第十一話前編 真の貴族─決意の宣言
大広間の中央に据えられた天秤が、裁判のものへと姿を変える。
もっとも、それは誰にとっても、もはや意味のない行為だった。
やがて裁判員が入り、裁判長が着席する。
形式ばった動作ののち、開廷が宣言された。
「――では、略式ながら、ここに
アイゼンボルグ家・王家の象徴のメダル盗難事件の裁判を始める」
用意された被告人席に、グロリア・ホーホエーベネが立つ。
ハインリヒは最後まで、その隣に立とうとしていた。
だが、彼女は首を横に振り、それを拒んだ。
弁護人として前に立つのは、
アイゼンボルグ家当主、ギュスターヴ・フォン・アイゼンボルグ。
そして検事役――
ゲバルト・アイゼンボルグ。
その配置を見ただけで、この裁判の行方は知れていた。
ゲバルトが、一歩前に出る。
「それでは――
王家の象徴のメダル盗難事件のあらましを説明いたしましょう」
どこまでも静かな声だった。
感情の起伏を一切感じさせない。
「王家の象徴のメダル。以後、メダルと呼びます。
昨夜、このアイゼンボルグ大広間――まさに、この場所に保管されておりました」
ただの事実確認。
だが、その一言一言が、場を縛っていく。
「婚約の場において、
多くの方がご覧になったことでしょう」
貴族たちのざわめきが広がる。
原因は二つあった。
――婚約破棄。
――そして、この裁判。
だが、そんな空気など意に介さぬように、
裁判は淡々と進む。
「問題となるのは、その後です」
ゲバルトの視線が、グロリアへと向けられた。
「宴席において、グロリア嬢が披露した“術”。
手品、と呼ばれていましたな」
場の視線が、一斉に集まる。
「この術が、魔法ではないのか――
それが、疑義の中心です」
ざわめきが、質を変える。
好奇と不安が混じった、重たい音。
「……いかがですかな、グロリア嬢」
深い瞳が、彼女を射抜く。
「……魔法ではありません」
グロリアは、静かに答えた。
「誰にでも可能な、技術です」
ざわめきが、大きくなる。
そこで、ギュスターヴが前に出た。
「その点については、こちらから補足を」
低く、落ち着いた声。
「契約魔法は、紙とインクを媒介とする術。
グロリア嬢の手品は――
少なくとも、我らの知る魔法体系には該当しない」
理は、通っている。
だが――
「……成る程」
ゲバルトは、ゆっくりと頷いた。
「筋は通っていますな。
ですが……」
視線を、再びグロリアへ。
「本人の口から、直接聞きたい」
裁判長が口を開きかける。
「……ゲバルト卿、わしが――」
「静かに。裁判長」
その一言で、空気が凍りついた。
裁判長は、言葉を失う。
もはや、この場で裁かれているのは、
罪ではなく――力関係だった。
『光が強ければ、影も濃くなる』
ハインリヒの声が、脳裏をよぎる。
『羨望は、すぐに嫌疑へと変わる。
それが、貴族だ』
(……ハインリヒ様)
あの時、抱きしめてほしかった。
『大丈夫だ、私がいる』と。
(……あなたのために、私にできることを)
グロリアは、一歩前に出た。
「私は――無実です」
声は、よく通った。
そして、深く頭を下げる。
「宴席での軽率な振る舞いにより、
無用の混乱を招いたこと、ここに謝罪いたします」
顔を上げる。
「その責を取って――
私、グロリア・ホーホエーベネは」
一瞬、間が生まれる。
「ハインリヒ・フォン・アイゼンボルグとの
婚約を、解消いたしました」
大広間が、ざわめきに包まれた。
ゲバルトは、ただグロリアを見つめている。
深く、測るような眼差しで。
ギュスターヴもまた、彼女を見る。
それは、一個人ではなく――
世界を見る者の目だった。
グロリアは、怖くなかった。
震えてはいたが、
退くつもりは、なかった。




