第三十ニ話 国境(ライン)上の賢者たち
ホーホエーベネ南部砦。
ここでは現在リヒャルト伯爵を筆頭に貴族連合が詰めており、さらに、軍の指揮を学ぶため、ハインリヒが来ていた
「兄上が覚悟して行け、と言ったのはこういう事か……」
砦内、執務室でリヒャルトとハインリヒが今後について語り合っていた
「災難でしたな、ハインリヒ卿。しかし獅子は子を何とやらといいます。ここで実戦の空気を感じるのは寧ろ幸運かと」
随分と呑気に構えるリヒャルト伯爵の態度に、ハインリヒは戸惑いながら尋ねた。
「リヒャルト卿、都市同盟軍が来ているというのに……ずいぶん落ち着いておられる?」
ハインリヒの問いに対して、リヒャルトの態度はまるで教え子に対する教師のようであった。
「偵察兵からの情報から推察するに、威力偵察が主たる目的。この砦の様子を見れば都市同盟、盟主であるレオーネであれば攻めてはこんでしょう。ハインリヒ卿、相手の立場になってみてください。現在、我等の砦はどう見えます?」
リヒャルトの問いに、ハインリヒの目つきが変わる。
「仮に私が兵を率いて攻めるとして……まず見るのは旗。アイゼンボルグ、ホーホエーベネ、貴族連合の旗が立っており、しかも兵も十分……落とすなら……」
そこまで言うと、リヒャルトがその後を引き継ぐ。
「都市同盟挙げての総力戦になりますな。しかも、侵攻戦です。兵はいくらあっても足りない。春が近いとはいえまだ寒さも厳しい。補給にも苦労するでしょう。我々は、どっしりと構えていればよろしいかと」
やや呑気とも見える態度を咎めようとハインリヒは逆に尋ねる
「しかし、戦とは得てして思ったとうりにはいかぬものです。リヒャルト卿、都市同盟がこちらを落とすに十分な兵をまとめて来る可能性もあるでしょう」
ハインリヒが最悪の想定を投げかける、が、リヒャルトの態度は変わらなかった。
「確かに、その可能性もゼロではない……ですが、我等が優秀な時は、相手も優秀なものです。優秀な指揮官であれば、兵の無駄な消費は避ける物。相手の力も分からぬのに全ての兵をなげうって総力戦を挑む無謀な指揮官ではありませぬ」
リヒャルトはまるで見てきたかのように語る。
「まあ、懸念点が向こうのタカ派ですが……レオーネであれば抑えるでしょう。そういう男です」
そう語る姿は、どこか遠くにいる友を語るような姿であった。その態度が気になったハインリヒは尋ねる。
「ずいぶん、敵について詳しいのですね、リヒャルト卿」
その問いにリヒャルトは笑って答えた
「なに、戦場で互いに苦汁を飲ませあった仲です、もしかもすれば……妻よりもお互いをわかっておるやも知れませぬ」
クヴェールト川南方、都市同盟側軍陣地
「さて、ここ迄は遅れも無く順調か。」
レオーネは軍幕を張らせ、王国側を見た。
軍幕からは煙がたなびき、香ばしい匂いが立ちこめる
「……腹が減っては……とは言うが、やれやれ……どのような場所においても、飯の臭いというのは緊張感が薄れてかなわん」
そう呟き、ここまでの道中への緊張感を少し緩めたところに、側近のシビラが現れる。
「レオーネ様、斥候が帰りました」
シビラが、斥候の情報をレオーネに語る。
「どうだ?」
「恐らく、攻めるには厳しいかと」
「まあ、読めてはいた。さて、問題は……どう引く理屈をつけるかというところか……」
当然といったようにレオーネは返した。しかし
「レオーネ!また臆病風に吹かれたか!」
アレクスが割ってはいる
「アレクス」
「騎馬兵達は貴様のお陰で練度は十分、号令一つで王国軍の側面を食い破ってみせよう、どうだ?レオーネ。」
威圧するかのように声を上げる。
しかし、レオーネは冷静だった。
「わかった、私も気にはなっていた。この目で確かめよう……アレクス、貴様も来い」
「ふん、小細工などなくとも、戦争になれば俺の正しさを知るだろうさ」
「“貴様に戦争を教えてやる”」
そう言って、レオーネはアレクスを連れ、見張り台に向かった。




