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覚悟の秤

 メイドがテーブルの上に紅茶と焼き菓子を幾つか並べていく。

 どれも決して高価なものではないが、紅茶は入れ方――メイドが淹れる事によって――で随分と味わえる味になっているし、それと組み合わせで焼き菓子も充分美味なものになっている。

 

 メルウスに着て二日目、来るまでの列車や初日がゴタゴタしたせいか、随分と久しぶりなゆったりとした空気に、魔王は満足げに紅茶を口に運ぶ。

「はぁー……、美味い……」

 深い溜息の後、焼き菓子を一つ、二つ、口に運ぶ。

「何を、年配の方のような溜息をつかれて」

「仕方あるまい、ここ数日落ち着かなかったのだから」

 メイドの呆れた口調に反論しつつ、紅茶を再度口に運ぶ。

 ほのかな苦味と華やかな香りが口の中に広がり、口の中に残った焼き菓子の甘さを流し去る。

「やはりお前が淹れるた紅茶は格別だな」

「褒めても何も出ませんよ」

 そう言いながら座るメイドを見つつ、ああ言いつつも、メイドは紅茶の淹れ方には自信があるらしく、褒められると何だかで喜ぶと言うのは魔王が長年の付き合いの中で分かった事の一つだ。


「カルは起こさなくていいのか?」

 背後、仕切りで区切られたベッドルームで寝るカルの事を言いながら魔王は焼き菓子を頬張る。

「まぁ、今朝方近くまで何かやっていたようですし、もう少しくらい良いのではないでしょうか、あの方がああして寝ている姿と言うのも珍しいですし」

 確かに、旅しだしてしばらく経つが、別室だったりなんだりで、カルが魔王達の前で長時間寝姿を晒すと言うのは無かったことだ。

 ……信用されてきたという事だろうか、それとも――、

「まぁ、夕方になる前には起こしましょう」

「そうだな」


 そんな事を話しながらゆったりとした午後を過ごしていると、唐突に部屋の扉が控えめにノックされる。

 メイドが僅かに構えながら扉に近づく。

「どなた様でしょうか?」

「こちらの部屋が魔王陛下の泊まられている部屋と、宿の主から聞いて参ったのだが」

「先にそちらが何者か名乗りなさい」

 メイドは扉を開けず、扉越しに男の声に命令する。

「――これは失礼した、こちらは議会代表カミオ様より勅命を受けて参った者にございます、宜しければ陛下にお目通りさせて頂ければと」

 ……カミオからの使者?

 魔王は首をかしげ、メイドは一瞬の逡巡の後、ゆっくりと扉を開ける。

「どうぞ、お入りください」


「失礼させて頂く」

「し、失礼します……」

 一人だと思われていた声の主である大柄な男の後ろには、魔王と同じくらいの小柄な、簡素な服を着た女性が一人立っていた。

 ……ん? あの顔どこかで見覚えが……。

「どうぞ、椅子も空いておりますのでお掛けになられて下さい」

「む、いやありがたいお申し出ですが、私の要件は簡単な伝達ですのでお気になさらずお願いしたい」

 堅苦しい男はそう言って席を遠慮すると、もう一人の少女へと促す。

「……そちらの方は?」

「それも含めて今からご説明いたします」

 そう言うと男は佇まいを直す。


「まずは、先日の人身売買・奴隷販売を行っていた者達の摘発、及び捕縛のご協力、誠に感謝いたします。こちらに関しては代


表のカミオより、僅かばかりですが報奨金を各々方のギルドの口座に振り込ませて頂きますので、後ほどご確認頂ければ」

 ……あぁ、成程昨日の件か、しかし対応が早いな。

 しかしこの男の口調、どうにも突っ込みたくなる。

「成程分かりました、報奨金ありがたく受け取らせて頂きます、後は……そちらの方の件ですか?」

「お察しの通りで、こちらの娘は先日の輩に奴隷契約させられていた所を、魔王陛下にお助け頂いたとの事。今回どうしても陛下に会ってお礼を言いたいと聞かず、やむなくお連れした次第であります」

「あぁ、お前はあの時の」

 そう言って魔王は独り合点が言ったような顔をする。

「魔王様、あの時とは?」

「ん、そうだな、どう説明するか……」

 一拍。


「簡単に説明すると、窃盗に加担させられて、乱暴を働かれていた所を私が治療してついでに奴隷の印も消してやった者だ」

「随分簡単に纏めているの様な気がしますが……そちらのアナタ、それで間違いないのですか?」

「え、ええとあの、はい、大体は……」

 急に話を振られた少女は驚いた表情でオロオロワタワタしている。

 そう、この娘は先日魔王からポーチを盗み、そのあとゴロツキに乱暴され魔王が手当をしたその娘だった。

「では、後はこちらの者から話があるそうですので、私はこれにて」

「ん? この娘は置き去りなのか?」

「もしもの時はギルドに行くよう言ってありますし、ギルドの方にも手筈は整えてありますので」

「む、そうか……」

 ここで放り出しても行き先は決まっている、という事だろう。

 セーフティネットは一応張ってあるということだ。


 男は立ち去り、その場に三人が残される。

「えーと、で、名前はなんといったか……」

「リ、リズレインと言います!」

 浅黒い肌に銀髪の少女――リズレインは緊張しすぎて裏返った声で返事をする。

「リズレインか、で、わざわざなんのようだ?」

 別に魔王は威圧しているつもりはないのだが、どうにも少女は縮こまってしまっている。

 ……腕組みがダメなのか?

