第二十五話 白き賢者の冷徹な天秤
「はじめまして、ラバラン殿。ホーホエーベネ辺境伯、グロリアです。父ダンカンより、その地位を譲られました」
挨拶一つでここまで緊張することなんてあるのだろうか。
事前に聞いてはいたが、相対するとゲバルトとは違う圧迫感がある。
あちらが闇に自分を置いて隠しているとするなら、ラバランは逆だ。
その瞳は、濁りのないガラス玉のようだった。隠し事など何もないと言わんばかりのその視線は、こちらの思考の裏側まで透かして見ようとする。眩い白の衣装から漂う清涼な香りが、逆に私を息苦しくさせた。
そう、彼はおそらく……あえてすべてをさらけ出して、こちらを試す。
正直、どっちも願い下げだけど。
「ご丁寧にどうも。色々調度品を買い漁っておられると聞きましてね。贔屓にさせてもらおうと思って、お声掛けしたのですが……」
そう言いながら、中央を見る。
その視線の先には……例の檻。
「我々、都市同盟のやり方は、やはり受け入れられませんか?」
優しい声のトーンが響く。
その表情は柔和で、敵意を感じない。
正直、真意がつかめない。
「そう言うわけでは……その、王国では奴隷制は廃止されてます。なら何故ここで奴隷のやり取りが──」
そう言う私に割ってはいるラバラン
「ここは!……いいですかな?グロリア様。ここは、我々が買い取った土地です」
ラバランは、まるで明白な数学の解を述べるように淡々と言った。
「契約に基づき、対価を支払い、リブラ王国がその自治権を認めた。ここで我々の法を否定することは、貴女の父君が結んだ条約そのものを否定することになります。……さて、新辺境伯殿。貴女は法を軽んじるお方なのかな?」
そう言われると、返す言葉もない
「そ……そういう訳…では」
威圧的でもない。そして、こちらを責めているわけではない。
なのに、何か圧力のような物を感じで、言葉が出てこない。
どうにか、次の言葉を紡ぎ出す
「あなた達は……都市同盟の奴隷の扱いは……どうなっているのですか?」
そう聞く私に、ラバランはさも当然と言わんばかりに……いや、数学者に1足す1を聞いたかのような表情で答えが返ってきた。
「ふむ、奴隷の扱い。為政者ともあろうお方が、そのような事を聞くのですかな?」
ラバランの目が鋭く向けられる。
正直、領主としても人間としても未熟な私にみんな厳しすぎないか?
「ええと、その」
答えに詰まった私をラバランが追い詰める。
いや、追い詰めているつもりはないのだろう。
ここまでのやり取りは彼にとっては、商談にはいる前の雑談……いや、雑談という中身のあるやりとりですらないのかもしれない。
「我々にとって奴隷も、領民も変わりません。金で買える労働力。お分かりですか?」
奴隷と領民……その違い。
権利、立場……そして?それから?
その答えを出そうと口を開……こうとする。
その時、中央で問題の奴隷の剣闘士の戦いが始まったらしく、歓声が響く。
「ご覧になられますかな?」
断ってもいい。はず。
だって、人と人が斬り合うのだ。碌な事にならない
「……は……はい」
ただ、私は雰囲気に飲まれて、その提案を受けるしか無かった。
そして、奴隷への答えをはぐらかせたことへの安堵、そして為政者として明確に答えられなかった敗北感を同時に感じていた。




