最後なので全部言わせてもらいます
ざまあ展開はりませんので、ご注意ください。
ワクスナード伯爵家令嬢としてできる限りの事をせよ、という父親の言葉を、ローレシアは必死で遂行しようとした。
招かれた茶会や夜会はできる限り参加して人脈を広げるようにしたし、声をかけてきた令息たちの動向を事細かに注視したし、勉強もマナーもダンスも全力で取り組んできた。
その甲斐もあって、近衛騎士団の将来有望株と言われていたレイフォード・ルード伯爵令息と婚約を結ぶこともできた。
ワクスナード伯爵は、娘を褒めた。
よくやった、これで我が家は安泰だ、と。
それなのに、突如現れたリリアナ王女によって、すべて崩れ去ってしまった。
リリアナ王女は、王がお忍びで街に行ったときの火遊びでできた落とし胤だという。
王女の母親が病気になり、娘の将来を不安に思ったところから王に申告し、神官による血縁証明によって王女として認められたのだ。
その突然平民から王女になってしまったリリアナの護衛騎士として任命されたレイフォードは、彼女と長く触れ合ううちに恋仲になってしまった。
王は長らく苦労を掛けてしまった娘のお願い事を跳ねのけることはできず、ローレシアとレイフォードの婚約は王命によって白紙にされた。
結果、必死で頑張ってきたローレシアの努力も苦労も、一瞬でなくなってしまった。
「お前が、しっかりしておれば!」
心身ともに真っ白になってしまったローレシアに追い打ちをかけるように、父親が怒鳴る。
「私がどれだけしっかりしていても、どうしようもないことが起こったのですわ」
ローレシアはそう言うが、父親は納得するどころか「ばかめ!」と更に声を荒げた。
「お前がしっかりとルード伯爵令息を射止めておれば、上手く行っていたのだ! ええい、嫁ぎ先も今から見つかるわけがないし、見つかったとしても結納金も高額は見込めぬではないか!」
父親のあんまりな言葉に、ローレシアは「は?」と思わず言い返す。
おそらく、生まれて初めての反抗的な言葉だ。
だが、父親は一切怯むことなく「そうだ!」と声を上げた。
「修道院に行くのはどうだ? 世を儚んで婚約破棄された令嬢が、修道院へと行く。その悲劇に世間は同情するだろうし、私の事業も話題性が出るではないか」
「話題性」
「何より、他の貴族に今回のことを話題にされたとしても、笑われたり馬鹿にされたりすることはないだろう。このままでは、突如現れた平民の王女に婚約者を奪われた、哀れな女でしかない」
「哀れな女」
つらつらと話し続ける父親の言葉から、一言ずつローレシアはピックアップしていく。
まるで、何らかのカウントを取っているかのようだ。
「社交界でお前が修道院に行ったと言えば、私は悲劇の娘の父親となる。同情から始まったとしても次につながる足掛かりになるじゃないか。うむ、良い案じゃないか」
「足掛かり」
「さあ、どうだ、ローレシア! 修道院に行くがいい!」
ローレシアは大きなため息をつき「お父様」と言いながら父親を見つめる。
「ワクスナード伯爵家のために、身も心も尽くして頑張ってきた私を、話題性のために哀れな女にし、次への足掛かりとなさるおつもりですか?」
「それの何が悪い? 大体、悪いのはお前だろう」
「私の、どこが」
「お前は女なのだから、その体を以てしてでも婚約者を引き留めておけばよかったのだ! 全く、私がお前だったら上手いことやるというのに」
――ぶちん。
ローレシアの頭の中の何かが、切れた。
ローレシアはつかつかと父親に近づく。あまりの気迫に、父親が一歩後ずさりする。
「私はどうやら修道院に行くそうなので、もうこの家に対して何もない訳で、という事は何を言っても許されるという事でしょうから、言わせていただきますわ」
「き、聞いてやろう。最後だからな」
ローレシアは、すう、と息を吸う。
大きく大きく、息を吸う。
「お前がやれよ!!!!!!」
今までで一番大きな声を出すために。
「……え」
「だから、お前がやれよ! 何が女なのだから、だ。何がお前だったら、だ。ならやってみろよ! お前が! 私だとして! 上手いことやってみろよ!!」
ローレシアのあまりの剣幕に、父親が口をパクパクさせる。
こんな鬼気迫るローレシアを、人間を、父親は見たことも対峙したこともなかった。
おそらく、いや、確実に。
初めて、自分に向かって怒号を浴びせる存在と対峙している。
他でもない、家に尽くしてきた娘がその存在となってしまっている。
「どうやってうまいことするつもりなんだよ? 何も考えてないんだろ? 私がどれだけ努力をし、どれだけ心身を削り、どれだけ必死になっていたかも知らないもんな!」
「そそそそ、そうは言っても」
「今まで豪勢に怒鳴っていたくせに、怒鳴り返されたからって萎縮するんじゃない!」
だむっ、と強くローレシアが床を踏みつける。
家が揺れた気がした。
家が揺れた気がして、思わず父親が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「だだだ、大体、なんだ、その言葉遣いは! 誰がお前に、そんな言葉を」
「お前だよ!!!!!」
――だむっ!
