カースドライン編 一章
堤防の草と葉の一枚、涼風に靡く。一枚の葉は吹かれるがまま顔に重なった。
中学校、入学式。服装が統一され、勉強や身の振る舞いのレベルが上がる最初の日に川のせせらぎに耳を傾け、燦々の陽の下を渡る雲を眺めて時の流れを感じる……とても有意義とは言えない。
友達と呼べる者、仲間と信じる者がいる。それでも一人でサボることに少しの罪悪感はあるものの、この世のルールというものに縛られるのは自身の喪失に繋がる気がした。
遠くの林から流れ着いたであろう葉を顔から離す。俺もこのまま価値観を更新しない限り、いつかはしがらみから弾かれて孤独になるのだろうか。
一人語りは得意だ。日暮までいつまでも考えてみせよう。それが楽しいかどうかは俺にも分からないが……。
……草の根を踏む音が近付いてくる。この時間にやってくる人なんざ、きっと碌なやつではない。普通は補導員だろう。
甘い香りが濃くなり、顔に影が被さった。俺を覗き込むのは大人ではない。赤いが……品のあるあけ色の髪が揺れている。
それは世にも美しい少女だった。日本において奇抜な色をしてはいる。しかしながら我が国にふさわしい和のイメージを連想させた。
朱の髪、桃の目。不思議なものだ、ルールに従っていれば絶対にない出会い方が、失っていた未知への興奮を呼び覚ましてくれた。
「……おサボりですか。私もです。何故だか後ろめたくなってしまって」
「ん……? よく見たらうちの制服じゃないか」
外に出ていれば、これから通う先の学校の制服を見掛けることもある。でなくとも、制服が届いたばかりの仲間の心巳【うらみ】という少女がいの一番に俺にその姿を見せに来た。
見た目だけは誠実そうに見えるというのに俺と同じように道草を食うとは、やはり人は物のように定められた存在ではないのだろう。
しかし困った。折角話しかけてくれてはいるが、こちらには掛ける言葉が無い。天気や勉強や遊び、そのきっかけとなる話題に彼女は当てはまりそうにないのだ。
「不思議です。私、結構人見知りでして」
「……そう見えるよ。雰囲気が特別な感じがするから」
「駄目ですね……子供は子供のフリをしないと、もう子供には戻れないのですから」
気恥ずかしいとは思っていない。本当にそう思っているからこそ彼女は三角座りのまま、ただ空を見ていた。
やはり、初めて会った人には踏み込んだことは言いづらい。俺に何を求めているのか、おぼろげながら理解できていても。
「一年五組の和々切占七【おわぎりせんなの】さんですよね」
「よく分かったな」
「出席表を確認しましたから。それに、占七さんって感じがしました」
……和々切さんとは呼ばれるが、今まで占七さんなんて呼んだ人は居ない。
「私は雛菊あかみです」
「あかみ? 随分とストレートな名前だ」
「髪の色だけではありませんよ。亜鉛の亜に神様の神で亜神です」
「大袈裟だな」
「さて、それもどうでしょう」
風は穏やかに吹いている。彼女が手のひらを上に向けると、一枚の葉がひらひらと乗る。それをもう片方の手で払うと葉は落ちることなく天へいつまでも飛んでいった。
「名前にはそれに相応しい力が宿る。いつもそれを信じさせてくれる人生でした」
「俺にもその力とやらが欲しいところだが」
「……私は学校に行きます。占七さんはここに残り続けますよね」
「ああ」
「冷たい人」
春の風は暖かい。亜神は俺を一瞥したのち、障害のない道を進んだ。
向かう先は先杭花中学校。彼女はその先から走ってくる少女とすれ違いながらその姿を消した。
「占ちゃーん! もー!」
大声だ。その走っている少女は俺を見つけ次第すぐに声を掛けた。
闇のような見る者に冷たさを感じさせる長く黒い髪。だからこそ映える黄金の満月のような瞳。間違いない、美しさに頓着させなくさせた張本人である壇塚心巳【だんづかうらみ】だ。
「探したんですよ! どうして来ていないんですか! 一生に一度の中学校の入学式だというのに!」
「入学式は終わったのか?」
「抜けて来たんですぅ!」
心巳は華奢な腕で俺の首根っこを掴んで立たせ、腕を引っ張って学校へ引き摺っていく。
「可愛くない奴。ナーバスな気分でイベントに参加できねぇよ」
「そういうのは今会場にいる人達のことで、占ちゃんのはアンニュイだってんです」
「はいはい。もうそれでいいぜ」
「良くないから行くんですよ! 分かりましたか!」
「ああ」
駄目な奴だ。こんなのに嬉しいと思ってしまったなんて、いじけた犬かよ。
他に親しい奴ならお前はそういう奴だよなって勝手に納得して、そういう俺に暇があれば話し掛けてくれるものだが、心巳だけは特別だ。彼女は俺にとっての可能性なのだ。
叶うならば、心巳の苦労が報われる日を願う。
やがて彼女は彼女の手に俺の重みが感じられなくなった後にすぐに離し、俺の隣に立って笑みを向けた。
「こうして一緒に居るのも長くなりますね」
「二年くらいだろ。まだまだだよ」
