは目に見えた光の粒子になり、流れ、それが神剣の表面を覆う。
「トウカ! 剣を離せ!」
「え?」
言うと同時に、神剣の表面を覆った魔力が、トウカの腕へ逆流する。
トウカ腕が解ける。
切れた、裂けた、弾けたというのではなく、まるで絡まった紐を解くように、肘の辺りまでバラける。
「トウカ! メイド!」
「はっ」
メイドは一声の元、トウカに駆け寄ると、抱えすぐにアルエラから離れる。
「別にいらないよ、そんなの」
それを一瞥しながら、アルエラは何でもないような風に言う。
メイドの腕の中、歪にほどけた腕からは一滴の血も流さず、トウカは意識を失っている。
「あなたは一体。確かにあの時戦闘不能にして拘束したはず」
「うんそうだね、お姉さんが優しいから傷を癒してゆっくりしてから来れたよ」
神剣を杖のない左手側に浮かべながら、無邪気に笑うアルエラ。
「この短時間で、あの拘束を?」
「相手の力量を測れてなかったのはお姉さんも一緒かな?」
アルエラは頭を覆っていたローブの部分を脱ぐ。
光をそのままにしたような金髪が流れ落ち、ローブに隠れがちだった顔をハッキリと映し出す。
「僕は聖王女アルエラ、光の神の使徒だ」
神剣に、注げるはずのない魔力が注がれていく。
「なっ」
「これってこういう使い方もあるんだよ」
光に包まれる刀身と見て魔王は全身が総毛立つ。
アレはまずい、絶対に触ってはいけないものだ。
「避けなきゃ、死ぬよ」
神剣から光の粒子が飛んだ。
目に見えぬ速度で、突風をまき上げながら。
呆然と立ち尽くす魔王、その右肩口がザックリと切り裂かれている。
「あら、外しちゃったか、久しぶりだからなぁ」
アルエラのノンキな声に、魔王は、気づいたように皮一枚で繋がった右腕をおさえる。
「ああぁぁあああああぁああ!」
激痛に自然と喉から声が出た。
「姫様――魔王様!」
トウカから手を離し、こちらに駆け寄ろうとするメイド、その足が、止まる。
何故か分かる。
押さえた腕、その肩からあふれる血。
そしてそれ以外に、流れ出る黒いモノ。
「駄目だ駄目だ駄目だ、やめろ」
激痛に脂汗を流し、膝を付きながら呟く魔王。
刹那、黒いモノ――それは魔力が凝縮されたモノだ――が溢れ出した。
●
傷口は一瞬で塞がった。
だが溢れた黒い粒子が魔王の右腕を覆う。
凝縮し、かたまったそれはまるで、巨大な獣の腕ののようだった。
肥大化した腕、その掌にある牙の生えた口、そこから耳をつんざく咆哮が上がる。
「ダメだと、言っているのに……!」
魔王は一人呟きながら腕を抑えるが、のた打ちまわる黒腕は、近くにいたメイドとトウカに向かって突然伸びる。
「なんですかコレ」
寸で、その黒腕を散らしながら、メイドとトウカの前にカルが立つ。
「カル様」
「原因はあの女ですかね」
そう言いながらチラリとアルエラを見るカル。
「カル様、下がってください!」
メイドの声と同時に飛び退いたカル、三人のいた場所を再生した黒腕、その爪が深々と抉る。
抉られた地面が、その部分から腐り落ちる。
「毒持ちの魔力ですか……」
カルは察したのか黒腕を散らそうとはしなくなる。
黒腕は魔王の意識とは無関係に学習する。
先程はカルに根こそぎ魔力を食われた。だから今度は、食えない、食えばただでは済まない毒素を混ぜた魔力で腕を再構築した。
……どうする、どうすればいい?
暴れる腕を抑えながら魔王は考える。
しかしわかっている、彼女は今まで、コレを制御出来たことなどないのだ。
……ならせめて、奴を狙え……!
