第十一話後編 真の貴族─置いていかれた背中
ざわめきは、止まらない。
だが――もはや、それに意味はなかった。
裁判長は一度、傍聴人を諌めようとして──やめた。
ここで価値を持つのは、声の大小ではない。
この場に立っているのは、三人だけだ。
グロリア。
ゲバルト。
そして、ギュスターヴ。
(……グロリア)
ハインリヒは、初めて己の無力を呪った。
なぜ、自分は弁護席にいない。
なぜ、彼女の隣に立てていない。
裁判が始まる直前の光景が、脳裏をよぎる。
「兄上! 私がグロリアの弁護を!」
「ハインリヒ、思い上がるな」
ギュスターヴは、冷ややかに弟を睨んだ。
「グロリア嬢は──もう、お前の隣にはいない」
「……どういうことですか?」
戸惑うハインリヒに、兄は淡々と言い放った。
「彼女は、貴族になった。
私と同じ目を持つようになったのだ」
その視線は、ハインリヒを見ていなかった。
世界を見据える目だった。
「見ているがいい。
真の貴族の戦いを」
(……あの時は、ただ不思議な少女だった)
初めて会った日のことを思い出す。
コインが消えた。
それだけで、心を奪われた。
だが、今は違う。
彼女は、自分の足で立っている。
兄と、叔父と、対等に向き合い、
言葉を選び、沈黙を武器にしている。
(……ああ、そういうことか)
守っているつもりだった。
守り続ける覚悟も、あった。
だが――それは違う。
(私では、まだ足りない)
叔父の意図は、まだ読めない。
だが、グロリアは――
その戦い方を、すでに知っている。
ギュスターヴは、ずっとそこにいた。
あの場所に立ち、世界と向き合い、戦ってきた。
(……真の貴族)
その意味を、今の私にはまだ理解できない。
だが、一つだけは分かる。
彼女は、先に行ったのだ。
置いていかれたわけではない。
――私が、立ち止まっていただけだ。
ハインリヒは、静かに拳を握った。
それは、焦りでも、怒りでもない。
遅れて芽生えた、決意だった。




