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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
風早
41/63

風早 3


 カルデラ南壁の山肌に当たる陽光は、もうだいぶ落ち着いたものとなってきていた。

 冬の短い陽が翳りつつある。

 だが、戦いは続いていた…──。


 ルージューのグリフォン・ライダーは一旦は力責めを諦め、数に優る聖王朝の竜騎に対し慎重に間合いを取って対応をするという姿勢に転じた。飛空艇の兵も同様である。

 対する聖王朝の側も無理な追撃に転ずるようなことをせず〈ハウルセク〉の周囲を固めた。

 砦を出た8隻の飛空艇は、編制外の非兵役の者らを〈ハウルセク〉へと届けた3隻については乗員の移乗後に放り棄てられ、残りの5隻が〈ハウルセク〉の輪形陣に加わっている。

 それらが陣の定位置に就くのを待って〈ハウルセク〉はカルデラ南の隘路へと前進を開始した。船溜から出つつあった2隻の8パーチ船もその後を追った。


 戦場が膠着するやに思われたそのとき、一際に戦意を高揚させる銅鑼(どら)の音が鳴り響いた。

 その銅鑼の音に一旦退いて距離を取っていたグリフォン・ライダーが、再び翼を翻し、聖王朝の船隊へと次々に突っ込んでゆく。

 聖王朝の竜騎が迎え撃ち、船上の長弓兵が次々と矢を向けると(たちま)ち乱戦となった。

 戦いの第二幕が上がった。



 〈ハウルセク〉を護る輪形陣は小振りな飛空艇のみで比較的大型の飛空船は後続する形となったが、聖王朝軍は山間の隘路で戦闘序列を変えることをしなかった。狭い航路での無理な機動による事故を恐れたのだ。そのことが堅固な輪形陣を完成させなかったわけだが、仮に〈ハウルセク〉の前方に8パーチの飛空船を配置していたとしても、恐らく結果は変わらなかったろう。


 南に進路を採る船隊の右手……西の側の峰々を越えてルージューの快速飛空艇が襲いかかって来るのを見たのはそろそろ陽が傾いできた頃であった。西の低い位置にまで落ちた赤い陽光を背に接近して来る艇は4隻だった。

 即座に〈ハウルセク〉の船上の長弓兵が士官の号令の下、矢衾が作られる。此度は標的が飛空艇であることもあり火矢が用意された。

「──…放てーっ!」

 号令一下、〈ハウルセク〉から幾つもの赤い光条が伸びていった。それらは赤い雲となり、赤い塊の雨となって4隻の飛空艇の群の上に降り注ぐ。如何にも高速を発揮しそうな船体の上面に、少なくない数の火矢が落ちていく。その中の幾本もが突き刺さった。無論、それで艇が火だるまになるというものではない。が、突き刺さった矢に巻いた火の付いた油の布は、放っておけば何れ船体を焼くことになる。また、帆に火が移るということも期待できる。

 何れにせよ飛空艇の乗り手は火が移るのを防ぐ、または消すことに注力せねばならなくなる。


 士官は1射目を放つと、その効果を確かめることなくすぐに2射目の指示を出した。

 通常の矢を放つときほどの射速とはいかなかったが、それでも10拍ほどで2射目が放たれる。

 消火作業をする相手の頭上から、2射目が降り注ぐ、ということを目論んだ撃ち方である。士官はこれを3度続けた。

 3射目を放ち終えると4隻の飛空艇のそれぞれの帆には火が燃え移っていた。が、ルージュー艇の速度は(いささ)かも衰えない。炎の着いた帆をそのままに突っ込んでくる。どうやら相当に力の強い飛行石で飛ばせているらしかった。

 (つい)に4隻は長弓による矢衾の散布界を突破した。すると今度は直掩のワイバーンが躍り掛かって行く。


 4隻の飛空艇を率いるのはルージュー辺境伯の実弟テオドロ・マルティであった。

 彼の率いる飛空艇を見た西方軍の竜騎は、その異様な船形に困惑することになった。船上に兵の姿が見えない。にもかかわらず艇の側面には鉄の板を薄く張った大楯が傾度を付けて置かれており、その内側に置かれた大きな鉄の箱を守っている。箱の底部は艇底から覗いていて、いわば鉄の櫃を抱え込んだ構造である。どうやらこの櫃を運ぶために、快速艇を最低限の人員で動かしているらしかった。


