第十三話 ゲバルト・アイゼンボルグが葬りしもの─焔の名を呼ぶ─
裁判に、意味はない。
いや――元々は、あった。
筋書きは、こうだ。
まず、グロリアを盗人として扱う。
貴族たちは囃し立てるだろう。
恐らく、手品を使うに違いない。
そのために、メダルは“用意”しておいた。
手に渡るように。
そうすれば簡単だ。
得意げに披露し、裁判の場で追い詰められる。
あとは、私がケチな悪役を演じるだけだった。
――なのに。
(小娘……いや)
視線を向ける。
ギュスターヴに向けるのと、同じ目で。
(……我が敵か)
嫌な目だ。
小麦の香りが、ふと脳裏をよぎる。
思い出してはいけない。
それは、憎悪の奥に沈めておくべきものだ。
この場で、決着はつかない。
(グロリア・ホーホエーベネ)
ゲバルトが名を覚える人間は、そう多くない。
兄、アルベルト。
その息子、ギュスターヴ。
そして――
いや、口に出すな。
声にするな。
それは、憎悪の奥に封じるべき名だ。
「……決着は、いずれつけよう」
ゲバルトは、先に立ち去った。
敗北ではない。
計画が、少し狂っただけだ。
次の手を、考えねばならない。
――しかし。
振り返る。
二つの視線が、こちらを見ていた。
世界を見る目。
そして、立ち向かう目。
「……フン」
敗北ではない。
決して。
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ギュスターヴは、去っていく背中を見送った。
いつ見ても、恐ろしい男だ。
「……父上」
思わず、答えを求めるように呟く。
「シンクレア……」
「誰ですか? そのお方は」
風が、小麦の香りを運んでくる。
そんな日だった。
父アルベルトは、決まって酒を飲み、泣いた。
その中で、唯一、聞いたことのない名前。
「ゲバルトの妻だった人だ。
素晴らしい人だった……お前が生まれると同時に、亡くなってしまった」
ゲバルト・アイゼンボルグ。
父は、頼れと言った。
だが、私は固辞した。
あの男の毒を、少しでも受ければ――
もしもの時、戦えなくなる気がしたからだ。
「お前の名付け親でもあった。
遠い叙事詩の英雄の名だと言っていた」
「……そうですか……」
信じ難かった。
だが、父が誤るはずがない。
――あの魔物も、人だったのだ。
ギュスターヴは、エスメラルダを見た。
(もし、君を失っていたら……)
答えは、出ない。
去った男へと、再び視線を向ける。
(……シンクレア。
あなたがいてくれたなら……
あの魔物も、人でいられたのだろうか)
ギュスターヴは、一人、
ゲバルトの過去を見つめていた。




