うちの兄が失恋したらパワーアップした
「鬱だ死のう」
そろそろ梅雨に入り雨が鬱陶しくなってきたある日。
学校が終わり帰宅しリビングに入ると、茸が生えてきそうなくらい落ち込んだ兄が、刃物を手首に押しあてていた。
「……お母さんただいまー」
「スルー!? 事情聞くとか止めるとかないの!?」
「チッ」
めんどくさいから無視しようとしたのに、兄が構ってオーラを迸らせながら絡んできた。
というか止めるも何も……。
「そのピーラー(皮むき)で死ねるもんなら死んでみなさい」
「が、頑張れば切れる……よ?」
「因みに手首切っても案外死なないらしいわよ。切るなら首ね」
ピーラーで首切断。成功すればある意味伝説になれるだろう。ただしもれなく死ぬ。
「アユが冷たい。小さい頃はお兄ちゃんお兄ちゃんって付きまとってたのに。あの頃のアユはどこにいったの!?」
「川の上流にでも泳いで行ったんじゃない?」
「その鮎じゃない!?」
どうやら夕食の手伝いをしていたらしい兄からピーラーを奪い、皿の上に転がっている根菜類の皮をむいていく。
兄に付き合う暇はない。私は早く夕食が食べたいのだ。
「アユが冷たいー、でも可愛いー」
「兄さんキモい」
「……」
あ、机に突っ伏して動かなくなった。ウザいとはいえ言いすぎたかもしれない。
「……お兄ちゃん大好き」
「僕もアユが大好きさあぁ!!」
「男爵フラッシュ」
「ポテト!?」
小声で言ったのに即座に反応して起き上がってきた兄さんを、まだ皮をむいてないじゃがいもで迎撃する。
別に私も兄が嫌いなわけでは無いんだけど、この浮き沈みの激しい所は何とかならないだろうか。シスコン拗らせなきゃ普通にカッコいいのに残念すぎる。
「はあ。それで、何で落ち込んでたの」
「落ち込んだのはアユの……いや、あのね、お兄ちゃん好きな人ができたんだ」
「おめでとう(棒」
「うん。ビックリするくらい感情のこもってない祝福ありがとう」
だって興味ないし。
いや、私にべったりだった兄がようやく恋をしたとなれば興味は少しあるか。一体どんな人を好きになったのか。
「うん、斎藤カナコさんていってね。ちっさくていつも元気な小型犬みたいな可愛い人だよ」
「その人にフラれたわけね」
「何故分かった!?」
何故も何もさっきの落ち込みようを見れば誰でも分かる。
「で、どんな酷いフラれ方をすれば、あんな鬱陶しい落ち込みかたになるの?」
「……アユもしかして僕のこと嫌い?」
「ティッシュの最後の一枚くらいには大切に思ってるわよ」
「詰め替え可能!?」
ちなみにうちのリビングには、私が家庭科で作った猫のティッシュ入れが鎮座している。中々可愛くできたお気に入りだ。
「アユが可愛くないのに可愛くて辛い。斎藤さんもこんな気持ちなのかなぁ?」
「何でそこで斎藤さんとやらが出てくるの」
「彼氏作るくらいなら弟と一緒に居たいって断られた」
「うわぁ……」
何そのブラコン。うちのシスコンがまともに見え……いや、やっぱ見えない。
「でも仕方ないよね。僕だってアユと斎藤さんどっちか選べって言われたら悩むし」
そこは斎藤さん選べよ。どんだけ私が好きなのこの兄貴。
「ならまずは弟さんと仲良くなれば?」
「それだあぁ!」
私のてきとーな提案を聞くなり、名案とばかりに立ち上がり拳で天を突く兄さん。もうそのまま一片の悔いなく逝ってくれないだろうか。
というか斎藤さんの弟さんごめんなさい。明日辺りから妹の私ですら扱いに困るウザい男が君に絡みに行きます。
結果から言えば、兄さんと斎藤さんは兄さんがシスコンを暴露した結果意気投合し、付き合ってるかは微妙だけど仲良くはなった。
しかしお互いの弟妹まで可愛がるようになり、私と斎藤弟の心労が増したのは誤算にも程がある。
自重しろこのシスコン、ブラコンども。