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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
風早
39/63

風早 1


 カルデラ南壁での出来事…──タルデリ宮中伯の身を襲った騒ぎに動揺することとなったのはライムンド・ガセトの率いるルージューの側も同様であった。


 その時、〝タルデリの座乗船〈ハウルセク〉の停泊する船溜〟の隣の溜に本陣を置き、その周辺の台地に手勢を置いていたライムンドは、先ずペナーティの上げさせたワイバーンを遠目に見て怪訝となった。

 当初(はじめ)、聖王朝軍でいうところの1小隊……6騎ほどのワイバーンが上空に上がったのを見るや、すぐさまグリフォン(大鷲獣)に戦支度をさせ、周辺の手勢には合流する様、伝令に指示を与え始めたライムンドだったが、ほどなく〝敵襲〟を報せる警笛の鋭い音を聴くことになったのだ。〝風の精〟を使役する者が吹いたのだろう。その音色は遠く広くカルデラの南の空に届いた。

 それでいま一度西方長官の座乗船の泊まる〝隣の船溜〟の空へと視線を遣ったライムンドは、そこに浮舟の砦から上がったと思われる、少なくとも2桁以上のワイバーン(竜騎)の編隊を認めることになった。


兄者(ライムンド)! これは一体どういうことだ⁉」

 弟テオドロが兜を着けながら近付いて来た。

「──マンドリーニの本軍は〝狩場〟に入る直前で止まったのだろう? 目論見は見合わせではなかったのか⁉」

「わからん。少なくともアティリオからの最後の報ではそうなっていた……だが兎にも角にも()()()西方長官が襲われている……」

「一体誰が〝抜け駆け〟を──」

「父上! 叔父上!」

 そこにライムンドの五男マルコが駆けて来て言った。

「これは聞いておりませぬ! 兄上(ジョスタン)らとの連繋は出来ているのですか⁉」

 その口ぶりではマルコもまた父伯(ライムンド)手下(てか)を動かしたと思っているらしい。

「早まるでない、これは我らではないぞ」

 ライムンドは、先ずは(はや)るマルコを抑えて言った。それから脇に侍している伝令の兵を向いた。

「──伝令! 諸隊には手勢をまとめて〝動くな〟と伝えよ! 我らは取り急ぎ、飛べるグリフォンだけで西方長官の許へと参じる」

 その言を聞き、側に控えていた伝令が各々のワイバーン──ルージューと言えど伝令騎にグリフォンは使ってはいない──に散って行く。

 状況がわからないのはライムンドとて同様であったが、ここで動揺するばかりでは軍の統率はできない。先ずは当面の行動を示し、その上で状況を整理することとした。



 この時、カルデラ南の隘路にはルージューの手勢が其処(そこ)彼処(かしこ)に潜んでいた。

 ルーベン・ミケリーノ率いるマンドリーニ軍がカルデラ南──ルージューの言う〝狩場〟──に入るや、三男アティリオの合図の下、すぐさまマンドリーニの軍と〝浮船の砦〟共々、西方長官の座乗船〈ハウルセク〉を襲う手筈であったのだ。

 それが、最も注意を払って動向を追っていたマンドリーニ軍が〝狩場〟の外で進軍を止めたことで、その目論見が狂うこととなった。

 いま手勢が動いてしまえば、マンドリーニ軍を罠に引きずり込むことが(かな)わなくなる……。

 ライムンドは、ここは初期の目論見の通りに西方長官への臣従を示すべく、自ら手勢を率いて襲撃の現場へと急いだ。


 が、その後、事態が明らかとなってゆくにつれ、ルージューにとって深刻の度が増してゆく。

 襲撃直後の時点で戦支度の成ったグリフォン12騎を率いて〝浮船の砦〟に進出したライムンドは、現場に近付く前に聖王朝の竜騎20騎ばかりに阻まれることになった。

 西方軍は混乱の中にも断固とした戦意を見せ、ルージュー方を決して近付けさせなかった。

 昨日まで翼を並べていた聖王朝の竜騎らが激昂して散々に矢を射かけてきたときに、ライムンドは(ようや)く事態を察した。


 アンダイエ伯ポンペオ・アンセルモ・タルデリが死んだ……いや、殺されたのだろう、と。


 ライムンドは手下のグリフォン・ライダーと共に一旦退き、再び諸隊の将に伝令を飛ばした。

 決断をしたのである。せざるを得ぬ処に追い込まれた、と言ってもよい。



 西方長官がルージューの招きで訪れた〝カルデラの南の地〟において賊に討たれたのだ。


 いまこの時、マンドリーニの船団は前進を止めており、カルデラの南の空に侵入せずに様子を窺っている。そのことがどの様な意図であるのかはわからない。が、これでは目論んだ通りにタルデリ共々一時にルーベン・ミケリーノを仕留めることはできないことは確かである。

