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机上の評定者

 第二都市メルウス。中央大陸へと繋がる海を東側に構えた魔大陸で第二に大きい都市である。

 港に接した円形の都市型をしており、中央に議会などの重要な建物を構え、そこから外縁に向かって貴族街、貴族用の商業・歓楽街、一般居住区、そして外壁の一番近くが一般向けの商業・歓楽街となっている。

 細かい施設などを言えばキリがないが、大まかにはそういう風に区画を区分して分けているらしい。


 今三人はその中の貴族向け商業エリアに来ていた。

 貴族向けと言うだけあり、建物の様子からして一般の区画とは違う。

 通路脇にには観葉植物が植えられ、建物もデザインや色使いを周囲から浮き過ぎないように気を使われている。

 人通りはそれほど多くなく、時折魔王達の前の道を行く人々の服装も、綺麗に着飾られた上等な物を着た人ばかりだ。


 そんな人通りを、洒落たオープンテラスの一席に座って紅茶を飲む魔王は、落ち着かない様子で眺めていた。

「どうしたんですか魔王様、そんなにソワソワして」

 同じように紅茶を飲んでいたメイドが視線を上げ、魔王を見る。

「いや、なんというか、何か落ち着かなくて……」

「魔王様思い切り庶民的ですからね、もう村娘感バリバリ。ドレスコードとかご存知ないでしょう?」

 隣の席で特に何も頼まず、手に持ったナイフをヤスリで磨きながら視線をよこさずカルが言う。

「失礼な奴だな貴様、それくらい何となく分かるぞ。と言うかこの場でそういう事をしている奴に言われたくないのだが――どうしたメイド?」

 あのメイドが、紅茶のカップを持ったまま青い顔で微かに震えている。

 一体何事だろうか。


「私とした事が、そういった所の教育を失念していました……なんたる失態を……!」


 静かにしかし低い声で呟く。

「いやいや、一応自分で調べたりしているから大丈夫だぞ、多分?」

「魔王様の大丈夫は大丈夫ではありませんので……!」

 勢いよくティーカップを受け皿に叩きつける。

 割れなかったティーカップを褒めてやりたい、と言うか今自分かなりひどい罵倒をされたのではないか、と思いつつ、

「落ち着けメイド、お前の方がテーブルマナーが酷い事になってるぞ」

 そう言うと、メイドはハッとした様子のあと、頭を押さえてヨロヨロと肘掛に肘を降ろす。

「あぁ……なんという事でしょう、ミスをしただけでなく魔王様に更に指摘されるなど、なんたる不覚、なんたる不出来……」

「所々でナチュラルに罵倒してくるなお前は……」


「何か、へこんでるメイドさんって、珍しい気がしますね」

「くっ、そうですね、確かにいつまでもへこんだままではいられません、これからは襟を正して今まで以上に、厳しく教育させて頂きたいと思います」

 佇まいをなおしてそう宣言したメイドに対して、


「いや、それは全力で遠慮する」


 魔王は真顔で即答した。





「で、例の代表とやらはいつ来るのだ?」

「そろそろ約束の時間ですが……」

 魔王は街路の柱時計を、メイドは腕に付けた携帯用の腕時計を見ながら言う。

 何故かメイドは腕時計等という高級なものを持っている。

 時計はこの世界でも幅広く使われ、一般の家庭でも一台は持っているくらいに普及しているのだが、腕時計くらい小さく緻密なものになると話は変わる。

 持っているのは大体が貴族階級やら、そう言った趣向品に凝る者達くらいだ。

 一度外して置かれていたのを触った事があるが、見つかった瞬間ひどく叱られたのを覚えている。

 どうにもメイドにとっては価値以上に思い入れのある品らしいく、魔王が頼んでもそうそう見せて貰えない物だ。


「来られたようです」

 そう言いながらメイドが立ち上がる。

 メイドの向く方向へ視線を動かすと、身だしなみの整った初老の男性がこちらに歩いてきている。


「ご無沙汰しております、あまりお変わりないようで。今は伯爵でしたか?」

「その雰囲気は……氷の姫君かな? 随分と久しぶりだが、あなたは随分変わったようだ」

 伯爵と呼ばれた初老のその男――白髪白髭に黒をベースにした儀礼服に身を包み、肩に一羽の鳥を乗せた――はメイドを見ると可笑しそうに笑う。

「……その呼び名は古いものです。今は一介のメイドに過ぎません」

「……そうか、ではメイド殿とお呼びしよう、私の事は昔と変わらずカミオと呼んでもらってかまわぬよ」

「そうさせて頂きます、カミオ様」

「――ふはは、変わった様だが芯の部分は変わっていないようで何よりだ」

