邂逅
今回投稿にあたって前回のラスト部分を少しいじっています、確認されてみてください。
レガシー。
それは普通のアーティファクトとは違う、摂理を無視した、理外の力を持つ物を指す。
古代の遺産、或いは神の遺産と言う者もいる。
万物に等しく流れる魔力れ流動する魔力、それを無限にその場から生み出す魔王ヘルヴェルトの持つ仮面。
そして今、ヘルヴェルトの前に立つ三人の男女、その中央一番手前に立つ女性。
彼女がヘルヴェルトに向ける長剣、それは一見すればただ美しく装飾の施され、切れ味も鋭そうな素晴らしい剣だ。
だが、魔王のような目を持つ者が見れば、明らかに異質な物であると気付けるだろう。
その剣は刀身に一切の魔力を流していないのだ。
魔力はこの世界の万物に流れている。
石ころ一つ、砂粒一つから始まり、生きとし生けるもの全て、果ては大気まで。
流れる量は様々だが、例外無くそれは流れるのだ。
しかしその剣は魔力を内包してない。
それは、魔力の干渉を許さない事を意味していた。
魔王は椅子から立ち上がると、各々手に持った質実剛健な武器とは裏腹に、みすぼらしい冒険者風といった体をした三人に手を向ける。
「消えよ」
声と同時に、魔王から波打つかのような風が観客席を駆け抜け、三人の身体を撫で、吹き抜けていく。
「魔王様……」
カミオの厳しそうな声が続く。
「わかっている」
返事と同時に、手で円を描くような動作をすると、闘技場を囲む観客席の上に僅かに青い透明な色が浮かぶ。
「元々かかっていたのよりも強固な防護壁をかけておいた、これで問題あるまい、外部から侵入も許さぬし内部から外部に出ることもできぬようにしてある」
「助かります」
カミオの返事にしかし、視線は闘技場の三人から離さない。
三人の姿は今や、みすぼらしい冒険者姿ではなく、白や銀に輝く美しくもしなやかな鎧やローブに覆われた姿になっていた。
先程まで、光を偏光する魔法で目に見える映像を変えていたのだ。
「メイド」
「はい」
「あの剣に見覚えはあるか?」
「ございます、過去の大戦で幾度となく対峙した相手が持っておりましたので」
少し感慨深げにメイドが告げる。
「そうか、ではやはり……」
そこで、突風に煽られ、鎧の迷彩魔法を解かれて驚きながらこちらを見上げる三人、その中の剣を持った女と目が合う。
「行くか」
「はい」
「仕方ありませんね、と」
カルとメイドも立ち上がる。
「リズは――」
「わ、私も行きます!」
震える声で、まるで親に見捨てられた子供のような視線を向けてくるリズ。
魔王は笑うと、
「――当然だ、あまり離れるなよ」
「――っはい!」
来賓用の客席、集まる視線。
それを感じながら、全員の足回りに風を纏わせ、観客席の通路へ降り立つ。
自然と人二人分程度の通路を広げるように、人が割れる。
その間をゆっくりと歩み降りる。
闘技場ないは水を打ったかのように静まり返っており、四人の歩む足音が妙に響く。
最前列、その柵を飛び越え、闘技場の中へとゆったりと飛び降りる。
「……どうやら待たせたようだな」
「お前、何者だ?」
長剣を持ち白金の鎧に身を包んだ美しい女性が、魔王を見ながら問いかける。
「私が、魔王だ」
「なんだと!? ではそちらに居る魔王は――」
「偽物だろう」
ヘルヴェルトの仮面の奥、驚愕で目を見開いた視線が魔王を見ている
「……馬鹿な、お前のようなただの少女が――」
「見た目に関しては貴様が言えた義理ではなかろう、それに、先ほど迷彩魔法を解いたのは私だぞ」
女の斜め背後、白と紫のローブに身を包んだ魔法使いと思しき女性が「馬鹿な!」と声を上げる。
「何を悠長に話しているトウカ! 魔王は目の前にいるのだぞ!」
「わかっているウルレウス! だが少し待ってくれ」
もう一人、背後の長槍を持った男の怒声にトウカと呼ばれた女は応える。
「トウカ……?」
その名前をメイドが怪訝そうにつぶやいていたが、それ以上は何も言わなかった。
そんなメイドに一瞬怪訝な視線を向けるが、すぐに魔王は視線を戻す。
「ふむ……では先ほどから一言も発していないヘルヴェルト、貴様のタネ明かしだ」
「何?」
白金鎧の女、トウカが呟く。
「貴様はその仮面のお陰で莫大な魔力を手に入れて、魔法をオーバーブーストさせて使っているのだろう? リスクは――先ほどからみるに、声か」
レガシーはともすれば理を外れた力を使用者にもたらす、その代わりに大抵のモノにはリスクがついてくる。
「それが声、だと」
カルがふむ、と頷く。
「そして、そうだな私が魔王の証拠だが――」
魔王は小さく笑うと、両手のひら、空に向けた指先の上に火球を生み出す。