 西方長官(タルデリ)がルージューの地で斃れたこの状況で、ルーベン・ミケリーノがルージューの地に〝厳重な臨戦態勢を敷くこと〟なく入ることは、最早あるまい。

 西方長官が死んだことで目論見は破綻した。


 であれば、開戦を遅らせる意味はもうなかった。

 どの道、西方長官の死の責は聖王朝……元老院より厳しく問われることとなる。一族の中から首の1つ2つは差し出すことを求められよう。それを拒めば、それこそ戦は必至となる。


 目論見の通りにマンドリーニ軍を罠に引き込み、一挙にこれを屠ることは叶わなくなってしまったが、()くなる上はせめて此の機に、聖王朝の西方統治の象徴である歴代の西方長官の旗艦〈ハウルセク〉を沈めてしまわねばならない。


 そうライムンドは決断した。

 それに、万に一つ……ことがルーベン・ミケリーノに伝われば、マンドリーニの船団を〝狩場〟へと呼び込むことも叶うかもしれないではないか。



 ライムンドは、ルージューの情報を扱わせている三男アティリオの許へと近習の一人を伝令として送り出した。このような時、書面を起こして伝書のハトで送るより〝信の置ける〟人間(ひと)を遣った方が速い。本軍を預けた次男ジョスタンへは、アティリオが正しく伝えるだろう。後はジョスタンが軍を動かす。

 そうして自らは弟テオドロを伴い、カルデラの南の各地の前線の諸隊を参集させつつ〈ハウルセク〉と〝浮舟の砦〟の在る船溜へ向かった。この場でルージュー辺境伯として出来ることは、迅速な行動で不退転の決意を示すことだけである。

 此度は古式に則り、戦の口上を述べさせる〝軍使〟に、五男〝礼節の人〟マルコを先に遣った。




 カルデラの南側〈サパト〉の隠し見附…──。

 1時間(ホーラ)とせずして、未だ見附に詰めていたアティリオとエドゥアルド・マールロキンは、ライムンドの伝えてきた状況の変化に言葉を失うこととなった。


 伝令の言によれば、〝浮舟の砦〟のある船溜を急襲すべく、既にライムンドは手勢を率いて急行中であるという。……〈ハウルセク〉がカルデラの南の隘路を脱出する前にこれを捉え撃破するというのだ。

 この伝令が届くまでにも時間差がある。既に戦端は開かれたということだった。


 父ライムンドの動きは、マンドリーニ軍がルージュー領内に入って来ない現状(いま)、手筈と違う動きである。その性急さにアティリオとエドゥアルドが顔を見合せると、伝令が状況を補足した。


 手下の者の暴発か、将又(はたまた)何処(いずこ)の手による陰謀か、西方長官タルデリは、既に座乗船〈ハウルセク〉の船上で何者かの手に掛かり斃れているという。


 アティリオが黙って天を仰いだ。

 ならば已むを得ない。

 ことの真相はさて置き、ルージューの地で〝聖王の代理人〟たる西方長官が討たれているのだ……。

 その衝撃にアティリオのみならずエドゥアルドも嘆息をした。


 が、アティリオもエドゥアルドも、茫然自失するような男たちではなかった。

 ルージュー辺境伯たるライムンドが所期の目論見を捨て挙兵に踏み切ったことを理解するや、すぐさま行動を起こしている。


 先ず、カルデラの西側──マールロキン領に程近い場所──に隠し築かれた翼獣母船の秘密の母港に帰投中であったジョスタン・エウラリオの座乗船〈ゲミスリック〉に向け、龕灯(がんどう)による〝光の合図〟を送る。

現場(げんじょう)ニテ待機セヨ〟 と指示をした。

 同時に〝非常ノ事態〟である旨と〝警戒ヲ厳トセヨ〟との信号も併せて送っている。


 そして〈ゲミスリック〉の留まる〝空戦域〟へ、ライムンドからの伝令をそのまま向かわせた。現地の見附には、伝令を船団までエスコート(誘導)するよう伝書のハトを飛ばして指示も与えている。


 次にアティリオはルージュー城に状況を伝える使者を出し、さらに城の近郊に在る工廠には伝書バトを飛ばした。ルージューの誇る戦船〈フラガラッハ〉をカルデラの南へと出撃()させたのである。

 父ライムンドから指示はなかったが、大船〈ハウルセク〉と戦うのである。船溜を脱出された場合、あの船の〝行き脚〟を遮り決戦を誘引しようとすれば〈フラガラッハ〉の存在が必要となるかも知れないと、そう判断した。


 そして自身は快速の4パーチ(≒12メートル)飛空艇を率いて船溜へと急行した。


 実はこの時、〈サパト〉に居たアティリオにはマンドリーニの船団の動向を追い続ける必要はあった。マンドリーニ軍の指揮を執るルーベン・ミケリーノがいつ気紛れを起こすか判らないのだ。