 カミオと名乗ったその男は楽しそうに笑った後、魔王の方を見る。

「こちらの席は開いておられるかな?」

 魔王の対面、誰も座っていない空白の四席目をさして言う。

 魔王は黙って頷くと、

「そうですか、それでは失礼して」

 男が席に着くのを見たのか、店員が注文を取りに寄ってくる。

 慣れた雰囲気で注文を終えると、メイドが席に着くのを見計らいカミオは口を開く。


「改めて、私はこの都市の議会代表を務めておりますカミオと申します、お見知りおき頂ければ光栄です」

 柔かな表情でカミオは自己紹介をする。

「低い姿勢ですが、中身は腹の底の見えない狡猾な方です、あまり信用し過ぎないようご注意下さい」

「ははは、これは手厳しい」

 メイドの指摘にしかし、さほど気にした様子も見せずカミオは笑う。


「さて、本題ですが、ここに私が呼ばれた理由ですが――」

 言いながらカミオは、ふいとカルと魔王を見る。

 そして魔王を見つめると、

「これはまた、随分と可愛らしい魔王様だ」

 愉快そうに笑いながら魔王の頭に手を伸ばすが、それをメイドが叩き落とす。

「無礼ですよカミオ様」

「おや、これは失礼……」

「名乗った記憶は無いが……何故私が魔王だと?」

 魔王の疑問にカミオは二度手を叩く。

「何簡単な事ですな、魔力量と流れを見れば一目瞭然ですから」

 至極当然、当たり前のようにカミオは述べる。

 が、それはもちろん当然の事などではない、魔力とは通常不可視だ、目に見えるものではない。勿論そう言った魔眼や特異体質が存在しないかと言えばそうではないのだが。

「……影武者とか偽物かもしれぬぞ?」

「その様なおかしな流れを持った生き物など、魔王様以外におりますまい」

 カミオは魔力だけでなくその流れが見えると言う。

 実は魔王も見ようと思えば場の魔力と言うものは見える、だが生き物の中に発生したり吸収された魔力の流れまでは見えない。

 文献でもそう言った能力を見た事は無い。

 ……流石に昔側近をしていた者という事か。

「魔王様、無駄な問答です。話を進めましょう」

 メイドの促しに魔王は黙って頷くと、腕を組み偉そうにふんぞり返る。

「確かに、私が魔王だ」


「ブフッ」

 メイドの反対隣のカルが吹き出した。

「いや、魔王様別に威厳とか無いですから……」

 威張った感じを出そうとした魔王の仕草に吹き出したらしい、口元を押さえて小さく震えている。

「確かに、魂は魔王として、随分と未熟な器であられる、まるで――」

 言葉の途中で、メイドのスプーンがカミオの首元に伸ばされる。その先端は氷に包まれ鋭く尖っている。

「カミオ様、言葉が過ぎます」

「これは、失礼。どうにも可愛いお嬢様だったものでつい」

 両手で降参のポーズをとりながら、カミオはある方向を指差す。

 そこには紅茶を四つ持って立ち尽くす店員がいた。

 丁度メイドがカミオを注意した瞬間に居合わせたのか、青い顔をしてオロオロしている。

 メイドは溜息を吐く、とスプーンの氷を散らし立ち上がる。

「新しい紅茶、ありがとうございます」

 笑顔で店員から紅茶を受け取る。

「あ、あの……」

「ご心配なさるような事は何も起こりませんので、お戻りになられて大丈夫ですよ」

「……あ、えっと、は、はい……」

 メイドの空気に店員は黙ると、一礼して足早にその場を後にした。

 ……あの瞬間を見てどうやったら今の言葉で納得できるのか。

 もっとも、思ってもそう言える雰囲気の相手ではないのは魔王もわかっているのだが。


「しかし改めて、あの魔王陛下の後継をあなたのような可憐なお嬢様が務める事になるとは」

「ほ、褒めても何も出んぞ」

「魔王様、顔が緩んでいますよ」

「やかましい!」


「それにしても――」

 ふっと周囲を見回した後カルが口を開く。

「隠れた護衛が四人とは、要人にしては警護が薄いのでは?」

「おや、お分かりになりますか? 彼らもまだまだですなぁ……」

 言われたカミオは困ったような笑みを浮かべる。

「そちらの貴方も只者ではないようだ。確かに、今私の護衛はその四人しかおりませんな」

「久しぶりだというのに、随分と信用されているのですね」

「はっはっは、分かっているはずなのに意地が悪い」

 笑い、紅茶を一口すすると、

「彼らでは護衛にならないのですよ。と言うよりも、メイド殿はご存知でしょうが、私より強い者はそう多くない。

 同じように議会の人間か或いは、それよりも上の者。つまりは魔王様かメイド殿クラスの人物になりますゆえ、私がやられる様な相手には彼らは歯も立たないのです。時間稼ぎの盾にはなるかもしれませんが……。

