表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

鏡の中の、推しの力で成り上がり 前編 [ラブコメホラー]


ここは国の最南端にあるのどかな村。

人の数より家畜のほうが多いこの村には、

とある魔女が暮らしている。


どこにでもいるような凡庸未満の見習い魔女。これはそんな彼女の、突拍子もない成り上がりのお話だ。


国の最南端に位置するこの村は、家畜のほうが人間よりも数が多いほどのどかな場所だった。

そんな村にも、二人の魔法使いがいる。


「水よ!」


古びた小さな三角帽子を被った茶髪の少女がそう唱えると、井戸から球体になって水が浮き上がった。少女は構えた杖を両手でぶるぶると震わせて支えながら、井戸の脇にあった桶に水球を移した。


「ありがとうねえ。いつも助かるわ、ヨーデル」


柔和な微笑みでお礼を言ったのは、少女の家の近所に住む齢八十のおばあさんだ。腰を痛めてからというもの自力で水をくみ上げるのが難しくなり、毎日魔女見習いのヨーデルに水運びを頼んでいるのである。


ヨーデルは息を切らしながらも笑顔で答えた。


「気にしないで、いつでも呼んでくださいね。私にできるのはこれくらいですから…」


――そう、自分に使える魔法は、この水魔法だけなのだ。


成人男性なら自力でできる水汲みを、ちょっと早くこなせるだけのくだらない魔法。しかもそれすら時々失敗する。おばあちゃんを水浸しにして風邪をひかせてしまったときは、自己嫌悪で三日ほど落ち込んだものだ。


「やってるかい」

「…ロウェン師匠!おはようございます」


後ろから声をかけてきたのは、ロウェン・クレシェンツィオ。彼女の師匠であり、白い歯と笑い皺が美しい、ロマンスグレーの色男だ。

ヨーデルが知る限り年齢は少なくとも五十を超えているはずだが、引き締まった身体は衰え知らずだ。年齢通りの部分と言えば、こうして早起きなことくらいだろう。


「僕に師事して二年。相変わらずのようだね」


――ああ、今日もなんて美しい人なんだろう。


さっきまでのブルーな気持ちなど吹っ飛んだヨーデルは、夢見心地な気分を押し隠して答えた。


「私だって毎日必死で勉強してるんですよ」

「はは、わかっているよ」


ロウェンはしっかりとヨーデルの目を見つめ、ほほ笑んだ。濃いブラウンの瞳に、真っ赤な顔をした自分が映っている。


――普通、これじゃ惚れてるって丸わかりだ。


しかし、ヨーデルは自分が相手にされていないどころか、その年齢差から全く自分が眼中に入っていないことを理解していた。この赤面もおそらくは、不甲斐ない自分を恥じてのものだとでも思っているだろう。


二年前、ロウェンが王都での仕事を引退し故郷であるこの村に帰ってきたあの日。当時十五歳だったヨーデルは、彼を一目見て夢中になってしまった。


もっとも、王都で働いていた当時からロウェン・クレシェンツィオの人気は凄まじいものだったらしい。貴族の奥様方の中にはファンクラブができていたと聞く。


「しかし、これだけ頑張っているのに、結果が出ないのはつらいだろう」


ロウェンは眉間に皺を寄せ、考え込んだ。


――ああ、その仕草も素敵!


ヨーデルは正直、魔法に興味がない。

しかしこれまでの二年間、必死に、真面目に魔法を学んできた。


それは魔法を上達させるためというより、ロウェンに近づくため、ロウェンに気に入られるための努力だったので、結果が出なくてもそれは彼女にとって大した問題ではなかった。

自分のことでこんなに彼が悩んでくれていることのほうが、よっぽど価値がある。


「そこで、君には番召喚をしてもらおうと思う」

「ツガイ…召喚…」


ヨーデルはその言葉を知っていた。書物によれば、王都で魔法を学ぶ者なら真っ先に行う儀式だ。なんでも、爪、髪、血液など自分の一部を使って魔力を消費し、一生のパートナーを召喚するのだという。


「番召喚は、自分と魔力で結ばれた“相棒”を呼ぶ儀式。動物、精霊、時には人の姿をとることもあるというが、僕は見たことはないな」

「へえ…使い魔みたいなものですかね?」


おどろおどろしいやり方が黒魔術のようで、ヨーデルは気が進まなかった。


――しかし、ロウェンさまが言うのなら。


「わかりました、やってみます」

「ではさっそくやろう。ここでは人目につくかもしれん、森に行こう」


気が進まないながら興味を示そうと、ヨーデルは師匠に尋ねた。


「師匠の番は、どんなのですか?魔法生物が多いんですよね」

「ああ、そうだ。僕の番は火鼠だよ」

「火鼠!炎から生まれるっていう、ちっちゃくて可愛いあれですね」


師匠がその場で杖を振ると、小さな火の玉が宙に現れた。するとそこから、勢いよく小さな生き物が飛び出してきた。それは小さな火花の軌跡を残して、素早くロウェンの肩へ登ってくる。


