私は生まれた
「くぅー……!」
都市メルウス駅内、列車から降りた魔王は思い切り背伸びをする。
隣には荷物を持ったカルが立っている。メイドの姿は周囲には無い。
先に列車を襲撃した集団の引渡し手続きに行ってもらったのだ。
数時間ぶりの外の空気を楽しみつつ、周囲を見渡す。
都市というだけあり、駅の大きさだけでもソシラーヌとは比べ物にならないほど大きい。
車線が二本しかないソシラーヌと八本あるメルウスを比べる方がそもそも間違いなのかもしれないが。
列車は定刻発車だというのに、構内には忙しなく人の往来がしている。
至る所に人影があり、警笛や列車の金属音、人々の喧騒が魔王の耳に入ってくる。
「うぅむ、これが都会というものか……」
「そうですね、魔大陸の流通の基盤となる二つ目の都市ですから。どうです? ご感想は」
「うーむ……」
魔王は目を伏せると、整った顔をなんとも言えない渋い表情に歪める。
「なんというか、こう、煩いな……」
「ははは、それは仕方ないですね、人が多いんですから。
それにここは駅構内ですから余計うるさいとでしょう、外に出ればもう少しは静かになりますよ」
「少し、というと結局うるさいイメージが湧くのだが……」
「人通りの多い繁華街などはどうしても。普通の場所でしたらそんな事はないですよ」
「そうなってくれると助かるな……このやかましさがずっと続いたら頭痛になってしまいそうだ」
「それは、流石に私もここにずっといたら疲れますよ」
額を押さえる魔王にカルは苦笑する。
「お二人とも、手続き終わりましたので、行きましょうか」
そこに、引渡し等の手続きが終わったのか、メイドが現れる。
「おや、終わりましたか?」
「えぇ、つつがなく」
そう言ってメイドは渋面の魔王に目を向ける。
「……とりあえずここを出ましょうか、特に長居する理由もありませんし」
「そうですね」
「んむ」
駅の出口、左右に大きく広がった階段を下りていると、メイドの肩に一羽の白い小鳥がとまる。
「おや? メイドさんそれは……」
「あら、思ったより返事が早かったですね、こちらから出向く事になるのではないのかと思っていたのですが」
そんな事を口にしながら小鳥に手を伸ばすと、それはまるで花びらが散るかのようにバラバラ崩れ出すと、一枚の手紙になる。
「それも魔法ですか」
カルは初めて見たのか、驚いた様子でそれを見ていた。
「召還魔法系の一つですね。手紙に魔力を与えて変形させて、任意の相手に届けるものですが、最近はあまり使わないのかもしれませんね」
「私も知らんな。古い魔法なのか?」
魔王の言葉に顎に指を置き、一瞬思案するような素振りを見せる。
「そうですね……そこまで古くはないと思いますが、最近は短距離で即座の連絡可能な通信石等がありますので、あまり出番がなくなってしまったのでしょうね」
魔力コストも高いですしね、とメイドは続ける。
「難しいのか?」
「いえ、仕組み自体は感嘆なので、魔王様も覚えようと思えばすぐ使えるようになるかと」
メイドが手紙の封蝋を指で軽く弾くと、封蝋はキラキラと輝く細やかな氷の結晶になって砕け散る。
「で、その手紙の相手はさっき言っていたこの都市の治政者の方ですか?」
「そうですね、と言ってもここは議会制ですのでその一人、代表の方ですが」
「……父上の側近だったとか言う者か?」
「そうですね、私も会うのは久しぶりになります」
「そういえば、メイドさんは既知なのに魔王様はお知り合いではないんですね?」
ふとした疑問をカルが口にする。
「うむ、知らぬ。と言うかその……非常に言いにくいのだが……」
言いながら魔王は少し顔を赤くする。
「なんです? 愛の告白ですか?」
「死ね! その、言いにくいのだが、私の知り合いというのはお前達二人くらいしかおらぬ……」
「え、魔王様もしかして……」
カルが驚いたように口元を押さえる。
「な、なんだ……」
「ボッチですか?」
「ボッチですね」
魔王より早く答えたのはメイドだった。
「やかましいわぁあ! 大体あれだ、そもそも気付いたら周りにメイドしかいなかったのだから仕方ないではないか! 不可抗力だ! 私は悪くない!」
「なんかどっかで聞いたようなセリフを……と言うか何の言い訳してるんですか」
赤面しながら吠える魔王にカル「冗談ですよ」とヒラヒラと手を振る。
「まぁ、魔王様の仰られる事にも一理ありまして――」
