第十八話 若き辺境伯の執務机
勇ましく辺境伯を継ぐと宣言したが、早くも音を上げそうになった。
原因は……目の前の書類の山。
「……えぇ……まだこんなにあるの……?」
様々な申請の書類。徴税、治水、放牧…。
次に軍だ、羽のように金が飛んでいく、ある意味ホラー映画より怖い。
父はこの書類の山との格闘に加えて、南の防衛もこなしてきた。
「……やっぱ貴族に転生がイージーって考えてた現代っておかしいわ」
「何の話ですか?お嬢様」
リリアが紅茶を淹れてくれた。
すっかり私の秘書みたいなポジションに収まった
「……リリア、お願い、ちょっとだけ息抜きさせて」
「ダメです、アマリア様から厳しく仰せ使っておりますので。」
これだけ書類をこなしているのには理由がある
「海外のインクなら、契約魔法が効かないって聞いたけど」
とにかく、ゲバルトに対抗する手段を整えなければならない。
そのため第一歩、ホーホエーベネ領での契約書履行に関しての対策。
「……本当に効くのかな……」
ハインリヒ様が見せてくれたあの恐ろしい瞬間。
書類を無視するのは容易い。しかし、貴族の社会は契約の社会だ。
例え書き換えられたと言っても、それを証明できなければ意味がない。
とにかく、ホーホエーベネはリブラ王国の直接の壁になっている。
南の都市同盟との戦争、それを起こさないための備え。
「……頑張らないと。」
口に出すと、鼻の奥にツンとした感覚を蘇らせてしまう。
心にしまっておきたいのに、ふとした瞬間に飛び出してくる。
身体はともかく、心は乙女なはずないのに。
チラリと時計を見る。
リブラ王国では機械時計が無く、海外から輸入するしかない。
時間が分からないと不便なので、館の皆に標準装備させている。
背筋が凍る程の金が飛んでいった上に、領民からは『散財令嬢』の新たな称号をありがたく頂いた。
「視察に行くわ!リリア!やっぱり現場を見ないとわからない!」
「そんな時だけ元気ですね、お嬢様」
未だにお嬢様と呼んでくれるのは、リリアだけだ。最初はグロリア様と言おうとしていたけど、止めた。
……一つぐらい、あの日のまま、残っててもいい。
「また来たよあの人」
「暇なのかねぇ…」
視察と言っても最小限の人数だ。秘書役のリリアと─
「グロリア様、こちらです。」
壁のような大男─ハンネス・バルサンスキ
ハインリヒ様の護衛だった人だ。彼が来た日を思い出す
「……なんであなたが」
ハンネスが訪ねてきて驚いた、しかも名指しで私を訪ねてくるとは
「……これを。」
手紙だ。宛名を確認する必要もない。
涙が溢れそうになる。埋めてきたはずなのに。
〈グロリア、多くは語らない。私には、まだ見えぬものが多い。その目を養うため、今兄上の下にいる。
ハンネスを上手く使ってやってくれ。彼は、私の剣だ。
力の足りぬ私の代わりに、きっと君を守ってくれるはずだ〉
その日、泣かないと決めたはずなのに、泣いてしまった。弱い人間だ。
「ここより先が、緩衝地帯でもあります」
「……実際戦争になるとこの辺までは陣を張るってことか……」
私自身は剣を握らない、代わりに戦争の意味を知る。
地形を知ることは敵を知ることだと、父が言っていた。
知らないことが多すぎる……間に合うのか
「大丈夫ですよ、お嬢様。」
リリアが励ましてくれる
「私の出身の言葉です、歩く亀に、ウサギは追いつけない。お嬢様が前に進んでいる限り、間に合わないなんてことはありません」
リリアは本当に侍従にしてていいような頭じゃない。
本当、いてくれてよかった。
「実際の戦争となれば、リヒャルト伯爵が音頭を取るはずです。彼に任せれば、ひとまずは大丈夫でしょう」
ハンネスが補足してくれる。
リヒャルト・ワーグナー伯爵。
父の盟友。
そして、私の辺境伯就任にいち早く駆けつけてくれた人だ。
周囲の爵位持ちにも声をかけてくれた。頭が上がらないが、頼りきりでもよくない。
独り立ちしなければ……
「……よろしいですが、グロリア様。」
「なんでしょう、ハンネス様……ハンネス」
未だに呼び捨ては慣れない
「ハインリヒ閣下もそうでしたが、1人で抱え込みすぎです。」
気づかれていたのか。
「グロリア様、あなたは一つ先を見る術を得ました。そのために、焦っているのです」
そう、焦っている。
早くしなければ、ゲバルトにすべて燃やされてしまう
「……これは、武術の話です。剣を振る、弓を射るにも動作の起こりがあります。智謀策謀もそうです。いかに闇で準備を整えようと、真実は隠しきれるものではありません」
『真実を歪める魔法より、真実を隠しきれぬ手品が、私は好きだよ』
ハインリヒ様の言葉を思い出してしまう。泣くな、グロリア。
「グロリア様、焦ってここで取りこぼしては、それこそ台無しです。石橋は叩いて渡るものです、音がしなくなれば、渡りどきです」
そのことわざ、この世界にもあるのか
「ありがとう、ハンネス。次は……オイゲン市に行きましょう」
祖父オイゲンの名前を冠した町、首都ホーホエンに次ぐ第二の都市。
ここで、事件に遭う




