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あやしよにふる

春来鬼

作者: あんみつ

「また今年もあたいが鬼かよ・・」

九十九一村に住む鬼、陽炎は眉間に皺を寄せながら不機嫌そうにぼやいた。

「だってこの村に鬼っつったら陽炎ねーちゃんしかいねーもん」

すると傍にいた少年から至極真っ当な答えに、陽炎の表情がますます険しくなる。


節分の日の夜である今晩、九十九一村では毎年恒例である豆撒きが行われる。

彼らがいるのは村の中心にある広場。すでに村人の殆どが手に豆の入った升を抱え持ち集まって、

談笑をしていた。その中で升を持っていないのは陽炎ぐらいなものだ。

「うっせクソガキ。お前に言われなくてもわかってるっつーの」

クソガキ呼ばわりされた少年は、彼女の突き放したような返答に少しだけ眉根を下げた。

「・・もしかして、やりたくないの?」

先程までの軽い口調から一転、子供の声は不安げに揺れていた。

「別に、そういうわけじゃねーよ」

ぶっきらぼうに返し、誤魔化すように少年の頭を乱暴にわしわしと撫でる。


けれど本当は、陽炎はこの行事はあまり好きではなかった。


豆撒きの鬼役。

最初は村人に「もしもよければ」と頼まれて、日頃お世話になっていることもあり何か恩返しができたらと思って引き受けたものだった。実際村人は楽しそうに豆を撒いていて、少しは自分も役立てたと陽炎は嬉しく思った。

けれど。

毎年繰り返すごとに、思い出したくない記憶が頭をよぎる様になっていった。


「鬼は外。福は内」「鬼は外-」

出ていけ 鬼は出ていけ

鬼の成りそこないのお前は出ていけ

一族から出ていけ

お前はいらない 

お前なんて必要ない

鬼の一族から除け者にされ排除されそうになった記憶が、豆を撒かれ皆から追われることでじわりじわりと思い出されていった。

けれど今更、「やめたい」とも言えなかった。

毎年この行事を楽しみにし、「今年もお願いできる?」と言われたら、断ることもできなかった。

陽炎にとって大切な村の人だから。大好きな村の人達だったから。

こんなことで困らせたくない。皆の役に立てるのなら、これぐらいできて当たり前じゃないか。

そう毎年自分に言い聞かせ、思い出す記憶に必死で蓋をした。


「じゃあ、そろそろ始めましょうか」

その一声に、陽炎はふっと我に返った。村長が点呼をとり、村人全員が広場に集まったことを確認し終えたらしい。

「皆、準備はいいか?」

その言葉に皆が一斉に頷いた。陽炎も合わせて小さく頷く。

「・・では、鬼はー外!」

ぱらぱらと陽炎目掛けて豆が飛んでくる。

それらの豆を避けるようにして、陽炎は走り出した。

この村の豆撒きには手順がある。

まずは鬼を追って豆を撒きつつ、「鬼は外」とだけ言いながら一軒一軒各家を巡る。

全ての家を巡り終わったら鬼は一度村の外へ逃げていく。鬼を村の外まで「追い払う」と、今度は村の外から中へ、「福は内」とだけ言いながら豆を撒く。そしてもう一度全ての家を巡って、最後に広場に戻って豆撒きは終了だ。

「鬼は外ー」の声を背中に受け豆を撒かれながら、陽炎は例年通りの経路を通って村の門を潜り外へ出た。彼女を追って村人がぞろぞろと賑やかしく村の門を潜り、やがて皆が村の外へ出た。

これから福を呼び込むため、村の内側へ向かって豆を撒いていく。

但し鬼役である陽炎の役目はそこまでで、豆撒きが終わるまでしばし門近くで待機することになっている。

今年もまた終わった。と、小さく溜息とも安堵とも取れない息を吐きながら陽炎は門にもたれ掛かりながら、村人達の様子をぼんやりと眺める。


「福は内ー!」

最初の一声。

「鬼も内ー!」 

陽炎の腕を誰かが掴んだ。

よくよく見れば、その腕を取ったのは先程陽炎に訊ねてきた少年だった。

周りが「福は内」と言う中、子供だけは「鬼も内ー!」と声を張り上げて叫び、驚く彼女をぐいぐいと引っ張っていく。

その様子に初めは首を傾げた村人も、やがて子供につられて「福は内、鬼も内ー」と声を上げた。

「なんであたいまで!」

混乱しきった陽炎は、腕を掴んだままの少年に怒鳴るようにして訊ねると、「だって」と子供は走りながらくるりと身を翻し、言った。口元には無邪気な笑顔を添えて。

「だって、鬼が全部悪い奴なわけじゃないだろ!陽炎ねーちゃんは村を守ってくれる良い鬼だ!

良い鬼は福と一緒に入ってこないとおかしーじゃん!」

「ほら、陽炎ちゃんも一緒に!」

隣に走り寄ってきた女性が、自分の持っていた升を空いていた片手に置いた。

「ごめんね、陽炎ちゃんも一緒にやりたかったわよね」

「べ、別にあたいは・・」

けれど、それ以上の言葉は出てこなかった。陽炎が升を持っていることに気が付いた少年は、掴んでいた彼女の手を放す。

自由になった手を升の中に突っ込み、中に詰まった豆を握り締めた。

同時に、胸が大きく高鳴った。自然と口の端が持ち上がる。

胸の奥から今までずっと沈んでいたものが湧きあがる感覚。

-鬼が一緒になって福を呼ぶなんて、変な話だ。

そう自嘲的に思いながら、陽炎は豆を思い切り空へと投げた。


「福は内ー!鬼も内ー!」

「福は内ー!陽炎ねーちゃんも内ー!」

「陽炎お前力入れすぎ!障子に穴空いたぞー!」

「陽炎姉ちゃん、今度あっちに投げよ!」

陽炎を囲み、沸き起こるお祭騒ぎ。


「やれ、随分賑やかな豆撒きだのう」


その様子を、魅楼は村の隅に建つ小屋の屋根から呑気に眺めていた。

2つの尾をゆらりゆらりとしならせながら、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。

「しかし、良い表情で投げておるのう」

彼の視線の先には、久方ぶりに見た陽炎の笑顔があった。 


 *  *  *


翌日、九十九一村では各家の小さな補修作業が行われた。

力いっぱい投げられた豆で、家の壁に穴が無数に開いてしまったためだ。

「陽炎ねーちゃん、気合い入れすぎ」

トンテンカンテンと板を釘で打ちつけている陽炎の傍で、少年が悪戯っぽくにやりと笑う。

「うっせークソガキ。突っ立ってんならお前も手伝え」

「しょーがないなあ」

そう言って隣に立つと、僅かに身長の高い彼女を見上げた。

「でも、楽しかっただろ?」

「・・まあな」

少しだけ間を置いて、やがて意を決した様に少年は真っ直ぐに陽炎を見た。

「来年も、一緒にやろうね」

金槌を振るう手を止め、陽炎は少年の方を向くと口の端を持ち上げた。

「おう」


春の日差しの中で、鬼はぎこちなくも嬉しそうに微笑んだ。

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