第二十九話 賢者からの評価、あるいは敗北の苦杯
沈黙が場を支配する。
話がきり出せないというわけじゃない。
多分、必要な話はすべて話したからだろう。
見極めは……恐らく終わった。どのように取られたかは分からないが……
「グロリア様、次は商談などしてみたいものですな」
そういうラバランの声に背中を押され、案内役に促され、私達は外に出た──
「グロリア様!」
外に出て、テントから離れた途端、足から力が抜けた。安心……安堵……その他の感情が湧き出す
「だ……大丈夫ハンネス……緊張が途切れただけだから……」
私の周りには、私よりもこの世界を見通している人が多い……悔しい、とどかない。どうすればいいかも……分からない。
「ハンネス……私は……」
「グロリア様、少しお聞きください」
弱音が零れそうになったが、ハンネスが口を開く
「以前にも言いましたが、あなたは今まで見えなかった物が見えています。恐らく、その見えているものはハインリヒ閣下よりも遠くを見ておられる」
ハインリヒ様。今一番会いたい人。
そして──会ってはいけない人。
「しかし、遠くを見ると人はその距離にうんざりするものです。長距離行軍の訓練など、地味で嫌なものでした」
ハンネスの口調は優しかった
「グロリア様、まずは足元です。何処に立っておられますか?」
私が立つ場所……地面……冬の寒さが大地から伝わってくる……違う、私が立つべき場所。それはこの土地、この領地、その名前。
「……ホーホエーベネ……」
「そのとおりです。行軍もそうです。まず足元を確認し、己の体を確認し、万全を期して進みます」
ハンネスの支えを借りて立ち上がる。その体はまるで巨木のように揺るがない。
「グロリア様、あなたの踏みしめる大地は、あなたの足元はそう崩れません」
意識して、地面を踏みしめる。冬の寒さで草木が眠りについている……しかし、春になれば花が咲き、虫が現れ、動物が目を覚ますだろう。
そして、人々がその年を生きるために……麦を植え、働きだすのだろう……
「グロリア様、間に合います。ギュスターヴ閣下が、ハインリヒ閣下が、ホーホエーベネの貴族が、何より父上ダンカン様が、あなたを支えています」
見えない力、それが私の立場を支えている
それは信頼であったり、信用で合ったり……愛であったり……あの顔が過ぎる。そのために、強くなりたい。
「グロリア様、私の支えも使ってくださいませ。残念ながら、こうして立つことの助けしか出来ませんが」
「……ありがとう、ハンネス」
まだ足りない、けどそれを補ってくれる人がいる。
逃げずに立ち向かっていれば、いつかは届く。
ラバランにも──ゲバルトにも
テント内
「グロリア・ホーホエーベネか……」
名を口で転がす。
「よろしかったのですか?ラバラン様」
「……今は、商談の相手にするには未熟すぎる相手だ……」
側近の言葉の返答とは裏腹にラバランは楽しそうに答えた。
その様子を訝しんだ側近はさらに尋ねる。
「それにしては……随分と愉快な様子で」
「フフフ……商人というのはな、商談相手が育つのを待つのもまた楽しいものなのだよ」
目を閉じて、グロリアを思い出す。
知識は、無い。
しかし知恵がある。
何より、こちらを見るあの眼差し。恐らく、対峙したラバランのさらに向こうを見透かそうとしていた。
「成る程、ダンカン様。ずいぶん面白い人間を育てたものですな」
そう独りごちる。
「……レオーネには、こう報告しろ。新辺境伯、未熟。今は商談の相手足り得ぬ、とな。」
レオーネ
都市同盟の盟主であり、現在の都市同盟の最高意思決定人である。
「……よろしいので?進行判断にされると思いますが」
「構わん、南部砦の旗を見れば奴なら引く。抑えきれずに戦闘になっても……今のホーホエーベネは盤石だ。落とせはせんよ……」
深く椅子に座り込み目を閉じる
「フフ、グロリア様。あなたと取引できる日が来ることを望みますよ、私は」