 異母兄(あに)ジョスタンは恐らく〝万が一つの可能性〟にも対応するため、翼獣母船をカルデラの南に留めるだろう。〈サパト〉の隠し見附は彼らを誘導する必要があった。


 その上で、迷いはあったが〈サパト〉の見附はエドゥアルド・マールロキンに任せることにした。目論見から外れたところで始まった戦である。その〝事始め〟は、自分の耳目で直に確認をしておきたかったのだ。



 一方、〈ゲミスリック〉の船上に居たジョスタンの許には、半時間(ホーラ)程で伝令が辿り着いている。

 母船の群を臨戦態勢で待機させていたジョスタンは、弟オスバルド共々〝伝令の伝えるところ〟に言葉を失った。

 ルージューにとっては不本意な開戦であるが、戦端は開かれることとなったという。


 であれば、この上は致し方のないこととして次善の行動に入らねばならないが、この状況下でアティリオとエドゥアルドは母船の群を現場に〝待機〟させよと云ってきている。

 やはりカルデラの南に止まったマンドリーニの船団……ルーベン・ミケリーノの動向を無視できないのだ。

 それはそうだろう。現在(いま)となってはマンドリーニの私兵団こそが西方軍の主隊と言えた。

 だからジョスタンも麾下の80騎のグリフォンに戦支度をさせて待機している。


 だがジョスタン自身はルーベン・ミケリーノが船団をこれ以上進めることはないと考えており、グリフォンの準備は〝限り無く低い掛け率〟に対する保険と思っている。

 彼もまた〝異母弟(おとうと)と同様の理由〟で翼獣母船の群の指揮を実弟のオスバルドに任すと、自らは子飼いのグリフォン・ライダー3騎を率い〝浮船の砦〟の在る船溜へと急いだのだった。




 このように〝攻めた側〟とされたルージューも混乱していたが、〝攻められた側〟である西方軍は更なる混乱の渦中にあった。


 兵の差配に関しては、皮肉にも西方長官のタルデリが居なくなったことで首席武官ペナーティが掌握する処となり寧ろ問題が解消している。将兵と役夫は敵中に孤立していることを意識しており、ペナーティの堅実さの下で良く纏まった。

 全軍が死兵となる構えを現したとき、ルージュー辺境伯ライムンドはこれと正面から相対(あいたい)することをしなかった……〝城を枕に討死〟する覚悟を決めた兵は厄介である。

 代わりにライムンドが定めた標的は、聖王朝の西方支配の象徴〈ハウルセク〉だった。


 〈ハウルセク〉には、最初に〝戦大鷲(武装グリフォン)〟の縦隊に降下攻撃を受けたときにペナーティから船溜を脱出するよう指示が出されていた。

 ペナーティにすれば、そのままカルデラの隘路を抜けてアンダイエに退避、あるいは島嶼諸邦を出立したマンドリーニの船団に合流をすればよかったのである。西方の冬の西風はカルデラからは追い風であり〈ハウルセク〉に利を(もたら)すはずだ。


 だがグリフォンの襲撃でタルデリが死に〈ハウルセク〉を自由に動かすことのが出来るようになった船長はそうは考えなかった。

 彼はペナーティからの信号を受けて船溜を出たものの、逃走はせずにカルデラの南の空に留まった。

 〝浮舟の砦〟の将兵がアンダイエもしくは島嶼諸邦へと逃げ延びるには大船〈ハウルセク〉の積載量と航続力が必要であることが理由であった。彼には〝浮舟の砦〟に西方軍の将兵を残して逃げることをよしとすることは、出来なかったのだ。

 そうして船溜の外に〈ハウルセク〉が停船すると、その周囲をルージューの諸隊が取り囲み始めた。

 〈ハウルセク〉は脱出の機会を失った。



 その少し前には〝浮舟の砦〟のペナーティの許に軍使を示す〝白旗〟を掲げた飛空艇が進み出て、戦の口上を述べている。マルティの五男〝礼節の人〟マルコであった。


 マルコ・マルティの古式に則った〝戦の口上〟をペナーティは聞いた。


〝今日の西方長官タルデリ襲撃の件、ルージューは与り知らぬこと。

 されど西方長官府に思う処有って武威に立つことを画策したこと、これは事実である。

 何者かがルージューを騙り西方長官を討ったことは是非に及ばず。当方はこれを以って戦を覚悟した。

 この上は戦場に(まみ)え戦って死ぬ〟か、砦を明け渡し武装を解いて降伏するか、(いず)れか選ばれよ〟



 砦を預かるボニファーツィオ・ペナーティは、今日これまでのルージューの二心を了としていない。

 戦わずして(くだ)ることを〝よし〟ともしなかった。

 だから〝戦う〟ことを告げたのである。

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