願いにも似た思考は、しかし、偶然か黒腕をその通りに動かす。
黒腕は遠く離れたカルやメイドから、近くにいたアルエラにターゲットを変更する。
黒腕と神剣がアルエラの前でぶつかり合い、黒腕が飛び散る。
しかし黒腕は、再生と言うよりは散った部分が更にパーツになるように伸び、まるで幾匹もの蛇のように神剣を避けながらア
ルエラへ襲いかかる。
「うわ気持ち悪!」
しかしそれも、球場の不可視の障壁によって阻まれる。
障壁で防ぎながら、神剣が何度も何度も黒腕を散らし続けるが、一向に黒腕の勢いが弱まる気配はない。
むしろ徐々に強くなっている。
障壁を覆うようにへばりついた黒い腕、その膜の圧力によって、アルエラの障壁が軋み声をあげる。
「チッ……」
先程まで余裕の笑みか、嘲りしか浮かべていなかった顔が初めて、舌打ちをし苛立った表情を見せる。
障壁が内側から破裂し、まとわりついていた黒腕が飛び散る。
「流石は魔王ってところかな……」
再生し、襲い来る黒腕を転移し避ける。
上空に転移したアルエラは、魔王を見下ろしながら、
「次会う時は、必ず殺してあげるよ」
そう言い残すと、空間の揺らぎの中に消えていった。
●
対象を見失った黒腕が、雄叫びの後地面に落ち、崩れたあと、その形を再構成する。
「いやー化物じゃないですか……」
見上げてカルは呟く。
それは最早腕というよりは、魔王の腕に繋がっただけの、黒い巨大なサソリのようだった。
魔力、魔素の塊であるはずのソレがギチギチと音を鳴らす。
近くにいたのはリズとヘルヴェルト、そしてカルに両腕を縛られたウルレウスだった。
「ひっ」
リズの小さな悲鳴に、黒いサソリが一段と大きく肥大化した爪を持ち上げ、振り下ろす。
それを防いだのは、意外な人物だった。
ヘルヴェルトが、リズ達の前に立ち、防護壁でサソリの爪を防いでいる。
が、それも直ぐに砕かれる。
砕かれたそばから障壁を再構成する。
それを何度も繰り返し、サソリの攻撃を防いでいる。
だがそれでもジリジリと押されている。
「カル!」
魔王はカルの名を呼ぶと同時に、魔王鋼の剣、残っていた七本の一本をとばす。
「これであの化物と戦えと?」
剣を受け取りながらカルが言う。
「違う――」
魔王は首を振る。
「それで私のこの腕を切り落とせ」
「んな……」
「メイドはアレを足止めしろ、気取られてもいいだけの時間を稼ぐのだ」
「……承知いたしました」
メイドは両目を開くと、サソリを見据え、ブツブツと小さく呪文を唱え出す。
「いいんですか?」
「いいからやれ! このままではリズ達がやられる!」
それだけはやらせない。
魔王の声にサソリが反応し、リズたちへの攻撃の手が止まる。
顔のないその巨躯が、三人に向き直る。
「閉ざせ、氷獄」
メイドの声と同時、サソリの巨躯のしたから何本もの氷柱が突き出し貫き、次いで四方を覆うように四枚の氷の壁が生え、中
が一瞬で氷に閉ざされる。
串刺しにされ、氷漬けにされたサソリは動きを止める。
「今です!」
「全く、文句は聞きませんよ!」
魔王に走るカル、その進路、氷漬けにされたサソリではなく、魔王の腕からサソリに繋がる黒い腕、それが膨らみ、巨大な爪を持つ手になる。
「邪魔です!」
それをカルは左手で払い除ける。
一瞬で詰まる距離、振り上げられる剣。
振り下ろされると同時に、右肩に鋭い痛みが走る。
「っく」
黒い魔力の塊が生えるより根元から切り落とされた腕、その傷口から流れ出す血を押さえ一瞬で傷口を治癒し、塞ぐ。
新たな黒い腕は生えてこなかった。
地面に落ちた魔王の右腕、真っ黒に覆われたそれからは徐々に黒い魔素が剥がれ、霧散していく。
氷漬けにされたサソリ、その姿も氷の中で徐々に消えていく。
「なんとか、なったか……」
「何だったんですか一体、あと、解毒お願いします」
青ざめた顔で隣にカルが膝をつく。
「後で、説明してや……る……」
途切れそうになる意識の中、ギリギリでカルに解毒の魔法をかける。
メイドが駆け寄ってくる姿がぼんやりと視界に映る。
そしてそのまま魔王は意識を失った。
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