「かわいい!」


ヨーデルは、図鑑でしか見たことのない魔法生物を前にぴょんぴょん跳ねて喜んだ。


「このように火鼠は、耳にあたる部分が燃え続ける、手のひらサイズの小動物だ。まだまだいるよ。ほら」


ロウェンは小さな火の玉から次々と火鼠を呼び出し、最後には10匹以上を腕に乗せてヨーデルに見せた。


「彼らは、10匹でひとつの命だ。不思議だろう?彼らは伝令や物運びに実に役立つ。炎から炎へ燃えずに移っていけるんだ」


見た目より賢いらしい火鼠たちは、小さな手でヨーデルに手を振ってから火の玉の中へ戻り、消えてしまった。


「番というのは、生涯の相棒とよく言うけどね。極論、世界中を敵に回したって、番は自分の味方でいてくれる。そういう存在が在るだけで、人は強くなれるものだよ」


師匠はそう言ってにっこり笑った。今日も笑顔がとびきり素敵だった。


わざわざ森に移動するだけあって、召喚の儀式は思っていたよりもきついものだった。身体の小さいヨーデルは失血の負担が大きく貧血を催した。しかし、ロウェンがぐっと腰を支えてくれたため、すぐに自分の失血量などどうでもよくなった。


肝心の儀式だが――ロウェンの用意した魔法陣はすぐに光り輝き反応を示した。しかし、それはすぐに止み、魔法陣のうえには何も現れなかった。


「そんなはずはない、あの反応は成功だ。魔法陣の中に、番となる生物が召喚されているはずだ」


ロウェンはしきりにそう繰り返し彼女の番を探すのを手伝ってくれたのだが、結局ヨーデルの番は姿を現さないまま、儀式は失敗に終わった。



――かのように思えた。



その翌朝のことだ。


ヨーデルは、顔を洗うため近くの湖に出向いた。淵にかがんで湖の水を覗き込んだ、そのとき。


湖に移った自分の姿が、にっこりと笑いかけてきたのだ。ヨーデルは慌てて自分の頬をつねったり、腕を振ったりしてみたが、湖に映った自分の姿は動かずにニコニコとこちらを見つめ返すだけで、同じ動きをしてくれない。

ヨーデルは自分の目にしている光景が信じられずしばらく惚けていたが、ハッとして立ち上がると、すぐに自分の家に駆け戻り、魔法生物図鑑を開いて夢中で捲りだした。


「あった――水鏡の妖精、ドッペル」


水や手鏡の中にのみ顕現する妖精の一種であるドッペルは、野生であれば、その姿を見た人間をからかうだけの無害な妖精だ。王に鏡を通して国の危機を伝えるなどという昔話もある。『無貌の妖精』との異名を持ち、姿を見た者やその大事な人間の姿や声を模したりする能力を持つらしい。


ヨーデルは恐る恐る、母から譲り受けた小さな鏡台を開いた。

正面の鏡では、自分と全く同じ姿をしたなにかが、頬杖をついて待っていた。


「あなたが私の番なのね。ドッペル」

『そうよ』


かわいい小動物でも出てくるかと思っていたヨーデルは内心落胆した。


『なんだか、すごい部屋ね。あなたの部屋よね?』


ドッペルは不思議そうに、鏡越しにヨーデルの部屋を覗き込む。


「そうよ。素敵な部屋でしょ?世界中から集めたの」


壁一面に貼られているのは、ロウェン・クレシェンツィオのブロマイド、絵画、魔法部隊所属時代の隊服のレプリカ、サインの数々だ。ヨーデルが神棚と呼んでいる棚には、ロウェンが捨てた葉巻の吸い殻、壊れて捨てられたモノクル、羽ペンなど、本人に迷惑がかからないギリギリを攻めたあらゆるコレクションが並んでいる。


「彼は私の生きがい。光なの」

『でもなんだか、悩んでる。浮かない顔だわ。どうしたの』


自分の顔をした存在と会話をするというのは妙な気分だったが、逆に気楽に思えたヨーデルは正直に話した。


「魔法が…上手くならないの。ずっと初級の水魔法しか使えない。桶一杯分の水を持ち上げるだけで精一杯よ、どういうこと?彼のためにこんなに頑張ってるのに」

『なるほど?でもあなた、才覚はあるはずよ』


ドッペルは意味ありげに微笑んで、続けた。


『番が私なんだもの。魔力と仲良しな妖精を呼び出すってことは、あなたも魔力と仲良しってこと。うまくいかない理由が、きっとあるのね』


――そう言われても。


ヨーデルは眉を寄せて、ドッペルと同じように肘をついた。そういえば、師匠も同じようなことを言っていた。


「ヨーデル、君には才能がある。だから弟子になることを許したんだ。僕がそれを活かせるように導けていないのが問題だね――あまり焦らないで。楽しんで学んでほしい」


――楽しんでって言われても。


魔法が好きではないのだから、楽しめるわけがない。そんなふうに思ったっけ。


「そうか、それかも」


ヨーデルは、魔法が好きではない。

それは、ロウェルが魔法を愛しているからだ。


どうかしていると言われるかもしれないが、彼が愛おしそうに(そんなことはない)魔法を使う姿を見て、いつも『魔法に』嫉妬していた。

間女とも呼ぶべき存在である魔法を好きになれるわけがない。むしろ嫌いだ。そう、憎みながら学んでいるから、上達しないのかもしれない。


――じゃあ、詰みじゃない。


ぶすっとして口を尖らせかけたヨーデルだが、とある妙案が頭に浮かんでガタっと立ち上がった。


「あなた、私以外の姿にもなれるの?」


その問いにドッペルは片眉を吊り上げ、ニッコリと笑った。


『なんにだって、なれるわ』


ヨーデルはぐっと鏡に身を寄せ、そっと囁いた。


「…いいこと、思いついちゃった」


番は会話をせずとも、主の考えを読むことができる。ドッペルはヨーデルを見つめ返し、蠱惑的な笑みを浮かべた。


いたずらっ子のようにクスクスと、同じ顔で笑い合う少女たち。


この日、彼女らは、魔法を学ぶためのとんでもない攻略法を見つけてしまった。


成り上がりが、始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