二部序章 グロリア・ホーホエーベネ辺境伯の誕生
冬の寒さを和らげる陽光が、テーブルの上のシグネットリングを照らす
「グロリア、お前の話は分かった。」
ダンカンは、静かにそういった。
「ゲバルトに相対する為に……爵位を持ち、貴族として立ち向かいたいのだな」
軽い気持ちで言ったのではないだろう。
貴族として、国の裏側で動いている物に光を当て、立ち向かうのには同じ力が必要だ。
しかし──
「ヌルいな、仮に今爵位を受け取り、貴族として立ち向かって、ゲバルトに手が届くのは何時になる?」
「それは……」
グロリアは言葉に詰まった。当然だ。
市民と貴族に力の差があるように、貴族と貴族の間……爵位の差とは力の差である。
別に理解していなかった訳でもないが、言い出す覚悟がたりない。
それでは、いけない
ダンカンが机に羊皮紙を広げた。
そこには領内を支える家々の署名が連ねられていた。
「グロリア、貴族たちの連判状だ……私がほうぼう頭を下げ、理解を募った」
「それは……」
「何を言いたいか、分かるな?」
(逃げ道を、塞がれた)
それは単なる名簿ではない。
そして、単なる家名の引き継ぎでもない。
グロリアという少女に、数万の領民の命を預けるという重い『契約』だった。
テーブルの上におかれたシグネットリングを手に取る。
つい先日、細い薬指を飾っていた華奢な金細工とは違う。ずしりと重く、武骨な金属の質感。そこから伝わる熱は、この地を守ってきたホーホエーベネの血筋の熱でもあった。
「謹んで、拝領致します」
ここに、グロリアホーホエーベネ辺境伯が、静かに誕生した。
次の年を思い、人と大地が春を望み微睡む
十二月、半ばの週の話。
「ギュスターヴ・フォン・アイゼンボルグが宣言する。グロリア・ホーホエーベネを、新たな辺境伯として、認める」
ホーホエーベネ領、辺境伯屋敷。
略式ではあるが、グロリアの辺境伯就任の儀は終わった。
本来なら、アイゼンボルグ本領まで出向かればならなかったが──
「ここでホーホエーベネが我が領まで来るとなれば、ヘタをすればアイゼンボルグが南部統一からの王都への反攻を立ててのこと、とのそしりも受けかねん」
という、ギュスターヴの言葉によりホーホエーベネ領で就任式を行うことになった。
(……ハインリヒ様)
「すまない、ハインリヒは別件で城にいる今のあいつは、私より多忙だ」
ギュスターヴに話しかけられ、ようやくその目線が探しているのがハインリヒだと、グロリアは気づいた。
「い、いえ……申し訳ありません、閣下」
しかし、ギュスターヴの目線は厳しさではなかった。
「心の不安はわかる。私もそうだった、特にグロリア、卿は望まざる戦いに身を投じ、その身を貴族として立たせたのだ。察して余りある」
自身を卿と呼ぶギュスターヴの態度に、グロリアは背筋が伸びた。
「ゲバルトのやつが、卿が育つまで待ってくれるということはない。しかし時間が無いわけではない。そのために我等がいる」
その場を見れば、ギュスターヴの他ホーホエーベネを支える貴族の姿。
「皆、君の父が、祖父が、国と領を思い繋げた目に見えぬ契約──そう、信頼によってここに集っている」
そうだ、ゲバルトが契約と力で支配するのなら、私はそれを上回る力──信頼という曖昧で強い絆を結ばねばならない。
「……グロリア卿、迷ってもよい、立ち止まってもよい。しかし、歩みを止めるな。それが貴族としての大きな一歩だ」
――卿。
少女として慈しまれる時間を捨て、一人の領主として、彼は私を呼んだのだ。
その響きに、震えそうになる膝を精神で押さえつける。
「……はい……」
国を包む暗雲はいまだ深い。しかし、どんなに雲が厚くともその頭上には太陽がある。
グロリアの決意は、雲間に差し込む陽光のようにささやかではあったが、それでも強い輝きであった。




