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鏡の中の、推しの力で成り上がり 後編 [ラブコメホラー]


――絶対に、おかしい。


ロウェン・クレシェンツィオは、ブラックコーヒーを啜りながら一人思い悩んでいた。


窓の外では愛弟子のヨーデルが杖を構え、川から大量の水を持ち上げている。その水はぐにゃりと歪み、なにかの形を象ろうとしている――どうやら彼女は、水を巨大な人間の形にしようとしているようだ。


――素晴らしいことだ。大量の水を操る魔力、それを制御する集中力。


しかしそのどちらも、明らかに今までの彼女にはなかったものだ。


ほんの一週間前まで、彼女に操作できる水の量はせいぜい水桶一杯分。それすらやっとだったのだ。


――それが、今ではどうだ?


「ありえんことだ……聞いたことがない」


ロウェンは眉間を押さえ、ため息をついた。

彼女の実力の伸びについてはまだ、奇跡的なものだと無理やり納得できなくもない。しかし、ロウェンが彼女の成長を素直に喜べないのには、もうひとつ理由があった。


「ヨーデル。そろそろ休みなさい」

「わっ!?!?」


こうして、急に話しかけると慌てて両手を後ろに隠すのである。


その拍子に、彼女が操作していた大量の水も制御を失い、ザバアンと大きな音を立てて川に落ちた。巨大な水しぶきを頭から食らったロウェンは苦笑する。


「ししし、し師匠!すみません!」

「なんなんだ……お菓子でも隠してるのか?」

「ち、ち、違います!」


不自然なくらいに激しく慌てふためくヨーデル。何かを隠しているのは明らかなのだが、ロウェンはなかなかしっぽを掴めずにいた。


――彼女が強くなるのはいい。しかしその理由がわからないのは危険だ。


「黒魔術……悪魔系の魔物との契約か?しかしどんな供物を差し出せばあんなに……」


師匠として謎をなんとか解明しようと、ロウェンは調べ物に明け暮れた。しかしどんな文献にあたっても、思い当たる最悪の想像をしてみても、この状況にしっくり来ない。


そもそも、急に強くなれる手段があるのならみんなやっているのだ。見つからないのは当然かもしれない。


――残る手がかりはやはり、『番召喚』だ。


あの日、結局番は現れなかった。儀式は失敗に終わったはずだが、彼女の力が伸びだしたのは明らかに儀式の後からだ。


自分で再度儀式をして、強力な番を得たのか?それともあの儀式そのものからなにかを学んだのか?憑依型の番?


なんにしても、彼女の力を大きく伸ばすきっかけになったことは間違いない。


――王都で新人を教育していたとき、何人も危険な力に溺れたり、得た魔法の制御を失ったりして部下を喪った。あんな思いは、もう――


彼女に危険が迫っている可能性が少しでもあるのなら、調べなければ。

ロウェンは覚悟を決め、翌日ヨーデルに会いに行った。


「ヨーデル。隣の村の村長に用事ができたから、今日から二日間村を明ける。いつも通り、基礎の鍛錬に励みなさい」

「えーっ!?」


ヨーデルは明らかに落胆した様子を見せたが、しばらく考え込んだ後すぐに大人しく頷いた。ついてくると駄々をこねられるかと身構えていたロウェンは拍子抜けしつつ、自分の家に戻り、地下室で用意しておいた魔法薬を飲み干した。


「うっ」


強すぎる酒を飲んだかのような、燃えるような感覚が喉元を過ぎる。それが落ち着くとロウェンは鏡の前に立ち、身体が身に着けている服以外、透明になっていることを確認した。