 そう言う意味で護衛と言う護衛はあまり必要無いのですよ」

「ふむ……」


 一呼吸、カルがノーモーションでナイフをカミオの顔に向かって投げる。

 しかしそれは寸での所でメイドに弾かれる。

「お、お前何をしているのだ!?」

 弾かれ、地面に刺さったナイフを見た魔王が、慌てて立ち上がる。

「まぁまぁ落ち着いてください魔王様、冗談なんですから」

 涼しげにそんな事を口にする。

 投げられたカミオは驚いた表情で固まっている。

「カル様、冗談が過ぎます」

「えー……メイドさんだってさっき同じ様な事してたじゃないですか……」

「私のはきちんと理屈が立っておりましたので。あなたのは唐突過ぎます」

「そうですかねぇ……意識の穴を指摘して上げてるだけなんですが……」

 肩をすくめながら立ち上がると、地面に刺さったナイフを抜き取り席に戻る。


「とまぁ、時代も人も変わりますから、あまり油断なさらない方がいいのでは? 使えるなら壁でも有用というものです」

 カルの言葉にカミオは口を端を歪めると、心底愉快そうに笑う。

「これは、面白い話だ。ふはは、長らく生きてきたが、人間に説教をされたのはメイド殿と合わせて二人目だ」

 額を抑え体を震えさせながらくつくつと笑う。

「何かそんなにツボにハマるような事言いましたかね……?」

「いや何、確かにどうにも、平和ボケし過ぎて慢心漬けになっていた用ですな、そちらの御仁、お名前はなんと?」

「カルヴァリア、ただの冒険者ですが今は魔王様のなんちゃって付き人をさせて頂いてますよ」

 悪びれる事なくさらりとカルは言う。

 ……ただのじゃないだろ絶対。

「ただの冒険者、それでただの冒険者とは! 世界は変わるものだな!」

 カミオも同じ事を思ったのか、わざとらしく驚いては愉快そうな表情をしている。

「こもって政ばかりしていると世情から離れてしまっていけませんな」

「どっかの魔王様と同じですね」

「全く全然隠す気ないだろ貴様」


「さて、中々楽しいお喋りを続けたいのは山々なのですが、後に仕事もつかえておりますのでね」

 カミオはそう言うと懐から三昧のカードを取り出す。

 一見すると冒険者カードと間違えそうだが、デザインや色合いが違う。

「こちら、メイド殿に頼まれておりました、この都市での永久登録証になります」

「永久! これはまた簡単に差し出しますね」

 カルが驚いた声を上げる。

「何だ、作るのが難しい物なのか?」

「そうですね、通常このような都市に入る際には、都市での登録を受ける必要があるんですよ。

 普通冒険者なんかだと、一時的に滞在を許可される仮登録証なんかがメインですね。一度都市から出ると取り直す費用がかかったりと不便なものですが」

「よくご存知で」

 カミオの言葉に「冒険者ですから」とカルは簡潔に答える。

「カルヴァリア殿が仰ったように、登録証は不法滞在者でないかどうかの証明書になります。この都市に居を構えるような一般から貴族のような方には通常の登録証を、これは定期的に更新する必要があるのですが。

