放課後に泣く君
【あらすじ】
クラスの中心でいつも笑っている西園寺羚佑は、誰からも愛される「人気者」だ。
その光景を教室の隅から冷めた目で見つめるのは、氷のように近寄りがたい無口な男、白鳥氷護。
交わるはずのない二人の運命が、ある日の放課後、静かな教室で重なる。
休み時間。
クラスの中心で、楽しそうな笑い声が響いていた。
男子A:「羚佑ってやっぱり面白いな!
「え〜?そんなことねぇよ」
そう言って笑い返したのは、
西園寺羚佑。
クラスの人気者で、誰とでも話し、誰とでも笑う男だ。
その光景を、教室の隅から静かに見ている人物がいた。
白鳥氷護――クラスではあまり目立たない、物静かな男子。机に肘をつき、小説を読んでいる。
ふと顔を上げた氷護の視線は、自然と羚佑に向かった。
(俺も、あんな風になれたら……)
(友達、増えて楽しかったのかな)
そう思いながら、氷護は小説を静かに閉じた。
────
放課後の教室は、いつもより静かだった。
チャイムが鳴ってからもう二十分ほど経つ。ほとんどの生徒は帰り、廊下の声もまばらだ。
氷護は校舎を出かけてから足を止めた。
氷護:「……あ」
英語のノートを机の中に置き忘れているのを思い出したのだ。小さくため息をつき、来た道を引き返す。
教室の扉に手をかけ、ガラリと開けようとしたそのとき――
手が止まった。中から声が聞こえたのだ。
「……っ……う……」
押し殺した小さな泣き声。耳を疑う。もう一度、同じ声が聞こえる。
氷護は少し躊躇ってから、そっと扉を開けた。
教室の奥、窓際の席に一人、誰かが座っている。背中が小さく震えていた。
氷護:「……西園寺?」
名前が、思わず口をついて出る。
その瞬間、相手がはっと振り向いた。目が合った。夕方の淡い光でできた長い影が伸びて、二人の境界線が曖昧になる。
泣き腫らした目。ぐしゃぐしゃの顔。
教室の中心でいつも笑っている男――西園寺羚佑だった。
羚佑:「……あ」
羚佑の声が小さく漏れる。時間が一瞬止まったようだった。慌てて手の甲で目を擦る。その手にはスマホが握られていて、画面の一部がちらりと見えた。
『西園寺、明日も頼むぞw』
『お前がいないとクラスつまんねーから』
羚佑は慌ててスマホを伏せた。そして、いつものように笑ってみせる。軽い笑顔。クラスで見せるあの笑顔だ。だが、どこか歪んでいる。
羚佑:「……見た?」
声はいつもより低かった。氷護は短く答える。
氷護:「見た」
羚佑:「……そっか」
羚佑の視線は落ちる。教室の空気が、妙に重くなる。いつもは誰とでも笑う男が、今はただ静かに座っている。
氷護は少し黙り、口を開いた。
氷護:「……西園寺でも、泣くんだな」
その一言に羚佑は目を見開く。普通なら傷つけまいと気を遣う言葉を選ぶだろうが、氷護はそういうことをしない。
羚佑は数秒の沈黙の後、小さく笑う。鼻声が混じる。
羚佑:「なにそれ」
「冷たすぎだろ、白鳥」
氷護:「そうか」
羚佑:「そうだよ」
羚佑は肘をつき、顔を伏せる。
羚佑:「……誰にも言うなよ?」
氷護は肩をすくめる。
氷護:「言わない」
羚佑:「ほんと?」
氷護:「興味ない」
その答えに、羚佑はぽかんとした顔になり、やがて弱く吹き出す。
羚佑:「……はは」
先ほどの泣き顔が嘘のような、はにかんだ笑い。ぐしゃぐしゃだった顔が、少しだけ落ち着いて見える。
羚佑:「なんだよそれ」
「お前さ」
「ほんと、氷みたいなやつだな」
氷護は何も言わない。教室の窓から差す夕日が、二人の机を長く照らしていた。羚佑はその光を見つめ、ぽつりと言う。
羚佑:「……でもさ」
「そういうやつの方が、楽かも」
