第三十一話 宣戦布告の距離感
ホーホエーベネ邸
早馬でもたらされた情報は簡潔であったが、それでもグロリアの心を乱すのに十分であった。
「都市同盟の……進軍?」
グロリアは思わずペンを取り落とした。
血相を変え、椅子を引き倒し立ち上がる。
「す……すぐに行くわ!用意を──」
「グロリア様」
慌てるグロリアをハンネスがとめる。
その態度は落ち着いており、グロリアの慌てぶりとは好対照であった。
「現在、砦には多くの兵が詰めております。リヒャルト伯爵がおり、しかも防衛戦です。慌てずともよろしいかと」
ハンネスの声色は普段と変わりがなく、逆にグロリアを苛立たせた。
「でも!ハンネス!都市同盟が兵を向けてるの!戦争が……ホーホエーベネが……!」
戦争の兆しに対して、恐怖にに近い反応を示すグロリアに、ハンネスは努めて冷静に抑えた。
「グロリア様、以前御身の立場の重さを、語りましたね」
「そ……そうね」
ハンネスの目が険しくグロリアを見つめる。
「グロリア様、戦争前に辺境伯が砦に赴くというのは、宣戦布告にも近くなります」
ヒュッと息を吸う音が響いた。
厳密に言えば違うのだが、現在南部砦には既に指揮官としてリヒャルト伯爵が存在している。
そこにグロリア──立場で言えばホーホエーベネの総大将でもある──が来るとなると、ホーホエーベネ一帯の総力戦も辞さないというメッセージにもなる。
そこまでの説明を受け、グロリアは床に崩れ落ちた。
「な……なら私はどうしたら」
「予断なき状況ということを頭に入れつつ、普段どうりに、勤めてください」
ハンネスの言葉が残酷にグロリアに刺さる。
「そんな……」
ホーホエーベネの危機に何もできない。いや、下手に動けば危機を招きかねない。その事実にの前に、グロリア打ちのめされた。
その日、グロリアは眠ることができなかった。
都市同盟北部丘陵地帯
威力偵察として相応の兵をまとめる中、レオーネが一つの部隊を見咎める。
「アレクス、なんだこれは?」
そこに居たのは都市同盟虎の子の重装騎馬兵。その数、500。まさに精鋭の中の精鋭であり、王国の騎馬軍に対抗する切り札であった。
「レオーネ、貴様こそだ。2000ほどの兵で落とせると思っているのか」
きらびやかな鎧で飾られたアレクスが馬上から答える。
「私の見立てでは、攻めれん。しかし、万一がある。そのための威力偵察だ」
「ふん、腰抜け。次の盟主選、覚悟しておくのだな私の騎兵達が王国とお前に敗北をもたらすことになる!」
「騎兵の出番が来ればよいがな」
迂闊にも威力偵察に切り札を持ち出すアレクスを咎めるようにレオーネが返すが、気に留めることもなくアレクスはさらに自信満々に語る。
「すぐに動かせる騎馬兵はまだ1000ほど残してある、楽しみにしておけ」
そう言って、高笑いしつつ重装騎馬軍の方へ戻っていった。
知らぬものが見れば威風堂々、戦士の気風を思わせるが、レオーネから見れば張り子の虎同然であった。
「タカ派を押さえる道具としては、いささか過激であったか」
リブラ王国は騎兵を上手く操る、それに対抗する新兵法として、騎馬を中心とした戦術を海外より取り入れたが、タカ派のガス抜きに指揮をアレクスに任せていたのが、増長につながったらしい。
都市同盟最強戦力など触れ込まれているとも聞く。
「なかなか、人というのは上手く動かぬものだな」
「レオーネ様、いかがいたしましょう」
レオーネの執務官、シビラが問う。
「構わん、それで奴の気が済むのであればな。一度引き連れた兵を戻すのも手間だ。まあ、奴も思い知るだろうさ、戦闘に持っていくまでの難しさをな」
そう言って、レオーネは進軍を命じる。
「全軍、出陣!」
太鼓がなり、角笛が響く。
寒空を鉄の兵が音を立てて進む。
それは、グロリアが夢にみた悪夢を思わせる光景であった。