「それは文田さんや維崎さんと比べれば幼馴染とは言えませんが、質で言えば私達の方が深いと言えるでしょう」
「よくもまぁ俺なんかと関わろうと思ったな」
「占ちゃんから話し掛けて来ましたよね」
「俺以外との関係を築こうとしないからだろ」
「嫌なら断ればいいじゃないですか」
嫌じゃないから言葉に詰まる。心巳が積極的に関わってくれなければ、延々と空でも川でも眺めて時間を潰しているだろう。
未来を考えなければならない。親しい仲間の心巳に関してだけ行動しても特に問題はないだろうが、俺には自分をどうしたいかという欲が無い。心巳が消えてしまった場合、俺はどうなってしまうのだろうか。
返答がないと判断した彼女は、話の切り替えを示すかのように人差し指を自分の顎に当てた。
「昔話でもしましょうか」
「珍しいな、心巳が過去を語ろうなんて」
「そうですね……この地に来る前は女の子ばかりの女子校に居ました」
「小学校の女子校か? 珍しい所に居たんだな」
「それはもう厳しくてですね、人格否定や成績格差でのいじめ、果てにはカースト制度みたいなものがあって上の者の命令には絶対厳守など、夢のない社会があったんです」
「それは……教師が止めるべきだろう。保護者だって注意するべきだろ?」
「常識が別物でしたからね」
「心巳は……その……カーストでは下の方だったのか?」
「私がそのように見えますか」
「運だけは悪いからな、お前」
「安心してください。そこでは私がトップクラスでしたから」
話が上手くてなんでも卒なくこなし、頭も良くて運動もできる。欠点の見当たらない彼女が低いはずがない。しかし、そうだとしても幸せそうに見えないことが不安だった。
「けれど嫌でした。下の人はみんな私を尊敬し、私の言うことなら全部信じ、愛されているというのはこういうことだと叩き込まれていましたが……私は上よりも、地獄のような下の世界でもがいてみたかった」
「お前の言う下ってのは、酷いところなんだろ? なんでなりたい」
「世界よりも自分なんです占ちゃん。他人に対する優しさを失ってしまうことが私にとって何よりも恐怖だったからです。だから、占ちゃん──」
心巳は俺の裾を引っ張って、急がなければならないはずの道で止まった。
「こんなどうしようもなく優秀な私が好きな占ちゃんが、こんなところで立ち止まって苦しんでいる姿なんて見たくありません」
「心巳……」
「やり残したことをやり遂げるんです。進みましょう……もっと未来へ!」
……望むもの、それは常識によって阻まれている。常識という公式が行動の結果を予測し、知識欲や達成感などあらゆる生きる意味を奪いとっているのだ。
奮い立たせようとする心巳は……きっとそんなものを置き去りにするような、とてつもない期待を向けている。
俺のことを分かっていて、その成れ果ての姿に同情して、だったら行けるところまで走れと言ったのだ。
俺は男なのだと強く自覚する。女に応援されて、悔しくて溢れんばかりに力む体がムズムズとする。このまま止まることの方が酷だ。
妥協しよう……俺はまだ人間ではない。鞭で叩かれないと動けない怠けた馬でしかない。言われるがまま従って、その先の答えを手に入れるしかない。
「捕まってろよ……!」
心巳の折れてしまいそうな程に華奢な体を抱き上げる。
きゃっ、と突然の奇行に驚きの声をあげられるが構いやしない。
制限していた弛んだ足の感触を取り戻すためにアスファルトの地面を強く二回踏み、削れた砂利が埃を噴き上げながら彼方まで飛んでいく。
「そんなことをしたら、占ちゃんの居場所がどんどん──きゃあああ!」
──走った。
飛ぶ桜の花より、車道を痛快に走るバイクより、レールを滑る新幹線よりも速く。文明を悉く破壊し否定する力は人ではない。
言うなれば……無の先だ。
「あは、一分も経たずに学校が見えてきましたね!」
「ああ」
学校の野球用のバックネットを飛び越え、着地で砂と土を撒き散らせ、入学式会場の体育館前まで走り終えた。
この程度で胸が高鳴ることはない。なんの感動もなく、達成感さえ微塵もない自分に生の実感などあるはずもない。
手に感じる女の体。まだ飽きは来ていないが……道理に適わない手段で触れた所で遠慮してしまうだけだ。
俺の手から離れて地に足を着ける、その動作全てが美しい。俺の能力について何も言わず、恐れることなく俺の手を掴むと体育館の扉を勇ましく開いた。
校長らしき初老の男性が演台で終わりの句を述べているようだった。入学式が終わってしまう前に、早足で生徒達の間を通り抜け、一番前に空いている一つの席に俺と心巳は入った。
俺は座ったが心巳は俺の斜め前に立っている。勿論ながら保護者、教師、生徒の数百を越える者の中であまりに目立ち、控えたくなるようなことを平然とやっている。
信用していない、あるいは信用しているからか、俺がこの今際の際でさえとんずらすると考えているからだ。