 腕組みを解いて姿勢を正してみる。

 今度は手持ち無沙汰になるので手をフラフラさせていると、メイドがタイミングよく新しい紅茶を出してくる。

 一緒にリズレインの前にも置かれるカップ。

「あぁ、すみません私なんかに!」

「お客様ですので、お気になさらず」

 そう言ってメイドは微笑む。

「……外面の良い奴め」

「失礼な、私はいつもこのような感じです、魔王様以外には」

「そこで私を例外にするのか……」


 ふと、視線に気付きメイドから視線を外すと、リズレインが呆けた顔で二人を見ていた。

「どうした?」

「あ、いえ、魔王様ってもっと厳かにされてるかと思っていたので……」

「イメージと違ったか?」

「あぁ! すみませんそういう意味で言ったのでは!」

 ハッとした表情で大きく手を振って否定する。

「よい、気にするな、そういう扱いはなれているからな」

「そこは慣れずに威厳を保とうとして下さい」

「誰のせいか言ってやろうかぁ」

「……ほら魔王様、リズレイン様が困っています、話を戻してください」

 歯噛みしつつリズレインに視線を戻す。


「で、なんの用があってわざわざ来たのだ?」

 リズレインは一瞬の躊躇いの後、覚悟を決めたような表情で口を開いた。


「あ、あの! 私を魔王様の召使にさせて頂けませんか!?」

 

 あまりの勢いと声の大きさに魔王は耳を塞ぐ。

 隣のメイドは澄ました顔で紅茶を飲んでいる。

「ちと声が大きい」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 申し訳なさそうに縮こまる。

「しかし、何だ、奴隷の印は消してやったし、何故わざわざ召使などになろうとする?」

「それは、その、どうしても、どうにかしてご恩をお返ししたいと思って!」

「気にするな、アレはあの場の成り行きでしかない、そんなもので召使になるなど」

 魔王は手をヒラヒラと振る。

「そうですよ、こんな威厳のない方に仕えても疲れるだけですよ」

「おま――」

「そんなこと!」

 メイドの言葉に魔王が反論するより早くリズレインが跳ねるように立ち上がる。

「私には、私にとってあの時救って下さったことは、私にとっての全てで! あの瞬間が、あのっ……!」

 顔を赤くしながら、必死に言葉を紡ぎながら、後半は震えながら、

「っ! 大体! さっきから、何なんですかあなたは! 魔王様に、失礼な!」

 真っ赤な顔でしかし先程までのおどおどとした態度ではなく、敵意を乗せた瞳でメイドを見据える。

「……魔王様お付きの第一メイドですが」

「! だったらどうしてそんな!」

「そんな事がどうだと言うのですか、貴方に貴方の理由があるように私にも私の理由がございます、それも軽々しく口に出来る様なものではない」

 メイドはティーカップを皿の上に置きながら淡々とした口調で述べる。


「貴方は先ほど魔王様に仕えたいと言いましたが、それは魔王様の為に死ぬ事になろうと構わないという事でしょうか?」


「メイド、それは少し言い過ぎではないだろうか」

「いいえ、事実ですので、魔王様はしばしお黙り下さい」

 ……はーい。

「……っできます、死ぬ目にあおうとも……! 死ぬ事になろうとも仕えてみせます!」

 硬い表情と揺るがない瞳でメイドを見つめながらリズレインは答える。

 メイドは微笑む。

「よい覚悟ですね、ですがそれでは半分しか正しくありません」

「何がですか……」

「魔王様に救われた命、簡単に散らす事は許されません。死ぬことなく、死の苦痛すら乗り越え、屍山血河を超えてでもお仕えするのが我々の務めです」

 微笑みを消し、無表情とは違う、いつもにはない張り詰めた空気を纏いながらメイドが言う。

 ……え、そんな凄い覚悟持ってたの?

 魔王自信初耳と言うか、つっこみたかったが野暮なのでやめておいた。


「……できます、やってみせます!」

 リズレインはハッキリとそう答えた。

「そして必ず、あなたよりしっかりと魔王様にお仕えしてみせます!」

「……それは、良い覚悟ですね。そこまで言えるのでしたら私からは何も反対する事はありませんが、魔王様?」

「ん? ぁあ、もう喋ってもよいのか?」

 メイドの言葉に間抜けな言葉を発する。

 ……これだから威厳が無いとか言われるのだな、うむ気を付けよう。

「メイドが特に問題無いと言うのなら私も特に文句は無いが……」

 言いかけて重要な事に気付く。

「いや、そう言えば忘れていた事があるな」

 メイドとの関係が特殊過ぎて忘れかけていた事が一つ。


「給金を払えるほどお金は無いぞ?」


 

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