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第六話 グロリアを継ぐ日

大広間の中央には、巨大な天秤が据えられていた。

装飾ではない――そう直感できるほど、場の空気を支配している。


(……あれが、法の天秤?)


隣には父と母。

父は平然を装っているが、肩がわずかに強張っている。

母は不思議なほど落ち着いていた。


正面に立つのは、ハインリヒ様。

その背後には、ギュスターヴ・フォン・アイゼンボルグ公爵。


静寂の中、ギュスターヴ様が一歩前に出る。

メダル状の印章を掲げ、朗々と宣言した。


ハインリヒ様が、手品の種を疑って私に渡したメダルと同じだ。

そんな貴重そうなものをあんな場所で出すなよ…みたいな場違いな感想が出るくらいには、緊張している。


「ギュスターヴ・フォン・アイゼンボルグが宣言する。

我が弟ハインリヒ・フォン・アイゼンボルグと、

ダンカン・ホーホエーベネ辺境伯が娘、

グロリア・ホーホエーベネの婚約を、ここに認める。」


父が続く。


「ダンカン・ホーホエーベネ辺境伯が宣言する。

娘グロリア・ホーホエーベネを、

ハインリヒ・フォン・アイゼンボルグとの婚約に付す。」


声に迷いはなかった。

この人は、本当に私の父だ。


「では、婚約指輪の交換を」


ハインリヒ様が前に出る。

以前より、ずっと近い人に見えた。


白を基調とした礼装。

金糸の刺繍が光を受けてきらめく。


私も一歩踏み出す。

コルセットに締め上げられ、息が浅い。


(……足が重い)


指輪が、私の指に通される。

冷たい金属。

けれど、触れた指は驚くほど温かかった。


胸の奥に、じんわりと熱が広がる。


――その先の記憶が、曖昧だ。


気づけば、周囲はざわめきに満ちていた。


「グロリア、大丈夫かい?」


「……え?」


「見事な振る舞いだったよ」


正直、覚えていない。

でも、ハインリヒ様がそう言うなら、そうなのだろう。


次々と挨拶に訪れる貴族たちの中で、

空気の違う人物が現れた。


「兄上、ようやく腰を据える気になりましたか」


金髪の青年。

軽い口調だが、目は鋭い。

隣にいる女性は…少し年上に見えるが、妻なのだろうか?


「ヨハンネス……祝いの場だ。慎め」


「はいはい」


(……この人が、弟)


値踏みするような視線。

思わず背筋が強張る。


「君がグロリア嬢?

アイゼンボルグの名に泥を塗らないでくれよ」


「ヨハンネス!」


「わかったよ。行こう、カサンドラ」


去り際、隣の女性が小さく頭を下げた。

その目に、疲れが滲んでいた。


「すまない。彼は……宮中伯になってから、少しな」


「いえ……気にしていませんから」


気にしていない、は本当だ。

ただ、覚えておこうと思った。


やがて、ギュスターヴ様とその妻のエスメラルダ様が声をかけてくる。


「これから大変でしょうけど……頑張って」


優しい声だった。


(……私は、ここに立っていていいのだろうか)


そんな思いが胸をよぎった、その時。


父と話していたハインリヒ様が


「ダンカン卿、安心してくれ。

私は、命をかけてグロリアを守る」


その言葉に、胸が詰まった。


(……死亡フラグを折った、とかじゃない)


俺は――

この世界で十八年生きた、

グロリア・ホーホエーベネのすべてを、引き継いだ。


だから。


この安堵も、

この胸の痛みも、

きっと彼女のものだ。


それなら――

それまで、精一杯生きよう。


それが、

この名前を背負った者の、責任なのだから。

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