数分経たずして、起立の号令が響いた。俺の隣の知らない男子生徒の邪魔にならないように俺の懐に体を寄せて邪魔をしてくる。
一体なんだというのだろうか。こんな行事になんの価値があるのか。思い出に残るとでもいうのか。俺はこんな事の為に今まで生きて来たのか。なにかに役に立つのだろうか。
歌われるのは『君が代』。日本の平和を願っての歌。しかし、何故俺が日本の為に歌わなければならないのだろう。
意味があるとすれば……どこか遠い国からやって来たような、心巳という一人の少女が真剣に大きく歌っている姿が、これに価値があるように思わせてくれたことくらいだった。
そして聞き覚えのある声が背後から聞こえる。振り向くと心巳と同等に目立つ朱の髪の少女が、こんな茶番に対して必死の形相で歌っていた。
とてもではないが……俺は何かに従うことに変な理不尽を感じて付き合ってやれることができないのだった。
「まさか、僕が中学生になれるなんて思わなかったよ。義務教育だからって、どこか遠いところの存在だとばかり思っていたからね」
「ここは日本国なのです。子供は学校に通えるのですよ」
「いやぁ、なんか恵まれてるなぁって。手映咲【てえさ】にも出会えたしね」
「まぁお兄様」
俺と心巳の横で朗らかに話し合う友達の文田【ふみだ】と手映咲。こちらが一歩進めば一歩進み、一歩下がれば一歩下がる。どうやら俺とつるみたいようだ。
式が終わっても大多数の生徒とその保護者は帰ることはなく、記念に写真や動画を撮る為に校舎の前や正門の横に集まっている。
俺と心巳はなんとなく玄関の外の端の壁に背を預け、人の流れを見ていた。
俺の周りには仲間の壇塚心巳、友達の文田狩縷【かる】とその義妹の楚園宮【そぞのみや】手映咲、維崎色図【いざきいろず】という真紅の髪と目をした少女の四人がいる。後は楚園宮の養子である洲羽子異瑪【すばつことめ】と早覇緋苗乃【そうはひなえの】が合流するのだろう。
まぁ、どういう因果か、俺の知人以上の仲を持つ奴らは大概カラフルだ。それが地毛であるのは認められるが、手映咲は黄色で洲羽子は緑色、早覇はまたしても赤。現実の要素さえなければ素直に受け入れられたものを、きちんと立派な思考をしているせいで歪さを感じ、なにか恐ろしいことが起きるのではないかと不安にさせられる。
「ねぇ占七。不思議よね」
「なんだよ」
色図が突然話しかけて来た。
「なにかが抜け落ちているような気がするのに、人生は十分な程に満たされている。それがおかしいと思えるのよ」
「抜け落ちているって……なにがだよ」
「例えば私とか、こんなにキザな言い方を積極的にする人だったかしらって。それと占七ってこんなに物事を達観出来ていたかしらって。後、あなたの隣に居る女性は壇塚さんだったかしら……?」
嫌味ではなく、純粋な疑問として投げかける。答えようにもそういうふうにできてしまったとしか言えないこの口は、恐らく色図が求めているものではない。
さて困ると、心巳は俺を助けるように話に加わった。
「維崎さんはもっと明るい人っていう印象でした」
「そうでしょ? なんか、こう、もっとキャッキャしてるようなタイプだと思うのよ」
「おかしいですよねぇ。環境で人格形成されると言っても、最初からそんな感じですもんねぇ」
「そうなのよ。それにあなたよ占七。家族仲や先生方との関係が薄いあなたがどうしてそう大人になれるのか、普通ではないわよ」
急にこちらに振ってくる。
「大人ってのは、みんな大人のフリをしてる子供だろ? 成長に合わせて欲求が変わりはしても、中身が変わるわけじゃないからな」
「ということは、私が勝手に大人っぽいと思っているってこと?」
「どうしたんだよお前。おかしいぞ」
色図は顎に手を当てて数瞬考えた。心巳と手映咲を見て嫌悪の表情に変わるが、すぐに元に戻して空を見る。
「申し訳ないけれど、壇塚さんの存在が私には受け付けないわ。家の屋根が突然消えて、空が見えるような……そんな違和感があるの」
「変な例えだな」
「居場所がなくなるような感覚よ」
対し、心巳は地面を見ている。地面にはなにもないが、目の裏の頭の中ではきっと俺の想像の及ばない世界が見えているに違いない。
「私と楚園宮さんはよそ者ですから。こっちの常識を押し付けてしまっていたのかも知れません」
「よそ者とまでは言わないわ。遠慮はいらない」
「いえ、立場では私がどうこうと言えるほどではありませんから」
「立場ねぇ」
ここで俺が色図を否定しなかったのは、文田をよいしょしていたはずの手映咲が俺と色図の間に割って入って来たからだ。
淑女然とした笑みからは微かに怒りを感じさせる。俺が知っている手映咲という少女は金持ちであり、品があり、強かである。その彼女がよそ者のように扱われ、まさか戯言に向き合おうなどとは……。
「あら、文田を放っておいて良いのかしら」
「和々切君ともお話ししたかったので」
「あ、そう」
そこで何故俺が出てくる。