 今回お渡しする永久証は、更新の必要がない物。文字通り持っていれば永久的にこの都市で活動する事が許される証明書になります」

「何やら難しい事を言っているが、結局これは簡単に手に入れれるものではないという事か」

「そうですね、都市に貢献した一部の人物や貴族などに与えられる物なので、一般にはあまり認知されていないものですね」

 ……そんなものをあっさり出すとは、特権恐るべし。

「……魔王様もそれくらいの権力は本当はお持ちなんですよ」

 こちらの心を読んだかのような言葉をメイドが投げかけてくる。


「では、カード右側に丸い部分が有ると思いますので、そこを親指で押してください」

 言われたままに三人は手にとったカードの丸い部分を押す。

 チクリと少し刺すような小さな痛みの後、カードの丸い部分、そこに走る細いラインを赤い色が走る。

 ……血液媒介の登録システムか。

 赤いラインがカード全体にあるラインを染終わると、カードにあった空欄の部分にはそれぞれの簡単な情報が表示されていた。


「お約束の品、どうもありがとうございます」

 メイドが頭を下げる。

「いやいや、これくらい知己のよしみ、大した事ありませんよ。それにこちらも、新しい魔王様にご挨拶が出来きましたので」

「そう、ですね」

 一瞬眉根を寄せ、よくわからない表情をしたメイドだったが、すぐにいつもの無表情に戻った。

「それでは、そちらも忙しい事でしょう、私達も宿などを探さなければならないので」

 そう言ってメイドが立ち上がると、魔王とカルも促されて立ち上がる。

「本日はありがとうございました。

 魔王様もほら、お礼を言ってください」

「お、え? む……ご、ご苦労であった……?」

「普通にお礼でいいんですよそこは……」

 溜息を吐くメイドに苦笑するカル、それを見てカミオは再び笑った。





 三人が立ち去り、一人になったテーブル席に腰掛けたままカミオは足を組み、肘掛に置いた腕で頭を支えながら随分と愉快そうにクツクツ笑う。

 しかしその声は人の彼の口からではない。

 彼の肩に止まる小さな鳥から聞こえてきているのだ。

「……しかしまぁ、あの魔王陛下がタダで死ぬとは到底思っていなかったが、成程成程、面白い置き土産を残していくものだ」

 鳥の嘴の根元が釣り上がるように歪み、目を細める、まるで人が笑っているかのように。

「『置き土産』なのかどうかすら怪しいがまぁ、この時勢と言うのも……楽しくなるかもしれんなぁ」

 周囲はその様子に反応する事もなく、そして鳥もそれが当たり前のように、誰に言うでもなく一人呟いていた。

いつもどおりの一発書きなので誤字脱字、構成のおかしな部分があるかもしれません。もしありましたらご連絡頂けたらと思います。

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