表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
風鳴
42/63

風鳴 1


 戦いが終わり、夜の帳の降りる頃…──。

 カルデラ外輪……西に連なる峰々もだいぶ北に寄ったマールロキン領に程近い台地に、4頭のグリフォンが翼を休めていた。側らには12人の人影がある。

 西の空の残光の中に小さく2つ……飛空艇のシルエットが浮かび上がるのを見て、彼らは手にした龕灯(がんどう)を振った。

 程なく2隻の飛空艇は近付いて来て静かに着地した。2隻のうちの1隻──それは黒塗りの快速艇だった──の船上にフードを目深に被ったローブ姿の人影があり、声を掛けてくる。

「ご苦労様。上首尾でしたね」

 若い女の声であった。

 12人の中の1人が応える。アロイジウスの誰何に応えた、あの男の声だった。

「報酬の残りを!」

「あちらの飛空艇(ふね)の中に」 女の手がもう1隻の飛空艇を指す。「着替えと旅券も中です……」

 男が背後の11人に顎で示すと、彼らは艇から降ろされた板を上って艇上に消えた。1人残った男が女に訊く。

「マールロキンには、どれ程潜んでいればいい?」

「3ヶ月ほど……」

「その間の住食は〝そちら持ち〟だな?」

 そう重ねて訊いてきた男に、女は肯いて答えた。

「酒も十分に用意してございます……。ですが女は()()が供しませんでした」

 男は鼻で嗤った。

「|〝マールロキンの黒狐〟《クストディア女方伯》はお堅いな。ユレ公の方が男というものを理解している…──」

 女はそんな言に取り合わず、

「──…〝与えられた館より一歩でも出れば、矢を射かける〟……とのことです」 取るに足らぬことを付け足すように冷たく言う。

 男は肩を竦めると用意された飛空艇へと歩を進めた。


 西方長官(タルデリ)を襲撃したこの一味は、言うまでもなくルージュー伯の手下(てか)の者ではない。

 彼らは、アルソット大公家の末娘パウラ・アルテーアの下で暗躍するあの〝アルタノン(神殿広場)へロット(下層民)の娘〟に、金で雇われた傭兵である。

 シラクイラやユレで集められた彼らは、ユレの浮き島で十分な訓練をした後、ユレの商船の船腹に隠れてカルデラの地まで運ばれ、〝仕事〟のときまでをその船中で待ったのだった。

 そして首尾よく仕事を終え──アロイジウス・ロルバッハが〝手引き〟したように見せかけることまで成して──、女の用意した経路でマールロキン領内の隠れ処に逃れようとしているところである。


 女は彼らを乗せた飛空艇を見送ると、台地に棄てられ残っていたグリフォン(大鷲獣)の戦装を解いて放ってやった。

 それから飛空艇に戻ると、船頭に命じて台地を後にした。

 彼女らの進路は南……それから東、である。




 カルデラ南壁での戦いから2日が経ったカプレント…──。

 この港街に在所するアンダイエ商館の門は閉ざされていた。開戦に際し、先だってのルージュー一族の言に従って商館長代理のアニョロ・ヴェルガウソが命じた仕儀であるが、開戦の一報とその経緯についてはコレオーニ商館を通じ、他ならぬルージューからもたらされたのだった。コレオーニを率いるピエルジャコモという男は、そのルージューの政商である。


 その堅く閉ざされた門扉をルージューの〝周到の人〟アティリオ・マルティと、その異母弟〝配慮の人〟アベル・マルティとが軍使を示す白旗を掲げて叩くと、アニョロ・ウィレンテ・ヴェルガウソは2人を人気の無いホールへと通し、自ら立ったまま出迎えた。

 開戦の一報の後、外部から何ら状況は伝えられては来ていなかったが、アニョロには彼らが商館を訪れた理由が判っていた。


「……では、マンドリーニ軍は邦境に留まり、ルーベン・ミケリーノを取り逃がすことになったわけか…──」

 それまでルージューから語られる〝戦の顛末〟を黙って聞いていたアニョロ・ヴェルガウソだったが、アティリオが語り終えるや初めて皮肉な目線を向け、失望を顕にそう言ったのだった。