色図との距離を開けたかったのか、手映咲は俺に体を寄せながらにぱっと笑う。
「和々切君、ご入学おめでとうございます」
「ああ、手映咲もな」
「私達が出会って何年が経ったのでしょうか。六年だったような、それ以上のような、まるで畳の藁の数を数えているような長い年月が経ち、こうしてまた同じ勉学に励めることを喜ばしく思います」
「世辞に対してなんだが、なんでお前はお嬢様学校とかの格式の高い学校に行かなかったんだ?」
世辞ではない。照れ隠しにしては冷たい返しに、彼女は賢くも読み解いて嬉しそうに会話を弾ませる。
「それは皆様と一緒に居たいからに他ありません」
「だが良いところに行けば良いところへ行けるだろ? わざわざ良さを捨てる必要はなくないか?」
「では、私がいかにも怪しいと思う他人を組み伏せたとしたならば、それは暴行罪になるでしょうか」
……何を言ったところで手映咲が正しいことを言うと想像できる。ムキになって言い負かそうとすれば空想論のやりとりになるだろう。
ただ手映咲は別にそんなものをしたいのではない。俺が勝ち負けにこだわってしまっている。
「なるな」
「そう、私が偉くとも、偉くなくとも、人権の位が同じ他人に暴行を加えていることに変わりないのです。しかし警官はそうはなりません」
「警官になりたい……わけじゃあなさそうだ」
「力です。力を扱う権利は力なのです。力について教える学校などどこにありましょうか」
「じゃあなんでここなんだ?」
「力を使う人間としての意識を育てたいから……ですね」
「友達が一番の宝物って訳だな」
最初から答えは出ていた。しかし……どうしても手映咲には裏があるような気がしていたのだ。裏はあるはずなのだ。
それを通り越して本心で俺みたいな友達と一緒に居たいと思っているからこそ、俺は彼女の目的が分からないでいた。
「ならよ、どうして文田や色図はこの学校を選んだんだよ?」
色図はフッと笑う。
「あなたを放っておくと心配だからよ」
「おいおい、随分と信用されてないみたいだな」
「だってねぇ、あなたの通学路を二往復しても居ないんだものねぇ」
こりゃ自宅にも来てるな。
一人除け者にされている文田は寂しくなったのか、こちらの輪になるべく自然に入って来た。
「みんな、和々切のことが好きなんだよ。和々切と一緒に居たいって、それだけなんだよきっと」
分かったようなことを言いやがって。こういう思ったことをポンポン出す馬鹿が利用されて捨てられるんだ。
心が漂白な俺でも流石に照れているのか、人の目を見ることが難しい。悔しいが、俺のどこにそこまで好かれる要素があるのか分からなくとも嬉しさは感じている。
文田はみんなとは言うが、俺の知る限りではこいつの周りに居る人で俺に好意を示しているのは手映咲のみだ。
洲羽子と早覇は……俺から見れば人の形をしたなにかに見えている。
「おやおや、占ちゃんったら照れてだんまりですよ」
心巳の指摘に色図以外のみんなに笑われる。俺はせめてもの否定を込めて小さく首を振ることしか出来なかった。
そこでようやくだ。今までなにをしていたのやら、校舎から早覇と洲羽子が黙って出て来た。
ボブカットで無機質な表情をしており、色図と顔の形や体が似ている方が早覇。
ロングヘアーに平均値があるとすれば、まさに標準通りの長さであり、緑色の髪と目以外に特に特徴がないただの美少女が洲羽子だ。
文田が彼女達に気付くとすぐ様声を掛ける。
「緋苗乃、異瑪! おかえり!」
洲羽子は文田を見つけると、肩に掛かった後ろ髪を払いって顔がよく見えるようにしながらこちらの輪に混ざる。
「こんな人気の多い所でたむろっていると、悪目立ちするわよ」
「はは、みんなの可愛さは隠しようがないよ!」
イケメンだからって、その言い方には背筋が凍る。
手映咲はいつもの四人が揃ったところで、ブレザーの内ポケットに忍ばせていたデジタルカメラを取り出した。
「さあみなさん、集合写真の時間ですよー! はい並んでー!」
……と、まさかの文田と早覇と洲羽子を養っている家のお嬢様が直々に撮ろうとしていることに俺は驚いた。そして止めた。
「おい手映咲、お前は混ざれ。俺がやる」
「しかしお兄様は和々切君と一緒の写真が欲しいようですので……」
「だがな、俺には他の奴と一緒にいる価値なんかな、ねぇんだよ」
手映咲は一瞬キレたような表情になった。だがすぐに笑顔に戻り、俺の胸に頭をくっつける。
空に掲げたカメラからシャッター音が鳴った。
あまりの速さになにをされたのか理解することが遅くなったが、理解したとしても突然の出来事に呆然とする。
「私はこれだけで十分です。一緒にコンビニで印刷しましょうね」
「ああ……」
促されるままに輪に戻ると、俺から左側の文田が爽やかな笑顔で俺の肩に腕を回した。苦い顔をしていた色図も流石に抑えて俺の右側に立つ。
心巳は色図の横から離れた場所に。洲羽子と早覇は文田の肩に触れるギリギリまで近寄っている。