 守りは堅固だが、これでどのような攻撃が出来るというのか。例え〈ハウルセク〉に体当たりをしたとして、この程度の小振りな艇体に多少の重しを載せてぶつけても、大船の巨躯はビクともしないだろう。

 そう訝る竜騎の眼前で4隻の快速艇はさらに増速をした。だが追従する竜騎は矢を放つべきルージュー兵を見出すことも出来ず、ただそれらの横を並行するばかりである。

 このときに、この飛空艇の正体に気付いていれば、彼らは艇に乗り移ってでもこれを操る者を排除すべきであった。が、その機を逸した竜騎らは、()()を間近で見ることとなった。



 4隻の快速艇は、それぞれ〈ハウルセク〉の上空を通過する進路に乗った。そして速度を落とすことなく接近していくと、〈ハウルセク〉からまだかなりの距離のある所から艇底から覗く櫃の底を開き、幾つもの〝人間(ひと)の頭ほどの大きさ〟の球状の塊を〈ハウルセク〉へと投下したのだった。

 それらは弧を描いて〈ハウルセク〉の甲板に迫り、その中の幾らかが船上に音を立てて落ちたのだった。


 ……なるほど、投石であったか。この時点で西方軍の将兵らはそう判断した。十分な高度・速度を得た石は強力な破壊力を持つ。あの大きさの石が直撃すれば船上の兵にとっては致命傷となろうし、当たらぬまでも石が降ってくれば船上に矢衾を維持できなくなる。考えたものだ、と。



 だがその判断は間違っていた。

 ルージューの飛空艇が投下していったのは〝油球〟と……〝鉄炮(てつはう)〟であったのだ。


 油球とは中に油を詰めた鉄製の球の其処此処に穴を穿ったもので、穴には陶製の蓋がしてある。蓋は落着の衝撃で割れ、鉄製の球は中の油をまき散らしながら船上を転がり回る、という代物である。

 そしてルージューの鉄炮の使い方は、ようやく火薬に目を向け始めた聖王朝よりも余程洗練されている。導火線に火を点けて投擲するのではなく、導火線共々油を染みこませた布で包み、油球と共に相手の船上に投げ入れるのである。

 油球によって油の広がる甲板を転がるそれらに点火するのには、火矢が1本あれば十分であった。

 それをするためにルージューは〝油球〟と〝鉄炮(てつはう)〟を一時(いちどき)に大量にばら撒く専用の飛空艇まで用意したのだった。

 テオドロ・マルティは火矢に火を点けると、手下の者らに先駆けてそれを放った。



 カルデラの南壁の空に轟音が響いた。立て続けに2度、3度と…──。


 アロイジウスは、どうにかグリフォンの射手の1人を射落としたところで、それを聴いた。

 近くで雷が鳴ったのか? そう思いつつ視線を遣ったアロイジウスは、〈ハウルセク〉の巨体に、赤く火の手が上がっているのを見た。全体としての火勢はまだそれほどでないようだったが、船体の其処彼処から黒い煙が立ち昇っている。

(──…なんだ?)

 最初(はじめ)、アロイジウスには理解が出来なかった。(たか)だか4隻の飛空艇に一撃離脱の攻撃を許したくらいで、何故〈ハウルセク〉が燃えているのか……。

 そう訝しんでいる傍から、再び閃光と轟音とを〈ハウルセク〉の船上に確認した。それでようやくアロイジウスも〝鉄炮(てつはう)〟の存在を脳裏に甦らせる。

(アレが、アニョロの言っていた〝火薬を使う武器〟によるものなのか……⁉)

 敵味方共に暫し動きの止まった中、〈ハウルセク〉を舐める炎は、その火勢を増したようであった。



「〈ハウルセク〉に火が……」

 ロターリオが、愛騎(ワイバーン)の背から炎に包まれる西方軍の総旗艦を見遣り、呆然とした声を上げた。

「──西方軍の象徴が……燃えるぞ……」

 隣に翼を並べて飛ぶペナーティも、それを否定することが出来ず、ただ黙って火に巻かれつつある大船を見ている。


 ただの火災であれば船内の人手を繰り出して火を消すことも出来ようが……甲板の上でアレ──〝鉄炮〟──が爆ぜるので思うようにそれができない。兵どもが船上を右往左往しているうちに、船は炎に包まれていた。