「珍しくメイドさんがフォローを……」
「私はいつでも魔王様の味方ですが?」
「え?」
「なんですか魔王様、その意外そうな顔は。
まぁいいでしょう、先ほどの魔王様の話ですが、一応理由もありまして、魔王様が生まれる前、大戦終結後に前魔王様の計らいで、私以外の家臣は全て他の場所での仕事をする形に取り決められていたのです。なので魔王様が物心ついた時には私しかん残っていなかったのだと」
「……父上の采配だったのか」
「しかしまた、何故そんな事を? 慣れ親しんだ配下なら手元に置いておいた方が何かと便利だとは思うんですが?」
カルの言葉に同じく魔王も首をかしげる。
「そうですね……あの方はあまり『魔王』という座に権力を残しておくことはすまいとしていましたので。
各町や都市の統治も、貴族の領主統治から議会制等の統治になれば必然的に人員がいりますので、そこに家臣達を送る事で安定化を図る、と言う狙いもあったようで」
「成程……」
「まぁ結局魔王という座と権力は弱いながらも残ってしまいましたし、それをあの方がどう考えて居られたのかは私にはわかりませんが――」
「……」
「けしてあの方は魔王様に不幸や面倒事を、そういったモノを与えようとしたのでなく、むしろ、そういったモノから遠ざけ、魔王様に平穏に過ごして頂く為にそういった事をしたのだと、そう思って頂ければと」
「……ふん、わからないと言いつつわかった様な事を言っているではないか」
「……そうですね、出過ぎた事、不快な事を申し上げたこと、申し訳ございません」
そう言ったメイドは深々と頭を下げる。
普段目にしない光景にカルは驚くが、茶化す雰囲気でもないのか、特に何も言わない。
「……別に出過ぎでも不快でもない、気にしてないから頭を下げるな」
バツが悪そうに魔王はメイドから視線をそらしながら言う。
「そうですか?」
「そうだ、それに、その、不快と言うよりはむしろ……」
「それになんでしょうか?」
「なんでもない、なんでもないから気にするな」
「……そうですか」
頭を上げたメイドは魔王の反応を見て、軽くその頭を撫でる。
「な、何をするか」
「いえ、深い意味はありませんが?」
「や、やめぬかカルが見てるであろう! 子供扱いするなぁあ!」
「……ふふ、まだまだ子供ですよ」
頭を抑えて顔を真っ赤にしながら逃げた魔王を見て、メイドは小さく笑う。
ごく自然に。
「くっ、まったく……子供扱いしおって……」
頭を押さえながら、しかしその温もりに僅かな後ろ髪を引かれつつ魔王はメイドから視線を外す。
「しかし……」
そうか、と思う。
母親の顔は見た事がない、父親たる前魔王は自分が生まれた時には既に没していたとメイドに聞いた。その顔は肖像画やそういった数少ない物で見た事があるだけだ。
魔王自身の中には両親等という感覚はほとんど無い。
が、それでも、
「良かったですね、魔王様」
カルの言葉に振り向く。
「……何がだ?」
「ちゃんと想われて生まれてきたことがですよ、魔王という存在以前として」
「な、何を、馬鹿な事を」
顔が熱くなるのを感じながら魔王は目をそらす。
そう、見た事もない会った事もない親という存在だが、それでも自分はどうやら、
……願われては、いたのか。
そう思う事は決して悪い事ではないはずだ。
「ですから、魔王様はもっと魔王としての威厳と尊厳とプライドを持たれて下さいね」
「む、ちゃんと持っているぞ?」
「……えぇまぁ、もっとらしくなられるよう、私も善処させて頂きたいと思います」
「何だその間は」
そうそう、とメイドが魔王を見る。
「これから会う方、件の元側近、現議会代表の方ですが、あちらも魔王様に会うのは初めてですので、くれぐれも失礼の無いようにお願いいたしますね?」
「それは勿論だが」
「私は空気になってればいいんじゃないでしょうか?」
「カル様も、お願いいたします」
とぼけるカルをメイドはたしなめる。
「はぁ、まぁ仕方ないですね、頑張って出来たお付きのフリさせて頂きますよ」
「……もし恥をかかせて下さった場合は、心のこもったお仕置きをさせて頂きたいと思いますので、魔王様充分にご注意下さいね」
「何故私にピンポイントでいうのだ、と言うかそれ理不尽……」
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