場が整うと手映咲はカメラを構えた。
「はい撮りますよ」
手映咲の視線は真っ直ぐに俺を見ている。カメラの画面を見ず、きちんと撮れているかの確認もせずにシャッターを押した。
今更ながら、手映咲ではなく、他の人にカメラを任せれば手映咲も混ざれたのではないかと思いつくが、それならば手映咲が誰かに頼んでいるはずで、実はこういうことに乗り気では無かったのかもしれない。
そんなこんなで手映咲がこちらに戻って来た。
「こんな感じです」
「流石手映咲! 完璧なバランスだよ! でも待って、画面の端に他の人が写っちゃってるよ?」
画像を見せる手映咲に文田が違和感に気付く。
俺も見てみると確かに画面右端に枯葉色の長い髪をした少女が半分写ってしまっている。
「なんか見覚えあるな……」
俺の呟きに心巳が反応した。
「この人、小学校の時にも居た昼火佳弥【ひるびかや】さんですね」
「佳弥? ああ、なんかそういう名前の女の子が居たような気がするな。最近はあんまり関わったことがないが……」
「けれどいつも占ちゃんの近くに居ますよ?」
「え? 気付けなかったな」
心巳がそこまで言うくらいだ、恐らくは俺にとっては重要な人物なのだろう。
彼女は他人に関して全く興味がない。しかしあえて伝える。俺はその佳弥という少女についてきちんと知るべきか。
「よく見たら凄く可愛いなこの子。なんで気付かなかったのか尚更分かんねぇよ」
「あ、僕分かったかも。僕も昼火さんについてはよく見かけているんだけど、きっと和々切の視界に入らないように動いてたから知らなかったんだよ」
「俺の視界に入らないって、それ嫌われてるのか?」
「さあ?」
……しかし、見れば見るほど綺麗だ。レベルで言えば心巳と同等だろう。心巳のせいでほぼ全ての美少女に興味を失い、関わった所で感動しなくなった俺にとって素晴らしい刺激を感じさせてくれる。
過去を振り返るが……佳弥と出会った記憶は無い。だが話したことがあるような気がする。小学校の時の全同級生の顔を思い出せる中で佳弥だけがその枠に入らないが、他人という感覚が無い。
今日はよく話が進む。
「どうやら和々切君のご友人のようですから、写真はこのままにしましょうか。皆さんには後で画像を送りますね」
手映咲が朗らかに笑って記念撮影は終わった。早い時間だ、日が暮れるまで時間が掛かる。文田のことだからこのまま遊びに誘うか、家に帰って遊びに誘うかのどちらかだろう。
「せっかくだからみんなで遊びに行こうよ! そうだなぁ、中学生になったことだし、球蹴りや駆けっこじゃなくてデジタルなものがしたいなぁ!」
ほら来た。
「まぁ、付き合ってあげるわよ」
文田を少し嫌っている色図も友達として加わる。当然の反応だ。
心巳も「面白そうですね」と乗り気だ。
洲羽子と早覇は何も言わずとも文田に付いて行くだろう。
が、俺はポケットに入った財布に無意識に手を伸ばし、諦めの感情を引き出すしかない。
「悪いが俺は……」
「そうですね、私と和々切君はコンビニに行きますから皆さんで先に行っておいてください」
断りを遮って手映咲が俺に近付いた。
文田はそれを快く承諾した。
「じゃあ僕達は近くのゲームセンターに行ってくるよ。あそこは何かと遊び場が多そうだ」
「はい、行ってらっしゃいませお兄様」
足運びは早かった。文田と色図が先頭に歩き出し、最後尾の心巳が笑顔で手を振って学校の正門から姿を消して行く。
いつも隣に心巳が居る日々の中で、珍しく手映咲と二人きりになってしまった。言ってはなんだが、話の種が思いつかない。
「では参りましょうか」
「ああ……」
手映咲に促されるままに歩き出す。
このままでは手映咲に甘えてしまう。甘えるのはいいが甘え過ぎている。
ここは俺から会話をするべきだ。
「心巳の奴、大丈夫か?」
「壇塚さんがいかがなさいました?」
「いやね、心巳と早覇と洲羽子の奴、あまり仲が良くないような気がしてさ。心巳から色図や文田に関わっていったことも見たことがないからな」
隣の手映咲は白い眉間に皺を寄せ、考える様子だ。
「私の勘ではありますが、壇塚さんは維崎さんと仲がいいの方なのではないでしょうか」
「そうか? あの天邪鬼な色図がねぇ」
「壇塚さんを気に入っているからこそ、傷付けてしまうような本心も言えるのかもしれません」
「お前も色図と仲が良いのか?」
「さて、私はどうでしょうか……」
傷に触れてしまったのだろうか。手映咲の暗い雰囲気に、恐らく色図にとって手映咲というのは嫌悪しかなかったのかもしれない。
男と女の違いか、女同士の直感というものにいまいち確信が持てなかった。
「しかしですね、意外に思われるかもしれませんが私と壇塚さんは仲が良いのですよ」
「お前が? 心巳と?」
「よく和々切君の好物とか、和々切君が授業をさぼることの心配とか、今日のようにみんなで一緒に遊ぶような企画を二人で話し合ったりとか、一日では語りきれないほどにいっぱいあるのです」
