悪や正義とよばれるもの
いつもと違う視点でのお話になります。
メイドの首元に向けられた長槍の刃、その横面に蹴りを叩き込みズラす。
カル本人としては折れるかな? という程度の威力で蹴ったのだが、槍はビクともせず、その穂先を横に動かしただけだった。
軽いアイコンタクトの後、メイドはどうやら残り一人の魔法使いを無力化しに行ったらしい。
「邪魔立てするのであれば、貴様の命も保証は出来んぞ」
言葉に視線を戻すと、長槍に身の丈程ある盾――タワーシールド――を構えつつ、男はカルを見据えてくる。
「邪魔も何も、このお祭りの邪魔をしてるのは貴方々なんですが」
耳を立てれば、拡声器による放送で、命が惜しくない奴だけ闘技場に残れと、魔王と勇者の頂上決戦! みたいな事をのたまっている。
商魂たくましいと言うか、馬鹿なのか。
「悪の枢機、魔王は滅するのみ。どのような事があろうとだ」
「頭が硬いですねぇ。ほかの方法とかありません?」
カルはやれやれと肩をすくめる。
「問答は無用のようだな。
聖王都騎士団所属、『竜槍ウルレウス』参る!」
重装に見合わぬ速度での突進が来る。
それをカルは、ポケットに手を突っ込んだままの余裕の姿勢で、前方宙返りの要領で、脚だけの力で跳ねてかわす。
「逃がさん!」
突進の勢いを殺しながら、ウルレウスは長槍を頭上、そこから交差するカルに向かって振り下ろす。
「いい反応と速度ですね」
ポケットから手を抜くと、同時に手の中にあったナイフで槍の一撃を受け止める。
勿論そのままでは力負けする、獲物のサイズが違う上にこちらは空中、踏ん張る場所も無いのだ。
だからカルは受けた腕の力を抜き、槍の勢いを使って、まるで槍に巻きつくように回転した。
長槍の刃が地を抉る。
その横にコートの土埃を払いながら、微笑を崩さないままのカルが立っている。
「貴ッ様……!」
何をしたわけでもない、槍の勢いに抵抗せず、槍の勢いに乗って着地したのだ。
「せっかく名乗って頂いたのでこちらも名乗りましょうか」
憤怒と殺気に溢れていたウルレウスの表情に僅かに疑問が浮かぶ。
「今は魔王様のお付をしております、『元』勇者第一候補、カルヴァリアと申します」
「な……に……?」
カルの両手にナイフが握られる。
「何、殺しはしませんよ、怒られますので」
薄い微笑みが僅かに歪む。
「楽しみましょう」
●
「雑魚とかかずりあっている時間はありません、命が惜しいのなら退きなさい」
メイドは前方に立つ白と紫のローブを着た、恐らく女性に言う。
「僕を雑魚だなんて、心外だな……」
自らを賢者と名乗った少女、アルエラは悲しそうな表情をする。
「お姉さん、そんな服装してるけどさっきの発言からすると、昔の大戦を経験した生き残りなんでしょう?」
「……だとすればなんだと言うのです」
メイドの返事に、アルエラはまるで玩具を見つけた子供のように、満面の笑みを、しかし狂気を感じる表情をし、
「そういう相手が欲しかったんだ! いいよ遊んでよ! 魔王の前にお姉さんをズタズタのゴミにしてあげるから!」
アルエラの手に持った、大きな菱形の水晶が浮いた杖の周囲に、大量の火の玉が浮かぶ。
「賢者の質も落ちたもの……屑ですね、すぐに黙らせてあげましょう」
言葉と同時、杖の火球が続けざまにメイドに降り注ぐ。
一発一発の威力は恐らく大した事は無いだろうが、数が多い。
煙幕と見るのが妥当か。
メイドは閉じていた両目を開く。
痺れるような感覚と似た、魔力が眼球から脳に抜ける感覚。
久しぶりの感覚に少し酔いつつ、左手を眼前、何もない空間で薙ぐように振るう。
その瞬間、薙いだ空間に分厚い氷の壁が発生した。
勢い余って後方まで伸びた氷の壁がカルの方まで行ったが問題無いだろう。自分と相対しても余裕を崩していなかった者だ。
氷の壁に全ての火球がぶつかり爆ぜるが、氷はビクともしていない。
爆煙の向こう、しかしそこにアルエラはいない。
「上だよお姉さ――グッ!?」
メイドの上、氷の壁を越えるようにして浮いたアルエラが周囲に光を展開し、何かをしようと言葉を発した瞬間、その腹部を鋭利な氷の柱が貫く。
アルエラも魔法使いだ、魔王と同じように常に周囲には障壁を展開している。
しかしメイドはただ指を指し、氷に進路を示しただけに過ぎない。
そして、地面から伸びたその氷柱は、それら障壁をいとも容易く切り裂き破壊し、アルエラを貫いた。
アルエラの口から赤黒い血が吐き出され氷柱を汚す。
「なに、それ……」
メイドの周囲には、既に壁ではなく、まるでドームを形成しようとするように、氷の刺が何本も地面から生え始めていた。
「馬鹿みたいな……お姉さんのほ、が魔王みたい……」
「私程度が魔王などと、おこがましい」
言葉と同時に幾つもの氷柱がアルエラに向かう。
しかしそれはトドメをさす事無く、まるでしなやかさを持った蔓の様に巻き付き、アルエラを空中に拘束する。
完全に空中に拘束され、身動きが取れなくなったアルエラを見て、メイドは目を閉じる。
周囲の氷――アルエラを拘束するもの以外――が弾け、一瞬で空気に混ざり消える。
