第十九話 嶺に雲、鳥は南へ
ホーホエーベネの屋敷のある、首都ホーホエンはどっちかっていうとファンタジーでよく見る街並みだったが、オイゲン市は、例えるなら活気ある市場だ。
東西に流れるクヴェールト川にほど近いその市は、山からの品、都市同盟側からの交易品がぶつかる、一大商業都市となっていた。
「グロリア様、離れないでください」
「……初めてきたけど、すごいな……」
「私は、ホーホエーベネのお屋敷に行く前はここで働いていましたが、相変わらずの街です」
リリアもこの年で苦労しているみたいだ。
ハンネスの身体を傘のようにして人混みを進む。
「スリ等に気をつけてくださいませ、私も警戒していますが、この人数です。気づかぬやもしれません」
正直な人だ。漫画なんかの優秀な護衛みたいに、何でもできるみたいな事は言わない。できない時は出来無いと言うし、分からない時は動けるときまで静観する。見習わなければ。
何か、言い争う声が聞こえる
「この証文に書いてあるだろうが!」
「知らねえ!『魔法』じゃねえのか!?」
見ると何か言い争う男たち。魔法と聞いて、考えるよりも先に身体が動いた。
「あなた達!何しているの!?」
「あ……あんた!グロリア辺境伯様!?」
「おい!逃げるぞ!」
蜘蛛の子を散らすように、男たちが逃げる、思わず手のやり場が無くなる
「グロリア様!」
ハンネスが少し厳しく声をかける。
「……御身の身分の大きさ、自覚してくださいましたか」
……考えてみたら、単なる言い争いで大臣が出てきたようなものか……
「ごめんなさい、ハンネス。軽率だったわ」
「構いません。上に立つのなら、切り捨てるという視野も必要でございます」
切り捨てる。確かに正しい。
私も切り捨てた。守られていた、あの時間を─
「全てを切れ、という訳ではありません。事に当たるに当たって順序がございます。先ほどの輩も、武器を持っていれば、止めねばなりません。」
ハンネスは、こちらの心を読んでいるようだ
「……ありがとう、ハンネス」
「この程度、護衛の仕事のうちでございます。」
男たちが落としていった紙を拾うが、全くよくできた詩であった。
「見事な詩ね、高い嶺に雲がかかり、三羽の鳥が南へ飛ぶなんて、情景が浮かぶみたい」
でもなぜこれで争っていたのか、ハンネスと共に首を傾げるが、リリアが文面を読み、予想外の言葉を放った。
「……これ、借金の督促ですね」
「わかるの!?」
「これ、歌じゃないんです、お嬢様。……『嶺』は元金を、『鳥』は利息を指しています。山側の貴族の勢力が、契約魔法に後れを取らないために作り出した、いわば符丁です」
この国では、貴族の勢力が分かれている。
保守的、伝統を持って当たる山側勢力、通称山貴族。
交易や解放をもって改革にあたる海側貴族、通称海貴族。
そして、私達南部平原の新興貴族。
しかし、そんななかでも符丁となると、かなり精通していなければわからないはず。
リリアこそ、何者なんだ一体。
「……差し出がましいのですが、リリア様、一体どこでその符丁を?」
ハンネスが聞いてくれる、ありがたい
「……私の家、借金まみれでしたから」
少し寂しげにリリアが呟く。
ここでも、お金だ。
今頭を悩ませている問題の、ゲバルトと同じ位置にお金がある。
簡単に人を変えることのできる力。
お金、そして証文。
それを握っているゲバルト……
お金が全てじゃない、愛が全てだと、無責任に思っていた事もあった。
しかし、実際に人の上に立ち、人を運用する立場になるとお金ほど強い力はない。
「グロリア様、オイゲン市の商工会はこちらです」
忘れていた。本命はこっちだった。
証文を捨てるのも問題だし、持っていくことにした
……しかし、なぜ山の符丁で書かれた借金の督促状がここにあるのか……謎は深まるばかりだ