――そう、尾行をするのである。


とはいえ全裸で愛弟子をつけ回すわけにはいかない。ロウェンは服にもしっかりと魔術をかけ、完全に透明になった。


早速ヨーデルの様子を見に行くと、彼女は自分の家からまだ出ていないようだった。

いつもなら既に、森か河原で魔法の練習をしている時間だが――


ロウェンは注意深く彼女の家の裏手に回り、魔力探知を使って彼女の気配がする部屋の窓の外にかがんだ。


「……よ。――ね?」

「ああ」


微かに会話が聞こえてくる。誰かと話しているらしい。


――相槌は、男の声だった。


そんな素振りはなかったのでロウェンは面食らったが、すぐに思い直した。

彼女も年頃だ。多少デートをするなりしてサボっていても不思議ではない。


――もしや、恋人ができたことで魔法が上達したのか?若者の恋愛にかけるパワーは底知れないものだし、ありえない話でもない。


ロウェンは考えを巡らせながら、詳しい内容を聞くために魔法で彼女の部屋の窓をそっと開けた。


「だから、私、もっと頑張る。次は上級魔法の、ウンディーネの召喚をしてみるつもり。うまくいったら…私と…その…」

「…なんだ。言ってみなさい」

「キ…キ…キス…してくれたり…する?」


――愛弟子の恋模様を盗み聞きすることになるとは。


「ち、違うよ!ほっぺ!ほっぺでいいの!」


ロウェンはなんともいたたまれない気持ちになったが、会話を聞いているうちにどこか決定的な違和感があることに気づいた。


「はは、そんなことでいいの?」


この、男の声だ。僕はこの声を知っている。見知った声によく似ているのだ。しかし、それが誰なのか思い出せない。


「…わかったわ。私、頑張るね!」


違和感の正体を掴めぬまま、そんな声がしたかと思うと、ヨーデルは部屋から飛び出して行ってしまった。


「おや…窓も閉めずに」


先ほど明けた窓を大きく開き直し、ロウェンはそこから部屋を覗き込んでみた。年頃の少女の部屋を覗くというのは気が引けたが、この際背に腹は代えられない。


「うわ!?!?!?」


しかし、覗くなりロウェンはこれまでの人生でも出したことがないほど大きな悲鳴をあげた。


――そう、その部屋の壁一面に貼られた、ロウェン・クレシェンツィオの写真たちと目が合ってしまったのである。



ロウェンが弟子の部屋を覗いてひっくり返っている頃、ヨーデルはニコニコで森の外れへ向かっていた。前はできなかった竹ぼうきでの飛行術も完璧にこなせるようにり、彼女は片手運転で懐から手鏡を取り出した。


そこにはロウェン・クレシェンツィオが映っている。こちらを見て笑顔を見せてくれている。


「ああ!!!ファンサ!!!ありがとうございます!!!!」


ヨーデルは狂喜し、悶えた。鏡の中の師匠は、「おいおい、落ちるなよ」と苦笑している。彼女の喜びに呼応するように箒も速度を上げていた。


そう、これが彼女の秘密だ。

ヨーデルは、どんなものにも返信できる鏡の妖精『ドッペル』である番に、完璧なロウェン・クレシェンツィオへの変身を求めた。


「正に…まさに!持ち運びできる…推し!」


番は主のためなら何でもする。常に主の味方だ。当然、鏡の中のロウェン・クレシェンツィオもヨーデルの味方だった。


しかも、番は召喚主の血液を媒体に召喚される際に記憶を共有する。つまり、鏡のなかのロウェン・クレシェンツィオは、ヨーデルの記憶から忠実に再現された、解釈一致の推しそのものなのである。


本物のロウェンはこの二年、愛弟子を必死で指導してきた。しかしヨーデルは魔法への興味関心が薄く、指導内容よりもロウェンの美しい顔立ち、ハスキーな声、風に揺れる白髪などにばかり気を取られていた。


ところが今は、鏡の中のロウェンが『恋人として』アドバイスを囁いてくれる。こんなに励みになることがあるだろうか。いや、ない。


呼び出したのが『ドッペル』で、巧みな話術で人類を誑かすことを得意とする妖精であることも、ヨーデルとっては幸運だった。


大好きな人が常にそばにいて、少しでも頑張れば褒めそやし、甘やかし、愛を囁きながら、上達へ導いてくれる。彼女なりに抑えてきた恋心を隠す必要もなく、コレクションを見せたって引かない。