「一般人なら致命傷でしょうが、賢者なのでしょう? しばらくそこで治癒しながら頭を冷やされるといいでしょう」
●
カルが名乗りを上げナイフを構えた時、メイドの方から氷の壁が猛烈な速度で生えながら迫ってくる。
「いやいやテンション上げすぎでしょう」
しかしカルはそれを事も無げに右手で受けると、受けた氷がまるで渦に吸い込まれるように消えていく。
「解呪……いや吸収したのか……?」
その様子をみてウルレウスが呆然と呟く。
「本当に貴様が『あの』カルヴァリアなのか……?」
「どのか知りませんが、少なくとも同名の方に会った事はこれまでありませんねぇ」
トンッと軽い調子で地面を蹴り、宙を舞って、むしろゆっくりとすら感じるそれにしかし、ウルレウスは盾を構えるしか反応できない。
その盾に叩き落とすような踵落としを撃ち込む。
常人の力をはるかに超えたそれは、分厚い鋼鉄で作られ、魔法の加護さえ受けたタワーシールドの表面を僅かに歪める。
「ぐぅ! なぜ第一勇者だった貴様が、魔王の手先になり我ら正義の邪魔をする!?」
「正式に受けた記憶はありませんし、手先、と言うのは心外ですね」
応えながら着地、ウルレウスは速度では敵わないとふんだのか、盾から手を離し捨てる。
……良い選択ですが。
一瞬、互の視線を隠すように壁になったタワーシールド、それを横に槍の刃が薙ぎ払う。
切れはしないが、派手な音を立ててシールドが横に吹き飛ぶ。
「大きい得物って動きが短調になるんですよねぇ」
「なっ……」
シールドの無くなった後、ウルレウスが放った横の薙ぎ払い、それよりも低い姿勢、まるで地面に這い蹲るような姿勢でカルがそこにいた。
「くっ!」
「そして次動作が重い」
薙ぎ払い、そしてそこから振り下ろしにいこうとして振りかぶり、降ろされる寸前の腕に、起き上がりの動作を交えた跳ね上がるような蹴りを叩き込む。
「ぐあっ!」
弾かれた長槍が数メートル後方に転がる。
「正義とか、笑いも消えますね」
淡々と、微笑みを消した表情で帽子を押さえながら、カルはウルレルスを睨む。
ウルレウスの瞳は、一瞬カルと視線を交差したあと、その後方に向けられる。
「ん? あぁ――」
ウルレウスの視線に沿って後ろを見ると、そこには蚊帳の外に置かれたヘルヴェルトと、距離を置いていたリズが居る。
「――偽魔王の方はどうでもいいですが、女の子はうちの仲間なんで、手出ししちゃダ――」
言葉より早く、ウルレウスは腰の短剣を抜き、カルの脇を抜けリズへと走る。
リズの表情が強張っていくのが見える。
「まー……」
……どうせ魔王様の結界が張られてるのだから、触れる事も叶わないんでしょうが。
無造作に投げられたナイフは、ウルレウスの短剣を握る手の甲に突き刺さる。
それに怯んだ僅かな時間。
カルはウルレウスの背後に立つと、ナイフの刺さっていない手をつかみ、短剣を叩き落とすのと足払いを同時に行う。
掴まれた左手を支えに、ウルレウスは回転するように地面に叩きつけられる。
「っつグ!?」
上半身を起こそうと、顔を上げようとした瞬間、その横面をカルが踏みつける。
「弱いもの狙い、人質狙い、全う全う至極全うだわな、久しぶりに戦場っぽくていいね」
うんうんと頷きながら、カルがいつもと違う調子で喋る。
ニヤニヤといつもと違うギラついた笑みを浮かべながら、踏みつけた足をぐりぐりと揺らしながら。
「んで、それでお前、さっき言ってたセーギとやらをまだほざけんの?」
「ッグ……魔なるものに組みすれば、それは、全て悪だ! っだから我らの様な正義が必要なのだ!」
ウルレウスの言葉にカルは空いている手で帽子を抑え、クツクツと肩を震わせて嗤う。
「――だそうですよリズさん、どうしましょうコレ」
唐突に話しかけられたリズは、怯えた様子でカルとウルレウスの二人を見比べる。
……少し遊びすぎたか。
「私は――」
そんな事を考えているとリズが口を開く。
「私は、そんな、一方的に決め付けるような、そんな……そんな正義には従いたくありません」
震える手を握り締め、強い眼差しでもって気丈に振舞う。
「魔ってなんですか、私達が何かしましたか? 魔王様が何かしたって言うんですか?」
「それは――魔王という存在そのものが、悪を助長させるのだ」
リズの視線に、言葉に、ウルレウスが僅かに言葉を詰まらせたように聞こえた。
「それを貴方が知っているんですか? 魔王様が何で、どういうことをしてきたのか、知っているんですか?」
「……」
ウルレウスは黙り込む。
「知らずに言っているのなら、貴方達の方が、私にとっては悪です」
「戦闘でも負けて言い合いでも負けましたね、いやぁ情けない。
まぁそんな事より、私としてはあのトウカとか言う女勇者の方が気になるんですが、彼女一体――」
その時――
「あぁああぁあぁあぁあぁあぁぁぁあぁあ!」
「姫様! 魔王様!」
誰のものかと疑うような、魔王の絶叫と、悲鳴のようなメイドの声が聞こえてきた。
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次回で戦闘パートは終わるはず……。