「それじゃあ俺の悪口も言ってそうだな」
「はい!」
皮肉に対して素直に肯定する。心巳から俺についてあれやこれやと聞いているのは本当のようだ。
なにより、文田に対するあの演技臭さが感じられない。俺なんかと一緒で喜んでくれていることに照れてしまいそうになる。
「聞いてみたかったんだけどよ、どうしてお兄様なんだ?」
「文田さんのことですね」
「文田さんって……。普段から二人一緒なのにえらく他人行儀じゃないか」
「あの人は孤独になってしまった人ですから。せめて、近くにいる私が元気付けてあげたいと思っています」
「その割には早覇と洲羽子はあいつを好いてるぞ」
「さて、本当に文田さん自身を好まれているのか……」
俺と手映咲の目線の高さは同じような気がした。俺は文田が嫌いだが、あの明るさと純粋さだけは嫌いになれない。へばりついた傲慢さが気に入らないのだ。
驚くべきは、手映咲は想像以上に人間らしいということだった。
「手映咲に……その……あやふやなんだが、相談したいことがあるんだ」
「私に出来ることであれば、なんでも仰ってください」
彼女の純粋さに躊躇いが失せる。
「昼火佳弥って子の話が出てきただろ? それでどうもすっきりしないんだが、俺は彼女と会ったことがあるんだろうか?」
「それは自身が一番ご存知ではないのですか?」
「いや聞きたいんだ。俺はどうにも忘れっぽいようだからな」
手映咲の表情が険しくなる。視線を俺から地面に移し、声の大きさを下げて話す。
「昼火さんと和々切君は遠い過去に出会っています。私が知る限りは、今の壇塚さん以上に信頼し、助け合い、そして数多くの偉業を成し遂げました」
「……そうか」
「それがいつのことなのか、私は正確には覚えていません。私が夢の中で見たことなのかもしれません。それで納得して頂けますか?」
……真剣に話してくれている。そんな夢の話を信じるだけのしっくりした感覚もある。
「他に、あるんだが、付き合ってくれるか?」
「お聞きします」
「雛菊亜神を知っているか?」
手映咲の表情がさらに険しい。前よりも声を小さくして答える。
「あの方は……私は好きです。責任感が強く、公平で、実直さ故に悩んでいる」
「……よく知っているようだな」
「雛菊さんは強いですよ。きっと和々切君も好きになるほど優しいです」
「今日の始業式が終わる前に、堤防の所で会ったんだ。話し掛けて来てくれたんだが、ちょっと冷たくしてしまってな」
「今の和々切君は死人ですからね」
「おいおい酷いことを言うもんだ」
手映咲はパンッと手を叩いた。
「さ、陰気な話は終わりです。目的地も見えてきましたからね」
彼女の言う通り、話に熱を入れている間にコンビニの目前まで着いていた。
手映咲は笑顔に戻り、俺の手を引いて中へと入る。俺の人生は女に引っ張られてばかりだ。
店内を物色する暇もなく、手映咲は印刷機の画面を操作し、カメラからカードを取り出して差し込むんだ後、懐から茶色の財布を取り出す。
小銭を取り出す姿さえ可愛く見えてしまう。俺もポケットから財布を取り出そうとした。
「和々切君は大丈夫ですから」
「いや、俺の為にわざわざここまで来たんだろ? 俺がケータイを持っていない為に……」
「だからこそこうして沢山お話が出来たではありませんか。貧乏様々です」
クスッと笑った後、可愛い仕草は何処へやら。レジ打ち職人と見紛う速さで小銭を入れて写真をプリントした。
出て来たのは、俺と普段よりも何倍も可愛く写った手映咲のツーショット二枚と、幽霊のような佳弥が映り込んだ集合写真の一枚。手映咲はツーショット一枚を自分の財布の中に大事に入れた後、残り二枚を俺に渡した。
「……ありがとうな」
「……怪しい。怪しいですね和々切君」
俺があまり喜んでいないように見えていたのか、手映咲は俺のポケットから安物の財布を取り出すと、勝手に中身を開けてツーショットの写真だけを押し込んだ。
「はい」
「ああ……」
「私との絆、肌身離さず持っていてくださいね。約束ですからね」
「分かってるって」
俺の照れた姿にようやく満足したのか、安堵したように笑みを浮かべた。
楚園宮手映咲とは、こんなにも好きになれる存在だったのか。
……用事は終わった。俺はまたもや手映咲に引っ張られて文田達の元へと歩き出す。
心巳と比べるとあっちはどことなく遠慮がちに対し、手映咲は喜びが直で伝わるような弾みがある。もしや、俺は引っ張られソムリエにでもなったのだろうか。
疑問というものはいくら解いても終わることがない。この苦痛が終わらないのであれば、もはや答えを求めることこそがさらなる疑問を生むのかもしれない。
今日は心巳と手映咲、二人とよく話した。笑い話の一つもする余裕のない俺にここまで付き合ってくれるのは心巳しかいないと思っていたが、手映咲も真剣に相手をしてくれている。
