第一話 一軒のバー
一軒の普通のバー。その前をうろつく一人の男。
彼の名は渡辺 敦。年は26と若いが、かなり老けて見える。30半ばと言ってもおつりが来そうだ。
彼がこのバーに来たのは、酒を飲むためではない。ここに来る理由となったのは、ちょうど一週間前に、中学時代の旧友と出会ったことであった。
一週間前、渡辺のアパート。
「それにしても久しぶりだなぁ」
一人の男の声。声の主は、中村という男である。渡辺と同年齢であるが、渡辺とはぜんぜん違う。若々しく、雄雄しく、知的な雰囲気を漂わせている。
「ああ、今日駅前でお前に会った時は驚いたよ。中学の卒業以来だもんなぁ・・」
渡辺はそう言いながら、瓶ビールを何本か、テーブルの上においた。
二人はテーブルを挟んで座り、晩酌を始めた。
「中村、お前、仕事何してんだ?」
「あぁ、こういうのだよ。」
中村は財布から名刺を取り出した。
「うっわっ・・お前社長かよ・・」
渡辺は中村の名刺に書かれた肩書きに目を丸くした。
「結婚はしてるの?」
「ああ。」
中村は今度は一枚の写真を取り出した。
中村とその妻らしい女性が幸せそうに笑っている。中村の奥さんはなかなかの美人で、スタイルもよかった。
「・・お前はすげぇなぁ・・」
渡辺の心からの叫びであった。
渡辺はふつうのサラリーマン。彼女はできたことがない。当然結婚もしていない。
この狭いアパートの一室には勝ち組と負け組が同居している。
渡辺の発言で空気が重くなった。
中村はしばらく黙っていたが、ふと思い出したように、手帳を取り出し、何かを書き始めた。
「・・何してんだ?」
「ちょっと待ってくれ・・。」
中村は手帳を一ページ破り、渡辺に渡した。どうやら何かの地図のようだ。
「何の地図だ・・?」
「俺の友達で、バーを経営してる奴がいるんだけど、そいつ、ある副業をしてるんだ」
「ある・・副業?」
「今のお前にピッタリだと思うから行ってみろよ」
「どんな副業だよ?」
「まぁ・・うまく説明できないから、バーのマスターに聞いてくれ」
「ふぅん・・」
渡辺は地図を眺めた。
「あっ、そうだ。このことは絶対に誰にも言うなよ。俺もあまり言うな、って言われてるから。」
「・・極秘の商売なのか??」
「まぁ、そんな感じだ」
極秘・・危険そうなにおい・・それは渡辺を惹きつけた。
渡辺は迷った挙句、バーのドアに手をかけた。