ローレシアが強く床を踏みつけながら叫ぶ。
揺れた。
絶対に揺れた。
確実に揺れたからこそ、父親は悲鳴を上げた。
決してローレシアが怖かったからじゃない。家が揺れたから!
「お前が毎回毎回どうでもいいことで怒鳴りつけてくるから、嫌でも覚えたんだろうが!」
「わ、私はそんな言葉遣いをして……いた……のか?」
「覚えてないのかよ? どう聞いてもお前の言葉だろ、お前の、言葉!!」
ローレシアはそう怒鳴り、はああああ、とさらに大きなため息をつく。
「今まで娘だし家のためにと耐えてきてやったのに、訳の分からないことを言い出したから、もういいと思って全部ぶちまけているんだろ! 分かれよ、それくらい!」
「はい!」
だむっ! と床を踏みつけられ、ついに父親は反射的に良い返事をしてしまった。
脳裏に浮かぶのは、昔の母親が己を叱る姿だ。
――返事が聞こえません! 返事は簡素に、的確に!
今の状況が、過去の記憶を呼び起こした。
実際の母親は、すでに亡くなっているのだが。
父親の中にほんの少し懐かしむ気持ちが生まれ、娘にはあの母親の血が流れているのだから、似るのかもしれないとぼんやり考えてしまった。
ローレシアはそんな父親の様子を見て、ふう、と息を吐いた。
言いたいことは、全部言えたかもしれない。
ぶちぶちと文句を垂れていた父親も、最後は良い返事を返してきた。
すっきりしたかもしれない。
ローレシアは父親に向き直り、静かに「お父様」と声をかける。
まだびくついている父親は、静かなその問いかけにも「はいっ!」と良い返事を返した。
脅かしすぎたのかもしれない。
「お父様の考えは、良く分かりました。私も、もうこの家のために何かしたいと思うこともありませんし、修道院に行くことで結構でございます。ですが」
じっとローレシアは父親を睨みつける。
父親は目線を逸らすこともできず、ただただじっと次の言葉を待つしかできない。
「寄付金は、気前よく払っていただきます。分かりましたね?」
「なっ……」
寄付金と聞いては、黙っていられない。
思わず金への執着から言い返そうとしたが、ローレシアの「だむっ!」という踏みつけ音に体を震わせた。
「分かりましたね?」
「はいっ!」
「良いでしょう。では、少しでも待遇の良い修道院を探しますから、気前の良い寄付金を用意してくださいね」
ローレシアはそう言うと、父親にくるりと踵を返した。
その背中に「ローレシア!」と父親が声をかけた。
「すまなかった」
初めて聞く謝罪の言葉に、ローレシアは何も返さなかった。
それよりも、今までたまっていた鬱憤をすべて父親にぶつけたことが、最高に気持ちよかったからだった。
一年後、ローレシアが在籍する修道院の懺悔室はいつも予約でいっぱいになったという。
体験者曰く「床の踏みつけ音と共にばっさりと切り付けてくる言葉がたまらない」のだとか。
かくして、一部を除き、すべての人を受け入れる懺悔室として人気を博した修道院となったのだった。
<床の一部が凹んでいるとの噂と共に・了>




