正義の鉄拳
クリハの顔は真っ赤に染まっていた。それは夕焼けが当たってのような素敵な理由ではなく、彼の浴びた返り血によってだ。
彼の目には確かに血を吐き出している屈強そうな男の顔が見えている。それでも彼は男を全力で殴り続ける。辺りには男の血が散っている。
殴打した時の鈍い音が橋の下に響いている。その音は確実にクリハの耳にも聞こえているだろう。それでも殴るのをやめない。
クリハは七十発目のパンチを男の右頬に全力で打ち込もうとしたその時、
「もうやめてください!!」
殴る時の音よりも大きな、涙声の少年の声が橋の下に鳴り渡った。その瞬間、クリハは男を放した。
その場に倒れた血みどろの男は呼吸こそしているものの、目を閉じまま動かない。
そんな男を一切気に留めず、クリハは泣き顔の少年のもとへ歩み寄り笑顔で言った。
「また、お金を取られそうになったらいうんだぞ」
「うん!」
声こそ元気だったが、少年の顔は引き攣っていた。
その少年の顔に傷つきながらも、笑顔を崩さずクリハはその場をゆっくりと立ち去った。
少年の目からクリハの姿が消えた頃、少年は倒れたままの男を横目に見ながらそこから逃げるように走った。
クリハは決してならずものではない。むしろ正義に生きる男だ。殴る相手はカツアゲ犯やいじめっ子など、悪事を働いている奴ばかり。しかし、彼には節度というものがない。彼は誰かに止められない限り、正義の鉄拳をふるい続けるのだ。
「ただいま~」
屈強そうな男を簡単に倒すクレハでも、普通の一軒家に住んでおり、普通に家に帰り、普通にご飯を食べる。
「アンタ、その服血で真っ赤じゃないの!もう喧嘩はやめなさいって何度も言ってるじゃない!今度こそ退学になるよ」
そして普通に親から叱られる高校生だ。
「いいんだよこんぐらい」
それだけ言って二階にある彼の部屋へ向かった。
クリハはドアを強く閉めた。そして椅子に座り、壁に掛けられた制服を見つめた。
「明日で停学解けるんだよな……。一週間って結構長かったなぁ」
彼は一週間前、学校でも鉄拳制裁を行い、相手の生徒に全治一週間の怪我をさせた。その結果自宅謹慎処分とされたが、彼はその処分を無視して毎日外を歩いている。
「ご飯よ~」
下から母の声が聞こえた。クリハは舌打ちをしてから階段を降りた。