この環境に置かれた彼女は、正に破竹の勢いで伸びしろを示したのである。


――この先の湖で、ウンディーネの召喚に成功すれば、立派な上級魔法使いだ。

本物の師匠だって、私を認めてくれるはず。


そうしたら、私のこと、弟子じゃなくて、一人の女性として見てくれるかも。


でも、もし、ダメでも――


「私のロウェンさまは、ここにもいるもの」


「もちろんだ。僕は君のそばにいるよ」


ヨーデルは湖につくと手早く魔法陣を描き、召喚の呪文を唱え始めた。


「水の精霊よ、応えたまえ――」


彼女が詠唱する間、ドッペルは水たまりからそれを見守っていた。ドッペルという生き物は、姿を映すことができるものなら何にでも姿を現すことが出来るらしい。ヨーデルは彼の視線を感じると一層魔力が高まるのを感じた。


彼女は詠唱を終えると、靴がめりこむほど強く地面を踏み締め、めいっぱいの魔力を魔法陣にこめた。

どれくらいそうしていたのか、ヨーデルが限界に近づいていたとき、陣の中央からボコボコと水が湧いてきた。それは少しの間ののち、ぬるりと人に似た形へ変貌した。


「う、ウンディーネ!」


ヨーデルはぱあっと顔を輝かせたが、呼び出された水の妖精は、まるで人間をよく知らない何かが人を模倣しようとした失敗作のような形をしていた。


「――どうして?確か、ウンディーネは女の姿をした美しい妖精じゃ――」


慌てて教本を魔法で喚び出して捲るヨーデルを、召喚された『なにか』は何をするでもなく観察しているように見えた。


ヨーデルが教本の中にウンディーネの記載を見つけ、本に意識が集中したそのとき。


『それ』は召喚陣から飛び出し、ヨーデルを自らの体で飲み込んだ。


彼女は突然のことに対処できず、杖もその場に取り落としてもがいた。冷たい水の中に彼女が吐き出した悲鳴が泡になって舞う。


世界が水に沈んでいく。耳はふさがれ、視界が揺れ、身体の重みでじわじわと沈む。


――これは、ウンディーネじゃない――


錯乱した頭でそう確信したが、杖がなくてはなにもできない。ヨーデルはそのうち身体全てを『なにか』に絡め取られ、溺れながらも湖の方向に引っ張られるのを感じた。


――まずい、まずいまずいまずい。


――ロウェンさま!!たすけて!!!