 アティリオは黙って肯いて返した。

 それが無礼な言い様であったことよりも、まるで〝戦の結末は受容できてもルーベン・ミケリーノの身の安泰は容認できない〟とでも言いたげな、不穏な光を目に宿した物言だったことに、同席していたアベル・マルティは怪訝となった。

 目の前の聖王朝の官吏貴族──同じ母の姉クロエが夫に選んだ男──の為人(ひととなり)は、異母兄(あに)から聞かされたそれ(ひととなり)とは随分違うように感じられる。

 だがアベルは、慎重に2人のやり取りを追うことにし、静かにその場に侍した。


 アニョロ・ヴェルガウソはその後しばし黙り、やがて意を決したように一つ頷くと、アティリオを向いて口を開いた。

「この状況で〝手打ち〟とは、ルージューにとって都合が良過ぎるのではないか?」

 と、厳しい表情(かお)で質す。

「ルージューの側から〝騙し討ち〟をしている。聖王朝が退くとは思えんね」


 アティリオはその断罪を否定しなかった。此度の〝西方長官(タルデリ)襲撃の実行犯〟は確かにルージューの手下ではなかったが、タルデリを襲う算段はしていた。

 それはタルデリの死後とはいえ〝戦口上〟でマルコに告げさせている。ルージューとしては、この件に関しては申し開きをするつもりはない。


 アティリオは柔らかな口調を変えずに応じた。

「──…とは言え、ルージュー(我ら)はカルデラの外に打って出る気はない。聖王朝が矛を収めれば、これまで通り貢賦(こうふ)もしよう」

「……手緩いな。ルーベン・ミケリーノがこれを受けると思うか?」

 鼻で嗤ってそう問うたアニョロに、内心でアティリオは表情を曇らせた。これほど攻撃的なアニョロ・ヴェルガウソは(つい)ぞ記憶にない。怪訝ではあったが、アティリオは表立っては平静さを装って応えた。

「恐らく受けはしまいが、それならそれでよいとも思っている。我が父伯(ちち)は〝筋は通したい〟と、そう考えていてね……さしたる時間稼ぎにもならないだろうが……一族の〝(こだわ)り〟、察して頂きたい」

 そんなアティリオに、アニョロはいきなり言った。

「──私がルーベンを討とう」

 アティリオとアベルが再び目線を交わすのを前に、アニョロは言葉を続けた。

「奸計を以ってルーベン・ミケリーノを討つ。あの男を除けばマンドリーニの私兵団は霧散する。マンドリーニに乗せられた元老院も、それで再び考えを改める」

「それは……」

 そうであろうが……なぜアニョロが()()を言うのか? アティリオが目で問うとアニョロが静かに言った。

「ルーベン・ミケリーノは赦せぬ」

 その声音には押さえた(もの)があった。

「解らない。貴方(あなた)()御仁(ごじん)をそれほどまでに恨む理由があるのか?」

 アティリオがいよいよ怪訝とばかりに言葉にして質す。するとアニョロは重い口を開いた。

(アニタ)を……殺された……」

 アティリオから表情と言葉が消えた。



 アニョロは妹の身を襲った奇禍と、それに係わるルーベン・ミケリーノの所業を手短に語った。話を聞き終えたアティリオの口からは、何の言葉も出てこない。〝寝耳に水〟のことに感覚が麻痺してしまったかのようである。

 そんなアティリオから、アニョロは視線を下ろした。

 妹の死にこれほど衝撃を受けるとは……やはりアティリオ・マルティは、アニタを愛してくれていたか……。


「──…いま一つ……」

 アニョロは無理に感情を押し殺した声で続けた。

「クロエ殿との縁談(はなし)、破約としていただきたい」

「…………」

 さらにしばらく沈黙があって……ようやくアティリオが口を開こうとする。

「それは…──」

 だが言葉はともかく声が出てこないようであった。

 それでも唇を湿らせたアティリオを見て、〝配慮の人〟アベル・マルティが言葉を引き継いだ。

「それはクロエ(あね)に累の及ぶのを案じて……とのお考えからでしょうか?」

 14歳にして思慮を感じさせる声質である。アニョロは目を細めると、首を小さく振って応えた。

「私は〝私の復讐〟を成したい。

 シラクイラ(聖王朝)の門閥子弟を仇として討てば家族にも害が及ぶ。ルージューにとってもこれは迷惑となる」

 そう言ったアニョロに、アベルは若い表情を曇らせた。そんなアベルを〝いい少年〟だと感じながら、アニョロは、(アベル)が真摯な心情を言葉にして発するよりも先に言っていた。