……亜神。あいつも俺みたいなよく知らない人に話しかけてしまうくらいには悩んでいたに違いない。
そうか、俺は亜神が気になっているのか。
「なぁ手映咲。俺って冷たい人なのか?」
「……それは雛菊さんに言われましたか?」
「さっき冷たくしたって言ったもんな。分かるか」
「いいえ、和々切君が女の子を傷つけた時にそう返す人は雛菊さんしかいませんから」
「だからってよく分かったな。結構な物知りだ」
「和々切君はですね、目標が無いと死人のようになってしまいますからね。それを知る私のように余裕が無い人と言えば、雛菊さんと……あとは千泊【せんぱく】さんくらいしか思い浮かびません」
「千泊って誰だよ」
「千泊春呼【はるこ】さんです」
知らないな。
「どうやら和々切君は今頃になって雛菊さんについて知りたくなってしまったようですね」
「何かと心配することがあったんでな」
「オフレコであれば浅いところをお話しできますが?」
「どんな話だ?」
今度は下を見ず、顔を上げて朗らかなまま続けた。
「サンサンデイジーという児童養護施設がありまして、雛菊さんはそこの出身なのです」
「へぇ、孤児なのか」
「雛菊さんが孤児かどうかは知りませんが、サンサンデイジーは人を作るための闇の施設です」
「『作る』だと?」
「子供をどう教育すれば強い兵士になるのか、あるいは良いおもちゃになるのか、そういう設計図を作っています」
……楚園宮という大きな財閥だからこそ知るトップシークレットの話ではないだろうか。これのどこが浅いのやら。
「それはもう遺伝子レベルまで弄って調整していますよ。気持ちの悪い部分では、エロさとは感情の大きさということで愛情たっぷりに育てて大人に売ったりだとか、物静かだとか真面目だとか快活だとか、体型から性格までオーダーに従って仕上げたりだとか」
「それが亜神だってのか?」
「そうは和々切君にも見えていませんでしょう。きっと雛菊さんは兵士です。どんな経緯でサンサンデイジーの保護下に入ったのかは定かではありません」
それを手映咲が平然と喋っていることに妙な納得をしてしまう。作られた存在というものを当たり前だと思っているように見えるのだ。
優れた容姿、高い頭脳、黄色の髪と目。手映咲の全てが自然のものだとは到底信じられない。暗に、人工的な人間であると認めているのだ。
「ですが……私から言わせてもらえればそんなものはカスです。最低レベルの技術です」
「道徳的に……ではないな、その言い方は」
「人造人間みたいな私のこと、好きになれませんか?」
「好きだよ。手映咲の心は作られたものじゃないんだろ?」
「その理解しようとする和々切占七が私達は気に入っているのです」
その私達の中に誰が含まれているのかは予想がつきそうなものだ。
それからは他愛のない話をした。洲羽子が意味の分からない行動ばかりをすること、早覇が生真面目でつまらないこと、文田が馬鹿なこと、心巳の身に起きた数々の不運のこと。俺には心巳との関わり以外に特に何も話したいことも話せることも無かったため、手映咲には多く喋らせてしまった。それでも聞き手側の印象の彼女は楽しそうに雰囲気を崩さないでいてくれたのだ。
ゲームセンターへはあっという間に着いた。今更ながらお嬢様こんな場所に居ることは場違いなような気もし出したが、兄の文田は遊び好きなのだから付き合ってあげるのも家族というものか。
文田達を見つけるのは割とすぐだった。三階のタバコの匂いのするところ、麻雀の筐体で四人対戦をしていたのだ。
気配を消して手映咲と一緒に局の様子を確かめる。文田は持ち前の運の良さのおかげか、配牌で最初からテンパイ。ダブルリーチからの一発が多い。
隣の筐体の前に腰掛ける心巳は流石の不幸の少女、5リンシャンで中々手牌が進まない。
早覇と洲羽子はコンビでも組んでいるのだろうか、向こうの筐体から声は聞こえないが、早覇の捨て牌に洲羽子が何度も鳴いている。
文田は国士無双13面待ちか……。心巳はヤオチュウハイ以外にチュウチャンパイが二つしかない。ばらつきも酷く、これでは文田に振り込んでハコテンになりそうだ。
洲羽子が早覇のリャンソーにチーをする。イーソーとサンソーが絡んでいる様子だと、チャンタを狙っているのだろうか。
文田は中々ツモらない。それはそうだ、上がり牌の大半は心巳と、洲羽子が持っているようなものだからな。
デジタルではなかった場合、心巳ならばすり替えや握り込みをしていただろうが、そうでなければアガることはなさそうだ。
いや、これは面白い。心巳は相変わらずヤオチュウハイがなだれ込んでくるものの、形がみるみるうちにチートイツに変わっていっているではないか。早覇は降りていおり、洲羽子は裸単騎、文田は中々上がらず、やがて心巳がテンパイした。
一巡したのち心巳がツモ。ドラが二つ乗り、ホンロートー、チートイツでハネマンだ。
そこでようやく集中力が切れたようで、背後の俺の存在に気付いた。
「あ、戻ったんだ。待ちくたびれたよ」
