第二十三話 漂泊する、巨大な城(パビリオン)
夜。
オイゲン市南部郊外、都市同盟共同体。
日もとっぷりと落ち、外気が体を凍らせる。
厚手のマントを羽織ってはいるが、じわりと染み込んでくる冷気に身体が縮こまる。
普段は暖炉に暖められた部屋で書類作業に追われている時間なので、こんな時間に外に出るなんて考えてみれば初めてかもしれない。
ダウンジャケットもヒートテックもない時代の夜の厳しさを改めて知る。
指定された場所に行くと、夜の闇にぼんやりと浮かび上がる白い建物。
古さを感じさせるが、漏れ聞こえる音楽や喧騒は、その建物の中を否が応でも想像させる。
「……大きなテントね……」
体育館ほどもある巨大な天幕が、ぼんやりと明かりで照らし出されている。
ここが、都市同盟がリブラ王国に置く共同体。
その威容に圧倒されていると、ハンネスが口を開く。
「元々、都市同盟は遊牧民を祖としています。
その中で、安定した土地に根を下ろし、都市同士で結び合ったのが、現在の形です」
「……だから、今もテント?」
「はい。固定の建物を持たぬのは、どこにも属さぬという意思表示でもあります。
この天幕は、同盟初期に使われていたものを受け継いだ象徴ですね」
「……思ったより、歴史があるんだね」
入口近くに行くと、チラホラと仮面をした貴族のような人物も増える。
服装からして、山側貴族、ホーホエーベネの貴族も居る。
「リリア様が以前調べていましたが、王国の貴族も呼び広い賭場が開かれているとか」
「賭場か……」
「恐らく、そこに誘うつもりかと」
でも、それだけが目的じゃない。
恐らく、私を知りたいんだ。
異例で辺境伯になった私を
「格付け、ってことなのかな?多分」
「ふむ、ありえますね。ここの責任者たるラバランは、都市同盟で賢者とも呼ばれる知恵者です。油断すれば、取り込まれます」
思わず背筋が伸びる。
どうしてこう私より頭のいい人間ばかりと会うことになるのか。
共同体テント入口、受付の人物は気立ての良さそうな女性だった。どんな時代でも、にこやかな女性というのは看板として優秀らしい。
「木札を確認しました、履物を脱ぎ木札の番号と同じ箱の場所に靴をおいれになり、テントに入ってください。」
そう言って指し示された場所には、壁一面に箱を敷き詰めたタンスのような物。
蓋にはそれぞれ順番に数字が書かれている…いや、違うどこかで見たことがある…前世で…確か風呂が壊れた時に行った銭湯で…
「……銭湯の靴箱じゃん!」
思わず叫んでしまった。
どうりで見たことあるはずだ。銭湯の靴箱そのものが並んでいた。
奇妙な懐かしさを覚えながらブーツを脱ぎ、箱に収める。
すると、ハンネスが厳しい顔で呟いた。
「……成る程、考えましたね。」
「何が?」
「靴を脱がせるということは容易に逃げられないと言うことです。錠も鎖も必要ない。さらにそれを容易に取り出せない。」
背筋が凍る。外は恐らく気温はマイナスだろう。何かあったとして素足で外に出たら足が凍傷でどうにかなるだろう。
「……ハンネス」
思わず頼もしい護衛を見あげてしまう。
そこには厳しい顔の中に決意を秘めたハンネスの姿。
「いざとなれば、私が命を賭けます。それに、合図を出せば、リリア様が馬車を回してくれます。お二人でお逃げになってください」
「ありがとう。でも……大丈夫。そんなことさせないから」
けしてハンネスを犠牲にはしない。そう決意する。
ここは、敵地じゃない。しかし、私の領地でもない。
都市同盟の法が息づく場所。
都市同盟ホーホエーベネ共同体。一体、何が待っているのだろう…