(もと)より彼女と吊り合う男ではなかった、ということです」


 扉が静かに開いた。

 3人の目が、そちらを向く。入室してきた人影は真っ直ぐに歩いて来て、アニョロの前で停まった。

 クロエだった。

「本気ですか?」

 アニョロを見上げて、小さく壊れそうな声音でそう訊いたクロエは、黙って肯いた彼にいちど目を伏せた。長い睫毛が濡れたようだった。が、あえて口許に笑みをつくり、目を上げた。

「そう……」

 微かに震える声で言った。

 異母兄(アティリオ)同母弟(アベル)とに小さく肯いて見せて、それから踵を返すと、静かにホールを出て行った。


 それを見送ったアベル・マルティは、溜息と共につぶやく。

「あのような姉上(クロエ)表情(かお)は見たことがなかった……」

 そしてアニョロに向き直るでもなく、ただ聞こえるように言った。

「──姉上は貴方にこう言って欲しかったのでしょうね……〝傍から居なくならないで欲しい〟と……」

 アニョロは韜晦したがその表情は苦いものだった。


 アベルはまだ生気のないアティリオの顔を見遣ると、その目を覗き込んで目線を交わし、アンダイエの商館長代理に告げた。

「明日に日を改めます。当方の話はその時に……」

 そうして一礼すると、2人のマルティは商館を辞した。



 帰りの門扉を潜った後、アベルはあらためて姉のことを言った。

「あんなしおらしい姉上は想像できませんでした」

 アティリオは頷いて返したが、その表情の硬さがアベルは気になる。このように陰に籠った異母兄の表情(かお)も、アベルの記憶にはなかった……。

「どうします?」

 アベルは敢えて訊いた。アティリオは低く応える。

「ジョスタンに頼む。いまのクロエに声が届くのは兄上しかいまい」

 その言にアベルは肯いた。〝クロエの件〟の他の事案(ことがら)についても、ジョスタンの差配の範疇である。間に人を挿まず、直接にアニョロ・ヴェルガウソと話すべき事案だ。




 陽が落ちてその日が終わり、夜になった。

 クロエは部屋に戻ってベッドに腰を下ろすと放心し、そのまま座っていた。

 気付くと涙が溢れており、頬を伝っている。

 彼女は、そのまま声を殺して泣いた。


 あの日、求婚の言葉でアニョロは、〝ルージューの姫としての幸せはいらない〟と私に言わせたのではなかったか……。

 アニョロは、妻と定めた女性(自分)には〝傍にいて欲しい〟と言うべきではないのか……。

 そう言ってくれなかったことが哀しくて涙が溢れた。


 そして、泣き濡れるクロエの中には冷静なクロエもいる。

 おそらくアニョロは死を覚悟しているだろう。

 〝奸計を以って…──〟とアニョロは言ったが、〝妹の仇を討つ〟との文脈の中で最後の局面となれば、彼は正面からルーベン・ミケリーノに弓を引くのではないか。クロエはそういうアニョロを感じ取っている。

 正規の聖王朝竜騎であるルーベン・ミケリーノといまだ竜騎見習いでしかないアニョロ……。

 生身の身体で渡り合うのであれば、結果は火を見るよりも明らかである。


 アニョロは、私が寡婦となるのを避け得ないと考えてこの縁談(はなし)を破約する。その心情を頭ではわかっても心が受け取ることができなかった。



 まさか自分が、ただ泣くだけの、この様な〝か弱い女〟であったとは……。


 そんな自分を思い描くことなく育った彼女は、これまでの自分が本当の自分なのか、現在(いま)の自分が本当の自分なのか、判らなくなっている…──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