第3話 ぬめる影
森の中は、朝だというのに薄暗かった。背の高い木々が光を遮り、地面にはまだ夜の冷気が残っている。どこからか鳥の鳴き声が響き、遠くで風が枝を揺らす音がした。
太一は枝を杖代わりに歩きながら、耳を澄ませていた。森の中にひとり取り残されて三日目。寝床も食料も最低限は確保できているが、安心できるわけではない。むしろ、時間が経つほど不安は膨らんでいく。
そのときだった。
ぴちゃり。
不自然な音が、静かな森に混じった。水滴が落ちたような音――しかし、この辺りにそんな水たまりはないはずだ。足を止め、周囲を警戒する。
ぴちゃ、ぴちゃり。
背後から近づいてくる気配。振り返った太一の目に飛び込んできたのは、半透明の塊だった。
「……なんだ、あれ」
光を受けて揺れる体。ゼリーのような質感。中には、宝石のように丸く透き通った核がゆらゆらと浮かんでいる。どろりとした不快感よりも、むしろ美しいと錯覚するほど鮮明な輝きだった。
思わず唾をのむ。
足がすくみ、動けない。だが同時に、確かめたいという衝動が胸を押した。
「……解析」
呟いた瞬間、視界の端に青い文字が浮かぶ。
――対象:スライム
HP:35/35
攻撃力:4
防御力:2
「……ほんとに出るのか」
ゲームのような数値情報に息をのむ。だが、ここでやめなかった。意識を深める。すると追加の情報が脳裏に流れ込んできた。
「粘体で構成され、刃で切り裂いてもすぐに塞がる。衝撃にはある程度耐性がある。」
思考が加速する。
つまり――木の枝で斬っても意味がない。叩き潰すように使えば、多少は効果があるかもしれない。
「……逃げるか、戦うか」
スライムはゆっくりと、ぬるりとした音を立てて近づいてくる。その動きは遅い。今なら逃げられるはずだ。けれど背中を向けた瞬間、追いかけられるかもしれない。そもそも、この森にはどれだけ同じような魔物がいるのかもわからない。
恐怖と理性がせめぎ合う。手の中の枝は頼りなく、震える手の汗で滑りそうだった。
「……っ」
宝石のような核を睨む。そこが本体なら、狙うしかない。逃げてばかりでは、この世界で生き延びることなどできない。
太一は枝を握り直し、一歩前へ踏み出した。




