仕事の信用は下積みから
*タイトル変更しました(3/20)
「何故私が家出猫探しなどせねばならんのだ……」
魔王は今しがた登録の終わった冒険者ギルドの扉をくぐりながら愚痴る。
「仕方ありませんよ、最初は下積みから、そういうものです」
隣に立つ軽装の男、カルが微笑みながら言う。
現在彼女達三人がいるのは、魔王城から少し離れた町、ソシラーヌという場所だ。
そこで冒険者としての仕事を得るため、まずはギルドに登録しに来たのだが、
「何故私がランク一でお前がランク九なのだ……」
ジト目で魔王はカルを見る。
そう、この男やたら軽装で城まできたと思ったが、一から十まででランク付される冒険者の中で、既にランク九に入っていたのだ。
実力的に言えばかなり上の部類だろう、とてもそうは見えない優男だが。
「魔王様、それを言えば私めも一でございます」
魔王を挟んで反対側の隣、目を閉じて淡々とした表情でメイドが口を開く。
「ぐぬ、そうだが……」
魔王は押し黙る。
メイドも未登録だったため一からのスタートだが、ぶっちゃけ戦闘能力で言えばかなりのものだ、腐っても魔王のメイドである。
むしろ魔王としては対一で喧嘩になったら勝てるか本気で自信が無い。それくらい強い。
「……もっと魔王待遇とか有っても良いではないか、レジェンド枠みたいな。仮にも私は魔王だぞ魔王」
「魔王様、ご自身で仮、と付けるのはいかがなものかと、それと、レジェンド枠とか馬鹿な事を言わず現実を見て下さい」
「レジェンド枠ってなんですか、面白いですねバカなんですか?」
罵倒と合わせて総ツッコミが返ってくる。
「貴様らひどいな!」
「魔王様のためですので」
「魔王様のためですので」
一人は笑いながら、一人は淡々と返してくる。
「大体登録名がマオーってなんだマオーって……」
「魔王様が魔王様だって誰も信じてませんでしたね」
魔王の手には一枚のカードが握られている。
光沢を持ったそれの表面には何やらランク一とマオーと言った情報類が小さく記載されている。
そう、登録所で彼女は自信が魔王だと何度も言ったのだが、全て受付の人間にマオーという名前だという風に流されたのだ。
「威厳無いですからね」
「威厳が無いせいかと思われますが」
再度のツッコミが入る。
「なんで貴様らそんなに仲が良いのだ……」
そんな事を談笑しながら、主に魔王がなじられながら、三人は町の外れ、小高い丘に登る。
丁度町の全体が見渡せるような場所だ。
「まぁ良い、ランクなど飾り、すぐに貴様に追いつき追い抜いてやるぞ」
「飾りとか言いつつ思いっきり気にしてるじゃないですか」
指を突きつけられカルが苦笑する。
「私の魔力の前では猫探しなど朝飯前の一つにも入らないのだ、見よ! 全! 索! 敵!」
そう言って魔王は町に向かって腕を振る。
魔力の流れの機微がわかる者なら分かるであろう、小さな波のような魔力が町全体を通り抜ける。
「見よと言われも見えませんが、後敵じゃないと思います」
「見えませんし敵ではないですね」
背後のツッコミは無視する。
先ほどの魔法、全索敵は術者が指定する対象等を指定した範囲内で全て見つけ出すものだ。
今魔王の脳内には町の詳細な地図と家出猫として届け出されていた『タマ』の位置が示されている。
もちろん魔王以外にはわからない事だが。
「よし、見つけたぞ、ついてくるがいい」
●
建物の横道を通り、裏路地のようなところに入ると、魔王の横を何やら悲鳴を上げながら男が走り去っていく。
「フム、魔王様――」
背後のカルから淡々とした声が聞こえてくる。
「これが『タマ』でいいんですかね?」
言い示す方、魔王の目の前には体長三メートル近い巨体に白黒の斑模様をした”猫”がいた。
……猫と言うか白ではないのかこれは。
四聖獣等で有名なアレだ。
もっとも目の前の白虎は神獣等ではなく普通の獣だ。
魔王にとっては大した驚異ではない、猫と言ってもいい程度の存在なのだが――
冷や汗が浮かび頬が引きつった笑みを浮かべる。
生まれてこの方城に引きこもっていた為、知識はあるが実物を目にした事がなかった魔王は、実力どうこうよりもまず見た目にビビった。
猫が、虎が、自身と相手の差を本能的に察する。
そして恐怖から、爪を振るう。
それは獣としての本能だ。
「っ――」
思わず頭を抱え、身を屈める。
「魔王様――」
……あれ?
「姫様、お顔を上げてください」
虎と魔王の間に、メイドが立っていた。
目を伏せたまま、無表情に伸びた手が虎の額を掴んでいる。
……つかみ……アイアンクロー?
プルプルと震えた後虎が必死にメイドの手を振り払おうと前足を振るが、まるで意に介する事なくメイドは魔王の方を向いている。
「障壁はおやめください、そんなものに当たってはタマが死んでしまいます」
言われて気付く、無意識の防衛反応が作り出していた不可視のバリア。
魔王の魔力で作られたそれは、触れれば普通の生き物ではただでは済まないだろう。
後ろを見れば、カルも一歩下がり手を上げ肩をすくめている。
「う、うむ……」
魔王は努めて平静を装いながら立ち上がる。
「あなたも、そこにお座りなさい」
メイドはタマを離すと、床を指差す。
耳をピッタリと伏せ、彫像のようにタマがピッタリとその場に座る。
……お座りは犬のしつけではなかろうか。
「首輪にタマ、間違いありませんね」
虎の首元を覗き込むとそう言いながら頷き、軽くその首を撫でる。
が、ピクリともタマは反応しない。
なぜだろう、表情というのはわからないが、緊張しているように見える。
……気持ちは分かるぞ。
「魔王様」
再度、メイドが魔王の方を向く。
伏せられていた目が、片目だけ薄く開けられ、隙間から冷氷のような青い瞳が覗く。
「魔王ともあろうお方が、このようなケダモノ相手に驚くなど、到底あってはならない事――」
「ハイ――」
思わず姿勢を正し裏返った声を上げる。
「やはり城を出たのは僥倖でした、明日からは肉体の強化魔法の使い方を不詳私めがきっちりと教育して差し上げます」
……なんか言葉おかしくない?
しかし突っ込むのは怖いので黙って頷く。
「カル様も、魔王様が情けないお姿を晒して申し訳ありません」
タマの首輪にリードを付けたあと、メイドが頭を下げる。
「謝るところがおかしいのではないか……?」
「お黙り下さい」
「ハイ……」
カルは苦笑しつつ肩をすくめる。
「まぁ、魔王様も頑張りましたよ――最初は」
「うるさい黙れ」
ガックリと魔王はうなだれた。