ヘルヴェルトが作り出した物とほぼ同じ大きさのものを二つ同時に。
「熱いです魔王様」
隣にいたメイドが迷惑そうな声で非難してくるので、その火球はすぐに消した。
「雰囲気というもの読まない奴だなお前は……」
「魔王様は状況をわきまえて下さい」
小声で言い合う二人を他所に、トウカ達三人とヘルヴェルトは驚きに固まっていた。
「ま、まぁ名乗っていない以上、こう言えばわかるだろう? 『勇者』よ」
ヘルヴェルトが一歩下がる音が聞こえた。
「……何故分かった?」
「その様な剣を振り回せば、昔を知っている者ならすぐわかりますよ」
トウカの問いかけにメイドが答える。
「昔……?」
「聖王国が勇者にだけ貸し与える――いえ、むしろ勇者と認められたものしか持てないというべきでしょう、レガシー『神剣』」
「な、なぜ貴様がそんな事を!?」
槍を持った男――ウルレウス――がうろたえた声を上げる。
「昔幾度も剣を交えた勇者が言っておりましたので。
人が発する言葉で表すことの出来ぬ名を持つが故に、名を持たない『神剣』。
全ての魔を打ち伏せる為に存在する剣だと」
「貴様一体――」
「名乗りが遅れました、私こちらに居られます魔王様に仕えるメイドと申します」
そういってメイドはスカートの裾を持ち会釈する。
魔王も初耳だった。
魔王が知っているのはあくまで前魔王が残した書物での事、その見た目を書いた絵と、全ての魔力の干渉を打ち消し、魔法を
切り裂くという力を持つ事。
それくらいだった。
「知っているのなら話は早い」
そう言って剣を構えなおすトウカの視線は完全に魔王に移っていた。
ヘルヴェルトは――完全に蚊帳の外だ。
「貴様が魔王で間違いないのだな?」
「そう言っているのだが、だとすればどうするのだ? 先ほど諸悪の根源等と言っていたが」
「決まっている、討ち滅ぼすだけだ!」
「魔王様!」
地を蹴り、魔王に襲いかかる勇者トウカ、その間に入ろうとするメイドに、長槍が突きつけられる。
「邪魔はさせん」
「邪魔はあなたですよ」
ウルレウスが構えたその槍の横面を、カルが蹴りとばす。
「この暑苦しいのの相手は私が」
カルがメイドに言いながら目配せをする。
「私を忘れてない?」
声に反応し、飛び退いたメイドの立っていた場所に、太い氷柱が数本突き刺さる。
「賢者アルエラ、参る」
そう言って声の主、ローブの女性は杖を構えた。
「……邪魔を!」
メイドにしては珍しく、忌々しいといった感情を表に出した表情をしていた。
●
トウカの目の前に展開した不可視の物理障壁は、彼女に驚きは与えたものの、その神剣によって紙よりもいとも容易く切り裂かれた。
それ自体は魔王も予想していた事ではある。
彼我の距離は三メートルもない、一拍の間もあれば肉薄されるだろう。
だから彼女は、かねてから考えていた、対近接戦闘用の動きを取る。
後ろに一歩飛ぶと、手を合わせるように両手を打ち合わせる。
そして開くと、その動きに合わせて、魔王の掌の間から幾つもの剣が出現した。
バラバラと広がるように、出現した持ち手と刀身のみのシンプルな剣、その数およそ十二本。
「なっ!?」
突如出現した大量の剣に驚きつつもしかし、トウカは再度地を蹴る。
至近距離に魔王を捉え、上段から一気に神剣を振り下ろす。
あらゆる魔力を跳ね除け、鋼鉄すら紙のように切り裂く神剣はしかし、五本の剣によって受け止められた。
「!?」
今度こそトウカの顔が驚愕に歪み目が見開かれる。
恐らく神剣を使いだしてから、受け止められる、という事がなかったせいだろう。
……しかし流石神剣と言うべきか。
宙に浮いたまま神剣を受け止める五本の剣。
魔王が思考、或いは簡単な動作でどのようにでも動かせる剣、魔王鉄で出来たその五本の剣で受け止めて尚、神剣は僅かにその刃に食い込んでいる。
ずば抜けた切れ味だ、常識はずれと言っていい。
右側に五本、左側に五本、そして背後に二本の剣を配置し、右で受けた魔王はしかし、左で反撃する事なくトウカを弾き返す。
後ろにはじかれ、一度、二度と大きく飛んで距離を置いて構えなおすトウカ。
魔王は追撃しない。ただ自身の周囲に剣を停滞させてトウカを見ている。
「何のつもりだ? なぜ反撃してこない?」
トウカは厳しい目つきで魔王を睨みながら問う。
「逆に問おう。なぜ私と貴様が殺し合う必要があるのだ?」
魔王のその問に、僅かにトウカが揺れたように見えた。
シリアスですね。
誤字脱字、矛盾点などありましたらご指摘ください。
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