 ペナーティもロターリオも、手下の竜騎を従えて砦を出た後は〈ハウルセク〉に座乗することなく、〝一竜騎〟としてワイバーンを駆りルージューのグリフォンに当たっていた。だが、護るべき〈ハウルセク〉がこれ程脆く炎に包まれることになろうとは、予想の範疇を越えている。


 鉄炮とはあのように使うのか……。

 中央軍のアレシオ・リーノの報告で〝そういう物〟の存在を知ってはいたが、ペナーティにとって鉄炮とは未知の武器であった。少なくとも実戦でどのように戦果を挙げ得るものなのか、具体的な(イメージ)を遂に持てなかった。

 それをルージュー軍は、かくも鮮やかに示して見せた。

 もう何年も前から、ルージューは〝このようになる〟よう軍を鍛えてきたのだろう。


「なるほど…──」

 ペナーティは自嘲の笑みを浮かべ独り言ちた。

「この戦、最初から我らの負けは決まっていたか……」

 ペナーティの眼下で、〈ハウルセク〉は炎に包まれようとしている。



 ルージュー方は狙いを〝〈ハウルセク〉の撃沈〟唯それだけに絞っていたのか、()の船が炎に包まれると、もうそれ以上は攻めかかって来ることをしなかった。潮が引くように西方軍から距離を取り、やがて戦場に姿を現したルージューの戦船〈フラガラッハ〉の脇を飛空艇で固め、南の〝アンダイエへと至る〟航路を塞ぐように布陣した。そしてグリフォンはカルデラの内輪へと帰し始めた。

 いまグリフォンが手薄となった南の陣の飛空艇を襲えば、それなりの数を〝道連れ〟にすることはできたが、それより先の展望が開けない。〈フラガラッハ〉が南への航路を塞いでいる以上、残り2隻の飛空船がここを突破してアンダイエまで辿り着く見通しも立たず、敗残の西方軍は〝浮舟の砦の船溜〟へと押し返されることとなった。



 一連の戦いの最終局面──〈ハウルセク〉への焼討ち──を見ることの出来たマルティの〝果断の人〟ジョスタン・エウラリオは、自らが育てた軍が〝正しく〟機能したことに満足した。と同時に、これから先の〝戦のあり様〟を想い、暗澹たる思いにも捕らわれている。

 この先、いったいどれ程の命が、この西方の地で失われることになろうか……。

 視界の中では遠く〈ハウルセク〉が未だに空中に燃えており、熱さに堪えかねた残兵が船外へ逃げようと船上から瘴の雲間へと落ちていくのが見える。

 西方軍の竜騎や飛空艇は何をしているのか……。残兵を引き揚げるのを妨げるようなことを、ルージュー辺境伯()はしはしない。

 が〈ハウルセク〉の周囲を飛ぶ翼獣がグリフォンではなくワイバーンであることに気付き、ジョスタンはやるせない思いを新たにした。火勢(かせい)()されて近付けないのだろう。

 戦はやってみなければわからない。〝負けぬ〟ため、〝勝つ〟ため、あらゆる方策を練ることはできる。だがそれで実際に戦場に出現する事態に想像が追い付くことはない……そう感じた。


 そのジョスタンよりも先に戦場に達し、この戦いのより多くを見聞きした〝周到の人〟アティリオにとっては、ルーベン・ミケリーノを討てなかったことだけが悔やまれた。緒戦においてルージューは聖王朝の竜騎にほとんど何もさせず一方的にこれを翻弄した。これだけ見事に事を進められることは最早あるまい……。

 であればこの一戦で、戦場だけでなくその周辺までも含めた〝戦〟に才覚を見せたルーベン・ミケリーノを討てなかったことは如何にも〝画竜点睛を欠く〟ではないか。

 そう思ったときアティリオは、自分の欲深さに気付いて嗤った。そして自戒と共に表情を改めたとき、ヴェルガウソ家のアニタであれば、こういう自分にどんな表情を向けたろうかと考えてしまうのだった。




 ──〝第1次カルデラ南壁の戦い〟の実質的な戦いは、こうして終わった。


 主将タルデリと総旗艦〈ハウルセク〉を喪い一敗地に(まみ)れた西方軍の残兵は、再び〝浮舟の砦〟に籠った。ルージュー軍は無理をすることなく船溜の出口を塞ぎ、西方軍は包囲されることとなる。

 初めて大戦(おおいくさ)を体験したアロイジウスもその中におり、〝次の動き〟を待っている。



 このときには〝闇〟は迫ってきていたが、まだ、彼には届いていない…──。

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