世界の重み
目の前の映像は、山中麗奈の頭部が潰れる瞬間を映し出していた。骨が割れ、肉が弾け、赤が散る。音は遅れてやってきて、部屋の空気だけが一段冷えた気がした。
彼女も、物語の主人公にはなれなかった。
物語に登場するすべての人間が、劇的な最期を与えられると思ったら大間違いだ。決して輝くことのない場所で、大抵の者は大したことのない死を遂げる。そう――主人公補正を受けられなければ。
得てして主人公は、自分が主人公であることを知覚せずに役割を全うする。
しかし我々は時に主人公の座を争い、奪い、掴み取らねばならない。自分の命が惜しいのなら、がむしゃらに足掻き続けるしかない。
――そして、その光景に人々は興奮し、絶望し、金を落とすのだ。
豪奢な個室の壁一面に、スクリーンが並んでいる。戦場、村、森、王宮、地下牢。世界は複数あり、死に方も複数ある。
その中心で、二人の男が安楽椅子に沈んでいた。
「わっはっは。聞いたかね、今の台詞」
葉巻の煙が天井へ伸びる。
「拾っただけのなまくらを掴んだ程度で、すっかり主人公気取りだ。のう、橋本さん」
「煽っているのか?」
橋本と呼ばれた男が、氷の入ったグラスを乱暴に置く。
「ワシがあいつにいくら賭けたと思ってる。二十億だ。二十億だぞ。久しぶりの転生者だと聞いてみれば、とんだ雑魚。小娘風情が、ワシの時間を無駄にしおって」
「まあまあ。そんな端金どうでもいいじゃないですか」
葉巻の男は、映像から目を離さない。
「それより、実に面白い死に様でしたね。観客の心拍が跳ねる」
「ふんっ……まあよいわ。ワシの本命はこ奴じゃあない。今回の“馬”は粒揃いじゃからな」
競馬、競輪、競艇。ギャンブルが法律で規制された日本で許されるのは公営だけ――表向きは、そうだ。
だが金を持て余した者どもにとって、刺激は枯渇していた。
そこで生まれたのが、主人公競馬『ヒーローダービー』。
誰が“物語の主人公”になれるかに大金を賭ける。
当てれば億万長者。一夜にして兆単位の金が動く。外せば、ただの笑い話。
“馬”は主に債務者たちだ。そこに、有志――あるいは、どうしても人生をひっくり返したい者が混じる。
もちろん大抵は死ぬ。モブの命は軽い。軽いからこそ賭けは熱くなる。
だが、生還すれば報酬がある。一生安泰。七代先まで遊んで暮らせるほどの金が待っている。
そうして次の“馬”が、また集まる。
――え? どうやって別の世界に送り込むかって?
う~ん。引かれそうな少女を助けてトラックに引かれたり、刺されそうな部下を庇えばいいんじゃない?
――え? どうやって帰ってくるかって?
さあ、魔王でも倒したあとに王様に頼めば返してくれるんじゃないの?
詳しくは分からない。だが、最初の帰還者が何らかの能力を保持したままこちらの世界に戻り、このギャンブルを始めた――そういう噂がある。
そう、生還者は向こうの世界で得た力を、こちらでも使える可能性があるってわけだ。
確かなのは、帰ってこられるのは主人公だけだということ。
ただし、主人公かどうかを決めるのは、この部屋の観客ではない。
「向こうの世界の注目」だ。
向こうの住人が、世界が、神が――だれを見ているか。だれを噂しているか。だれに期待し、恐れ、憎んでいるか。
その視線の総量が“重み”となり、因果を歪める。
重みが増せば、偶然が重なる。出会いが増える。死ぬはずの傷で死ななくなる。
いわゆる主人公補正――奇跡が起こる。
逆に、重みを失えばどうなるか。
――ただのモブに戻る。死に方は雑になり、扱いも軽くなる。さっきの少女みたいに。
志願者は身体障害者が多い。動かなかった足や手が思い通りに動き、なんなら誰よりも高く飛び、地を駆ける。
ただ死を待つだけの不治の病を治す――唯一の方法でもある。
じゃあ、人助けじゃないかって?
わかってないな~。大抵が死ぬ? 大抵どころの話じゃない。
――誰かが新顔に説明しているようだ。
これまで数万人が馬として送り込まれ、あらゆる世界で悲業の死を遂げてきた。
そのうち、帰還者――“英雄”は、たった八人だ