頭の中で強く叫んだのは、やはり愛する人の名前だ。彼は隣町だ。こんなところにいるはずがないのに。


湖の中で喘ぎながら、ヨーデルは水中に彼の姿を見た。水底に引きずり込まれていく彼女の手を握り、優しく微笑んでいる。――ドッペルだ。


『大丈夫、どこに連れて行かれても、ずっと一緒だ』


――嗚呼

そうよね、私のロウェンさま。


『君は僕にとって、世界一美しい、ずっと大事な人だよ』


――私、とっても幸せだわ


薄れゆく意識。徐々に瞼が落ちそうになる。ああ嫌だ、もっと貴方の姿を見ていたい――そう抗ったヨーデルは、目の前で微笑んでいたロウェンの顔が歪むのを見た。


冷水のような恐怖が彼女を襲ったが、それは幻ではなかった。


ヨーデルを助けに来た、本物のロウェン師匠の顔だった。彼はヨーデルの危機を察して迷いなく湖に飛び込み、ドッペルの幻影を跳ねのけて彼女の手を掴んだのだ。


そのまま、凄まじく強い力で上へ引っ張られ、ヨーデルはなにがなんだかわからないまま、湖のほとりに打ち上げられた。


飲み込んでしまった水を吐き出し咳き込む彼女を庇うように立ったロウェンは、湖のほうに杖を向け、凄まじい気迫で叫んだ。


「去ね、古きものよ!これはお前のものではない!」


師匠がどんな魔法を使ったのかヨーデルにはわからなかったが、爆発音とともに水しぶきがしたあと、湖はしんと静まり返った。


「師匠…?なんで…」

「愚か者!」


バシン、という音の後、左頬がじんじんと熱くなった。ロウェンの手が赤くなっているのを見て、平手打ちをされたのだとヨーデルは理解した。


「君が喚び出したのは水の魔物、フーアだ。妖精の一種だが悪意の塊のような生き物だ、死ぬところだったんだぞ!」

「でも…わた…ウンディーネを…」


わけもわからず、涙が溢れてくる。ヨーデルは傍らに割れた手鏡が落ちていることに気付いた。


「あ…ろ、ロウェンさまが」

「僕はここだ!」


肩を掴まれ、ビクッとしてヨーデルは本物のロウェンに目を戻した。


「僕はここだ。しっかりしなさい」


師匠はふっと優しく笑って、ヨーデルを抱き寄せた。


「世界で一番大事な弟子が、無事でよかった」


その言葉でヨーデルは決壊し、わんわん泣き出した。


「わ、わた、わたし、間違ってました」


彼女はつっかえつっかえになりながら番召喚からの経緯を話し始めた。番は召喚できていて、それがドッペルという妖精だったこと。ドッペルに頼んで、敬愛するロウェンになりきって修行に励んだらうまくいったこと。


ロウェンは遮らず穏やかに話を聞き、優しく笑った。


「君の気持ちは嬉しいが、健全なやり方とは言えないな。分かっているだろう?それは依存だ」

「………はい」

「美しさ、富や名声、愛。様々なものに執着し、依存して破滅したは魔法使いを僕は沢山知っている」


ロウェンは火鼠を呼び出し、びしょびしょに濡れたヨーデルを暖めてくれた。


「自分一人の力で成せないことは、無理やり成してもそのあと上手くいかないものなんだ」

「………はい」


ヨーデルは、先ほどのロウェンの言葉を反芻していた。『世界一大事な弟子』それは、ドッペルが口にした『世界一美しい、大事な人』よりもずっと暖かく嬉しい言葉だった。


――結局、推し本人しか勝たんってことか。


ヨーデルは自嘲気味に笑い、自分勝手な行動をしたことをロウェンに謝罪した。


「そういえば、どうしてここに?」

「ふむ…」


ロウェンは決まりが悪そうに頭をかいた。


「君の様子がおかしいので、嘘をついて観察していたのだ。その――」


彼は言葉を続ける前に立ち上がり、背を向けた。


「部屋は、ちゃんと片付けなさい」

「―――ッッッ!!!!」


見られた!?見られた!?

死にたい!!!!!!


ヨーデルは真っ赤になって師匠を追い、「見たんですか!?私の部屋!?なんで!?」などと質問攻めにした。都合のいいもので、恥ずかしさでドッペルのことなどすっかり頭からすっぽ抜けていた。


驚きこそすれ、ロウェンはあまり怒っていなかった。彼女の部屋にあったのはロウェンのグッズだけではなく、ボロボロの教本や、ロウェンが褒めた時の手紙が目立つ場所に貼ってあったりなど、愛弟子の努力もありありと見えたからだ。


――彼女の才能は花開いたのだし、ゆっくりと育て直せばいい。


そんなふうに、穏やかに考えていた。


前よりも打ち解けたように見える二人は、和気あいあいと話しながら湖を去っていく。


割れたヨーデルの手鏡は拾われず、湖のほとりに落ちていた。鏡面にはロウェン・クレシェンツィオが映っている。


「ヨーデル、君は僕のものだ」


そう言って、ドッペルは歪んだ笑みを浮かべた。


「次の手を考えよう。また君を手に入れるために」


――番、それは自らの鏡。

意地っ張りな人には意地っ張りな番が、負けず嫌いなら人には負けず嫌いな番ができる。


一見、自分と似ていないと思っていても、番は貴方の魂を映す鏡だ。貴方の本質を映し出し、自分と向き合うきっかけとなってくれるだろう。


――でももし、それが歪んだ愛であったなら、どうだろうか。


鏡に映し出された歪んだ愛の行く末は――


ひとつ言えることは、ヨーデルはこの後僅か1ヶ月で王都に渡り、『最強』の名を欲しいままにしたとということだ。


師匠の元を離れたのか?

それとも師匠と共に渡ったのか?

それはドッペルとヨーデル次第だろう。


彼女の成長を信じたいものだ。

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