「おい文田。なにがデジタルな遊びだよ。こんな大人の遊びの本場みたいなところでさ」
「だって本気出したいじゃないか! 勉学も運動もそういうの無いし、これが一番気分が良いんだよ」
「おめぇもバイニンか」
心巳のアガりでハンチャンは終了。文田が一位で心巳が二位、三位四位に洲羽子と早覇で決着した。
向こうの筐体から洲羽子と早覇が合流する。
「あら手映咲、随分と機嫌が良さそうじゃない」
「異瑪さんは不機嫌そうですね。壇塚さんに負けたのが悔しかったのやら」
表面上は軽い挨拶ではあるし、すぐに話は流れるが、一つ屋根の下を共にする間柄にしては仲は良くなさそうだ。
色図と言えば四人の対戦を後ろの椅子に座り黙って見ている。
文田がはしゃいだ。
「今度はさ、維崎と和々切と手映咲とでやりたいな!」
「は? 私麻雀はやったことないわよ」
「ルールは分かるよね?」
「見れば分かったわ。けれどね、初心者の私と戦ったところで手に汗握る戦いが出来るとは思えないわよ」
「まあまあ座りなって」
文田に背中を押されて心巳が座っていた筐体に座らされる。
俺と手映咲は呆れた顔を合わせて頷いた後、向かいの筐体に着いた。
一プレイ百円か。出来れば金は使いたくはないが、使い時と言えばここ以外にない。
財布を取り出そうとすると、俺に付いて来た心巳が横から百円を入れた。金についてはいつもそうだ。男としての立場がない。
「悪いな」
「見学料です。くすっ」
隣の手映咲と言えば、考えていることは心巳と似ているのだろうか、百円玉を二枚持ってこちらを見ていた。
俺の視線に少しばかり笑うと百円玉二枚を親指で弾く。玉は悠々と羽ばたき、片方は手映咲の、もう片方は向こうの色図の筐体のコインの投入口に吸い込まれるように入って行った。
神の御業に関心を向ける者はいない。俺達はそれが当たり前であるからだ。
筐体を操作し店内対戦を行う。親は色図、南が文田、西が手映咲、俺は北。先程とは違いハンチャンではあるが、文田の天運が続けば誰かがハコテンになって決着がつくだろう。
配牌が終わる。なんだこれは、ゴミじゃねぇか。
「おやおや、これはこれは」
心巳が俺の隣に座って呑気に笑う。
「お前が居るからだ」
「私のせいだって言うんです?」
「貧乏神様にはかないませんよ」
マンズ、ピンズ、ソーズ、ジハイ、全てバラバラだ。コーツを期待できない分、ここはジハイを切っていくか。
西を出した。
「ロン!」
文田からロンの声。なんだなんだと待ち構えていれば、なんと国士無双十三面待ちである。
終わりじゃないか。
折角合わせて四百円を使ったというのに文田のせいでもう終わりだ。やはりこういうものはデジタル任せではなく、実物でやり合う方が公平だ。
「なぁ文田、お前が相手だとゲームにならねぇよ」
「確かにそうだね。時間もまだまだ余裕があるし、デジタルならまだまだ沢山あるもんね」
「おい色図、お前確かトランプ持ってたよな? もうトランプやろうぜ」
「ここに来てトランプもどうかと思うわよ」
「だがここにはフリースペースみたいなテーブルと椅子があるじゃねぇか。俺達全員集まるのも久しぶりなんだし、全員で遊べるものやろうぜ」
「でもトランプじゃあ僕勝ったことないからなぁ」
イカサマが出来るものではないと文田には対抗出来ない。しかも、金無しの俺がこれ以上に最先端技術に関われば心巳や手映咲に借りを作り過ぎてしまう。
俺の誘導をよそに手映咲は指を鳴らした。するとドカドカとメイド服の侍女達が手映咲に群がり、金ピカのアタッシュケースを渡しているではないか。
その中身は純金だか純銀だか使っているのかやけに輝くポーカーチップだった。
恐ろしい……こんな娯楽にいくら使っているのだろうか、そのケースがあと四つほどあれば、こんなゲームセンターなど買収出来るのではなかろうか。
──銃声。
それは突然の出来事である。
俺達のいるフロアに火薬の弾ける音が響き、俺達はすぐに辺りを確認する。
異変は視界に入った。奥の方、レトロゲームというのだろうか、数十年前に作られた古めかしい筐体の前に座っている男が頭から血を流して前のめりに倒れている。
男以外の姿は見当たらない。俺と手映咲はすぐ様駆け付けた。
手映咲は頭の四分の一が弾け飛んでいるその男の手首から脈を測る……が、首を横に振った。
「折角皆様が集まってくださったのに、残念ですがこれでお開きのようです。事後処理は楚園宮が致します。今日の所はお帰りください」
事情聴取をされるはずなのに、それをさせない程の権力がある楚園宮の令嬢の言葉は説得力を帯びている。
俺は何故、手映咲がそう言うのかを考えると同時、男の指の異変に気付く。
それは……羽だった。
指から無数の羽が生えていた。
何故男は殺されなければならないのか。殺した者が誰であるのか。そして、俺はその謎を解明するべきなのだろうか。
俺は心巳に引っ張られ、その場に残ることはない。




