十七話 老兵たちの茶会、あるいは裏側の戦争
「……領民というのも、楽ではないな」
賑やかな市の片隅、屋外で開いているカフェ。
「……ダンカン卿」
「もう、ただのダンカンだよ、リヒャルト伯爵」
ダンカン元辺境伯。
そして、リヒャルト・ワーグナー伯爵。
この場にそぐわぬ二人が、市井の喧騒に目を向ける
「ふっ……握る武器が剣から帳簿になっても、優秀だと聞いたぞ?」
「……何、戦場だ。心構えはそう変わらん……そちらは、どうだ。」
「『山』は未だ動かん……が、海が騒がしい」
「ゲバルト卿のお膝元だ、仕方あるまい」
「いや……契約魔法、知っておるな?」
「嫌というほどな。辺境伯などをやっておれば、中央貴族とのやりとりもある……」
リブラ王国の秘密。王宮中枢で使われている、人を縛る術だ。
グロリアの裁判の一件にて、貴族だけでなく、民にまで広がった。
「……厄介なのは、一度書けば二度と書き換えられんことだ。無理に消そうとすれば紙ごと燃える。……まるで、文字が紙に根を張っているようにな。書き換えられんのなら、別の紙に、別のインクで上書きするしかないが……そんな度胸のある奴はこの国にはおらん……あれには憎しみしか起きんよ」
嘆息と共に、ダンカンは愚痴を吐いた。
次にリヒャルトから発せられたのは、意外なひと言だった。
「海外の書類には、聞かぬらしい」
「……何?」
ダンカンが耳を傾ける
「元々、海側では書類のインクの質が違っていたのは知っているか?」
「まて、初耳だぞ」
「海外からきた書類は、一旦何処かに集められ、そこで国内用に書き換えられ、王宮に届く」
「その……何処かとは……」
「ゲバルト・アイゼンボルグ卿の息のかかった貴族共の支配下だ」
ダンカンは息を呑んだ。改めて、ゲバルトという男の恐ろしさを知った
「情報が情報だ、どこで漏れるかわからん。だから私が直接来た」
「……すまん、リヒャルト」
「ダンカン、グロリア辺境伯殿、上手くやっておられるぞ。」
「……お前が音頭をとってくれたおかげだ。」
2人は戦友だった。都市同盟との戦争では2人そろって悪魔の行軍と恐れられた。
「……敵の狙いが分からん、気をつけろよ」
「グロリアを、頼む。」
その言葉を最後に、かつて「悪魔」と呼ばれた男は市井に紛れて姿を消した。
ゲバルトが「情報」という鎖で国を縛るなら。
彼女は、この高原から何を解き放とうとするのか。
ホーホエーベネ。南の高原。
吹き始めた風は、まだ冷たく、鋭い。




