第二十四話 熱帯の天幕、そして、白衣の賢者
「広い……」
中に入ると、外のイメージとはまた違う。
カーテンをうまく使った仕切りで外から受けたイメージよりも広く感じる。
テントの中は、外の寒さが嘘のように熱を孕んでいた。無数のランプが天幕の天井を照らし、揺れるカーテンが迷宮のような影を作っている。どこか遠くで、太鼓を叩くような単調なリズムと、酔客の怒号が響いていた。
靴下から感じる敷かれた絨毯の感触は驚くほど心地がいい。私の屋敷の絨毯よりも良いんじゃないか?
鼻腔をくすぐる匂いは甘く、何処か高揚感すら湧いてくる。
「グロリア様、おそらく大丈夫でしょうが……何か不調があれば言ってください。ここで炊かれる香は……少し、慣れぬ者には毒です。」
ハンネスが気を使ってか声をかけてくれる。
「その……麻薬のような?」
「ふむ、そう言われればそうとしか言えません。しかし、都市同盟では祝い事であったり、来客を迎える時などに使われる、いわば歓迎の礼のようなものです」
所変わればとはよく言ったものではあるが…かわりすぎじゃないか?
異国情緒溢れる……と言ったら上品すぎる。
あちらにはおそらくカード賭博での盛り上がりが。
そう思えばこちらには遠方の珍品の商談の騒ぎが。
小さなステージのような場所で繰り広げられている……少し過激なダンス。
無国籍なにぎわいは、さりとて無秩序というわけでもない。
何らかのルールに沿って秩序だって、しかし個人の感情の発露が伝播し、混沌とした賑わいを見せている。
そのなかでもひときわ目を引く存在。中央にある物は目玉の出し物なのか、円形の檻がある。
「あれは……」
なんとなく察してしまう。それに気づいたハンネスが説明してくれる。
「奴隷同士の戦いを見物するものですね。奴隷の剣闘士達の戦いは、近年盛り上がっていると聞いております」
奴隷……少し穏やかではない響き。
「奴隷……がいるのね、都市同盟には」
「基本的に奴隷は都市同盟側では合法です」
ハンネスはあくまで冷静だった。
「急激な人口増加に耐えられない都市計画ですので、必要になればその時だけ必要な人物が奴隷として連れてこられます。立場は様々ですが……」
「……なんとか、出来ない?」
思わずついて出た言葉は震えていた。
奴隷と聞いては流石に穏やかではいられない。
「ふむ、グロリア様。あえてお聞きします。どうなさりたいので?」
ハンネスの問いに明確な答えがあるわけではない、が。
「出来れば……奴隷制をやめてほしい、かな?」
そう言うと、こちらに声をかけてきた人物がいた
「成る程、新辺境伯様も奴隷は野蛮だと、そう仰りたい?」
背後から響いたのは、鈴の音のように涼やかで、それでいて蛇が這うような粘り気のある声だった。
振り返ると、そこにいたのは眩いほど純白の衣を纏った男だ。砂漠の砂を払ったばかりのような、あまりに清潔なその姿は、この血と汗の入り混じる空間で浮き上がって見えた。
「あなたは……」
「どうも、新辺境伯様。ラバランとお呼びください。一応、ここの責任者のようなものです」