氷護は言葉の意味を深く追わず、静かに自分の席へ歩きノートを取り出す。教室を出ようとしたそのとき、後ろから声がした。
羚佑:「白鳥」
振り返ると、羚佑が少しだけ笑っている。今度は、無理していない笑顔だ。
羚佑:「……ありがとな」
氷護は眉をひそめる。
氷護:「何が」
羚佑:「秘密守ってくれるやつがいるって、結構助かる」
氷護は少し沈黙してから、短く言った。
氷護:「別に」
そして、扉を閉めて教室を出る。静かな閉まり音が響いた。
その日から――西園寺羚佑は、なぜかよく白鳥氷護の隣にいるようになった。
────
次の日、氷護はいつものように教室の端で本を読んでいた。すると突然、誰かが話しかけてきた。
「白鳥って、いつも本読んでるよな」
それは羚佑だった。すると、羚佑は氷護が読んでいる小説を覗き込む。
羚佑:「それ、面白いの?」
氷護は一瞬だけ小説から目を離して羚佑の目を見た。
少し間。
氷護:「……まあ」
氷護は小説に視線を戻し、短く答えた。すると羚佑は質問をした。
羚佑:「…何読んでるの?」
その言葉に氷護は答えた。
氷護:「ヘミングウェイの老人と海」
その答えに羚佑は質問を続けた。
羚佑:「へぇ…どんな話なの?」
氷護:「ずっと耐えてる老人の話…」
羚佑:「なんだそれ、地味すぎるだろ」
羚佑は氷護の答えに笑う。
氷護:「……そうか」
少し間が空いた時。
氷護:「……でも、嫌いじゃない」
その言葉に、羚佑が何かを言いかけたその時。
「おーい、羚佑! 何してんだよ、そんなところで!」
教室の入り口から、クラスの調子のいい男子数人が声を張り上げながら近づいてくる。一瞬にして、二人の周りにあった静かな温度が、ガヤガヤとした「昼休みの喧騒」に塗り替えられた。
男子A:「お前が大人しく本棚の近くにいるから珍しいと思ってさ。……あ、白鳥じゃん。お前、こいつに絡まれてんの?」
男子B:「あはは、羚佑が読書とかマジで似合わねー!」
羚佑の顔が、一瞬で「いつもの」人気者の仮面に切り替わる。
羚佑:「バカ、ちょっとからかってただけだよ。白鳥ってば、すげー難しい顔して本読んでっからさ」
そう言って、羚佑は氷護の肩にポンと手を置く。昨日の放課後とは違う、軽くて、どこか他人行儀な触れ方。
触られるのに慣れていないせいか、指先一つ一つを肩が感じ取っていた。
氷護:「…………」
氷護は何も言わず、ただ視線を本に戻す。その無反応さに、男子たちは「相変わらず暗いなー」と笑いながら、羚佑の腕を引いて自分たちの輪へ連れ戻そうとする。
男子A:「ほら、早く行こうぜ。購買のパン、売り切れるぞ!」
羚佑:「わかったって、押すなよ」
連れて行かれる間際、羚佑が一度だけ振り返る。
目が合う。
羚佑は、周囲には見えないような小さな動きで、口元に指を当て「内緒な」という合図を送った。
それを見届けてから、氷護は再び『老人と海』の続きに目を落とす。
氷護:(……うるさいな)
そう思ったはずなのに、文字がさっきより頭に入ってこない。
自分の肩に残った、一瞬の熱だけが妙に冷めなかった。
こんにちは、「ピエロが笑わなくても君のままでいい」を読んでくださってありがとうございます。新しいシリーズとして始めたBLですが、どうでしたか?もし、面白いと感じてくれたら幸いです。
これから毎週日曜日に投稿する予定ですが、リアルの予定や状況によっては投稿することができません。そのような事が起きた場合はお詫び申し上げます。
これからも「ピエロが笑わなくても君のままでいい」をよろしくお願いします。
え?何?別で書いてる「海で、息をする」はどうしたのかって? ま、まぁ続きはちゃんと考えてるから……ね?




